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聖女アデルの清らかな結婚  作者: 丹空 舞


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5/13

聖女たちの着る服はすべて同じだ。

単調ながらも、一緒になって祈りを捧げる姿は何とも荘厳だ。聖堂の中は厳かな空気に満ち、讃美歌の美しいハーモニーが響き渡る。聖女たちはその合唱も仕事の内だ。アデルも心を込めて讃美歌を歌った。


大聖女ユーリンヒッテも、壁の花の聖女たちの前に立ち、方向を同じくして祈りの歌を歌う。


(うわあああ……、ユーリンヒッテ様、御髪おぐしさえも恰好良いッ……白髪さえも優雅とはどういうことなんだ……老いすらも従えるユーリンヒッテ様……すごい)


アデルは心からの憧れを胸に、大聖女ユーリンヒッテの後ろ姿に目を奪われていた。

後頭部さえ尊い。


しかし、未だアデルが気づいていなかったことが一つあった。

このとき、式典の主役が、讃美歌の響く中、聖堂の中央に姿を現していた。

仕事に熱心な聖女たちは、誰も一言もしゃべらなかった。

しかしながら不思議なことに、聖堂全体の空気が静かに変質し始めた。

口に出さずとも、少しばかりのため息や驚きの瞬きや、そんな静かなさざめきが聖女たちの間に広がっていた。



(ユーリンヒッテ様は何を食べていらっしゃるのだろう……雲とかだろうか……?)


と、明後日の方向を向いている聖女は一人だけであった。

言うまでもなくアデルのことだ。


「ミシェル王子、前へ」

と、大聖女ユーリンヒッテが厳かに言った。


その時初めて、ノエルは大聖堂の中央に目を向けた。

「ミカエル」という天使の名前に形容される男の優美な出で立ちが、全ての者の視線を集めていた。

ミシェル王子は聖職者たちに囲まれながら、その場で気高く神聖に微笑んでいた。


(ほぉん。あの王子殿の誕生日だったか)


黒いベールごしであるのをいいことに、アデルはミシェルをじろじろと眺めた。


確かに美しい男だ。

いや、美しすぎるといっていい。


強固な理性と鉄壁の貞淑さを持ち合わせた、神の使いが聖女なのだが――そんな聖女たちが呆けたように彼を見ているのが分かった。


(まあ王族なんだから、美貌は武器になるんだろうな。人心を掌握できる)


王子はまだ成人したての若者と聞いていたが、この調子だと将来有望だろう。

アデルは国民として好ましくこの王族を見守ることにした。


王子の後ろから護衛の騎士たちも入ってきた。

その中にも特別、傲岸不遜な顔をした者がいる。

燃えるような瞳に赤茶色の髪。鋭い目は獲物を狩るわしのようで、剣が良く似合った。

ミシェル王子とは対照的だ。


アデルは大聖女の朗々と謳うような祈りの言葉に聞き入っていた。


ユーリンヒッテに注がれていた王子の視線がふとした瞬間、ベールで顔を隠したアデルに静かに留まった。

あたかも蝶が花に止まるように、そっと。


(んぁ?)


熱を帯びた、宝石のような王子の瞳がじっとアデルに注がれる。


(どこ見てんだ王子)


ベールごしに目が合った気さえする。

珍しい虫でもいるのかもしれない。

アデルはよく分からずに、ベールの上をさりげなく手で払った。


(何もいないと思うんだが……)




ユーリンヒッテの静かな声が聖堂に響いた。


「ミシェル王子の生誕に携えて――」




式典が進むにつれて、アデルはたびたび感じる視線の熱を覚え始めた。

アデルは恐る恐る周囲を見渡したが、いや、どう考えても。


(王子殿、なんでこっち見るんだ!?)


やっぱり幻の蝶が止まっているとか、あるいはベールが小麦粉で汚れているとか、そういう可能性を百通りは考えたのだが、アデルの予想はことごとく外れているようだった。


王子の視線はどこか深い興味と好奇心に満ちていた。時折ベールを暴くように鋭く、かと思えば甘えるようにきらめく。


緊張するし、何となくいたたまれない。


(キョロキョロしないでユーリンヒッテ様だけを見ろ、王子殿!)


アデルの心中も虚しく、何とか式典が終わった。


(なんか疲れた……)


王子が退席し、ユーリンヒッテが出る。

聖堂のドアが閉まると、聖女たちは皆、静かに溜息をついた。


「目が合ったわ……」

聖女のうちの一人が言った。

「私のことを見ていらっしゃった」


「いいえ、それは貴方の勘違い。私よ」

アデルの隣で歌っていた聖女が言った。


そしてアデルは思ったのだった。


(あー、美しいものを見ると人間こうなるんだな)


と。

そして、もれなく自分も毒されている。


自分もこの女たちと同じだ。

おそらく王子は壁の花の何かに気を取られたのだろう。

あの宝石のような瞳にじっと興味深そうに覗き込まれたら、常人では精神に多少なりとも異常をきたしそうだ。



(馬鹿らしい勘違いか。にしても、あんなに集中できない王子ってのも、幻滅だな)



アデルは尊敬という意味において、仕事のできない人間はあまり好きではない。



(グラタンあるかな)


と思いながら、アデルは食堂を恋しく思った。

花の祭典なのだから、特別メニューがあるかもしれない。


アデルは気を取り直して、食堂へと直行した。午後からは研究も捗るだろう。

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