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アデルはしふしぶ、黒のベールをつけて聖堂に入った。
静謐な空気だ。
壁の花役の聖女たちが、15人ほど先に着いていた。
めんどくさい。
正直やめて、研究に没頭したい。
しかし、そうもいかないのが仕事である。
アデルは溜め息を付いて、壁の聖女たちの列に混ざった。こうしてみると、ベールのために喋っていないと誰が誰やら分からない。
「今日はミカエル様がいらっしゃるわ」
「それだけじゃないわよ」
「ガブリエル様もいらっしゃるわ」
「どうしましょう」
アデルは、
(今日の晩飯は何だろうか)
と見当違いなことを考えていた。
アデルの望みはただ一つ。
可及的速やかに滞りなく儀式を終え、魔力研究に没頭したい。
その時、誰かが入室してくる。
見ると、大聖女ユーリンヒッテ様だった。
(えっ)
アデルは頭を垂れて、彼女が所定の位置へ座るのを待った。
(今日はご本人登場なのか?! うわ、良かった。来て良かった)
いつもなら、二番手や三番手の聖女が儀式を行うのに、今日は特別ということだろうか。
大聖女様は国と国との公式な会合や式典に出席されることが多く、このような国内での内々の儀式にはあまり参加されることがないので、油断していた。
何をかくそう、アデルは大聖女様を非常に推している。
聖堂には祭壇の後ろに玉座があり、大聖女は儀式の際はそこへ座る。
まるで王様のようだ。
(はぁ~……大聖女様は今日もカッコイイなあ)
この大聖堂のトップである。
王や外国とも対等な関係、否、それ以上の権力を持つ、魔力の象徴。
大聖女はここ十数年、ずっと同じ。
それが大聖女のユーリンヒッテ様だ。
もう御年、60程になられるだろうか。
だけど全く容色が衰えず、今日の式典のドレス姿など、どう見ても40半ば程だ。
魔力持ちのトップになる人は違うな、とアデルは変に感心した。
結婚もせず、子を成さず、聖堂に身を捧げるユーリンヒッテ様。
修道院とは違い、莫大な金や名誉と引き替えに、自分自身の匿名性を全て無くし、他の権力者たちとシノギを削っていく覚悟がないと勤まらない。
アデルはユーリンヒッテ様の猛者とも言える胆力と、狸共に腹の中を探られないようにする常に穏やかな微笑みが好きだった。
(今日も素敵です、ユーリンヒッテ様!)
心の中で、呼びかけるとユーリンヒッテ様はアデルに微笑んでくれた気がした。
(ふおおお、目が合いましたね!?)
これだけでも、黒のベールを身に付けたかいがあったというものだ。
アデルは心中で手を組み、神とモルガネに感謝の祈りを捧げた。




