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聖女アデルの清らかな結婚  作者: 丹空 舞


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6/13

無数の業務の間をぬって、アデルは研究をしていた。すなわち、『魔力を探知する』という聖女の業務内容の、もう一段階先のことを、だ。


仮説を立て、データを集め、再現性を高める。


あくまでも趣味であり、一銭にもならないのだが、アデルは研究を好んでいた。




アデルのような『魔力持ち』は、生まれたときから自然に、物や人の魔力を視ることができるらしい。

自分で意識したこともなかったけれど、公爵家がアデルにそれを教えてくれたのだ。


曰く、この世の魔力はオーラのように物質の周りに存在し、魔力が強ければ強いほど、その物自体の質は良い。

同じ果実でも、魔力のある物は甘く、ないものはそれほど甘くない。鉱石ならば、その素材のもつ力が強いのは魔力のある方だ。


人や生き物であれば、魔力の量は多少変化する。もともとの魔力の含有量もあるが、体調が悪ければ魔力は無くなるし、心身共に健康な者であれば魔力は一般的に多く見える。


アデルは聖女試験の対策をするときに、ヴァレリアン公爵家である人物に逢っていた。

公爵家執事の筆頭、クレマンその人である。


アデルが師匠と仰いでいるこのクレマンという老執事は、はちゃめちゃに強い魔力持ちであり、さらには魔力を『流し込む』ことができるという前代未聞な技術を持っていた。


アデルは猛特訓を受け、花に己の魔力を流し込んで咲かせるという手品めいたことができるようになった。聖女試験はそのおかげで通過できたようなものである。

全く師匠には頭があがらない。


アデルは一度、きいてみたことがある。

「魔力の多い人間が優秀なんですかね」


答えはこうだった。

「アデルの言う優秀というのはどのような意味ですか」

「えっ? 頭がいいとか、運動がよくできるとか、美人とか?」

「でしたら答えは『いいえ』です。人を価値づけるのは人ですからね」

「うーんと? 師匠、すみません、よく分かりません」


クレマンは冷静に言った。


「つまり、我々を食べる魔獣がいたとして」


あまり楽しくない喩えだ。

若かりしアデルはごくんと唾を飲んだ。


「食べる肉としてであれば、人間は魔力の含有量で順位が決まるかもしれません。健康で瑞々しく、知能があり、筋肉があり、清潔で薬物臭くない。それは魔力とある程度比例していますからね。ですが、人の『価値』というのはそれでは決まりません」


クレマンは続けた。


「たとえば厨房コックのウィルは、魔力だけでいうとほぼゼロに近いでしょう。だけど、彼が作るキッシュやベーコンポテトパイは信じられないほど美味しい」


アデルにもそのたとえは良く分かった。

確かにウィルのベーコンポテトパイは、初めて食べたとき頬がもげたかと思うくらい衝撃的だった。


なるほど、と納得したアデルに、クレマンは穏やかに言った。


「魔力の有無で人間の価値は決まりません。忘れないで下さい、アデル。私たちはたまたま魔力を探知できるけれど、それは肌や目の色のように初めから決まっていたものです。魔力が他人よりもたくさんあるからといって、あるいは魔力を探知できるからといって、自分が何か特別な素晴らしい者になったかのようにおごり高ぶってはいけません。いいですか、どれだけ魔力を持とうとも、他人を見下す人間は、――最大の愚者です」



(最大の愚者、か)



アデルは忘れたことはない。

だからこそ、謙虚に、秘密裏に、『魔力の流し込み』についての研究に勤しんでいるのだ。


魔力持ち自体がそんなに多くない上に、流し込んだところで花が咲いたり、ちょっと水が美味しくなったり、なんとなく宝石の輝きが増したりするだけとあって、需要はそれほどない。


それでも、アデルは思っていた。

この研究が完成すれば――。


(なんか面白そうだ!)


古今東西、研究者の動機なんて、そんなもんである。





花の祭典は1日続く。

聖堂の人も少ないはずだ。



「さ、やるか〜」


食堂でグラタンをかっ喰らったアデルは、羊皮紙と羽根ペンを用意して、万全の体制で執務室の文机に向かった。

今日は休みなので、聖堂関係の書類は横の木箱にまとめて封印している。


よし、と腕まくりをしたアデルは、まずは机の上の絹のハンカチに手を当てた。


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