第65話 羽根の味と森の守護神
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僕達の前には、首を失った巨大な魔物が倒れていた。
数十年にもわたって空島に暮す人々の貴重な狩場を支配していた魔物、バハムートの死体が横たわっていた。
「おお、あの恐ろしい森島の主を倒してしまうとは……」
「さすがはレクス殿だ」
バハムートを倒した僕に騎士達が賞賛の声を上げる。
「いやいや、使い捨てのマジックアイテムのおかげですよ。それに……」
「それになんですか?」
「いえね、簡単に倒せたのはこのバハムートが小柄だったお陰というのもあるんですよ」
「え?」
カームさん達がキョトンとした顔になる。
「これが、小柄ですか?」
「ええ、バハムートの成体は体長40m超えがザラですから。このバハムートは20m前後なので小柄ですね。食料が足りなかったのか……もしかしたら子供なのかも」
「こ、これが子供!?」
「我等を苦しめてきた魔物が子供だって!?」
騎士達が目を丸くして首を失ったバハムートの死体を見つめる。
「とはいえ、もう倒してしまいましたから、大人でも子供でも関係ないですよ」
不安げな表情になった騎士達を僕はなだめる。
もう戦いは終わっているしね。
「さぁさぁ、まだまだこの森島には多くの魔物が居るでしょうから、効率良くいきましょう」
「え? 先ほど大量の魔物を討伐したではないですか?」
カームさんがさっき吹き飛ばした魔物の残骸を指差しながらそう言ってくる。
「いえ、倒したのはこの島の魔物の一部ですよ。森島も結構広いですからね。まだまだ多くの魔物が残っている事でしょう」
そう、森島は広い。
探査魔法の反応から、さっき倒したのはこの島に巣くう魔物の一部だと言う事が分かっていた。
森島は単純に広い上に、貴重な食料を得る為の恵みの地なのであまり無茶な討伐は出来ない。
だから森島に隠れた魔物達をすべて討伐するには、それなりの時間がかかる事だろう。
「ならば残った魔物の討伐は我々騎士団にお任せください!」
「カームさん達にですか?」
「ええ、我々が森島をとり戻せないでいたのは、このバハムートが居たからです。ですがバハムートがこの有り様となれば、もはや我々を遮る者はおりません」
長年食料不足に悩まされてきたカームさん達は、最大の障害だったバハムートが倒された事でやる気に満ちていた。
「雑魚退治まで客人にお任せする訳にはいきませんよ」
「それに、レクス殿によって修理して頂いたマジックアイテムもありますからね」
騎士達が槍を天に突き上げて戦意を示す。
まぁ、そこまで言うならお任せしようかな。
「わかりました。それではお任せします」
「ええ、任せてください!」
「お前達、余が王だと言う事を忘れておらぬか? というか、余の事忘れてない?」
あっ、天空王の事をすっかり忘れていた。
騎士達もしまったやっべという顔になる。
「はははっ、そんな事はありませんよ陛下」
カームさんが何事も無かったかのように天空王を宥めているのはさすがだなぁ。
「本当か? 本当に余を忘れていなかっただろうな?」
「さて、それじゃあ僕達はバハムートや魔物の死体を回収して帰りましょうか」
「そうね。大半の魔物の死体は吹き飛んじゃったけど、無事な素材は回収しないとね」
ああ、そういえば使い捨てたマジックアイテムは、魔物を倒す役には立ったけど、素材あつめという意味では、使いものにならないなぁ。
何しろ、殆どの魔物を吹き飛ばしちゃったもんなぁ。
まぁそれでもバハムートの死体は大半が残っているんだから、お金になるだろう。
と、思っていたんだけど……
「キュウ!」
「「あっ」」
なんとモフモフがバハムートの羽を食べていたんだ。
「こらモフモフ! 勝手に食べちゃ駄目だろ!」
「あちゃー、他の魔物も食べてるわね」
見れば周囲に散らばっていた魔物の死体の羽も齧られている。
もしかして羽が好きなのかな?
随分静かだと思ったら、まったくしょうがない奴だなぁ。
「キュフン!」
嬉しそうに尻尾を振るんじゃないよ。
甘噛みして甘えてきても駄目!
「こーら、僕だって怒る時には怒るんだぞ! ってうわ! オシッコ漏らした!? まったくしょうがないヤツだなぁ」
◆
ほぁぁぁぁぁぁ!?
何これ何これ!? めっちゃ美味ぁぁぁぁぁぁっ!?
……コホン。
我はあらゆる魔物の頂点に立つ魔物の王。
つい今しがた我が主により倒された魔物を味見していたのだ。
相手はなかなかの強さだったが、主を相手にするにはいささか力不足だった様だ。
勿論我の相手としてもな。
しかし頭吹き飛ばして倒すとかエグくない?
そして我は主が羽の不味い人間と話し込んでいる間に食事タイムとしゃれこんだのだ。
だってお腹空いたんだもの。
というわけで羽から食べる。
魔物肉の味は羽の味で分かるのだ。
既に食欲をそそる匂いが漂ってくる。
という訳で、頂きまーす!
っ!? うっま! うっま!
めっちゃ美味―っ!
という理由で冒頭の発言に戻る。
この魔物の羽は非常に美味であった。
もうね、噛むとね肉汁がジュワーッと出て来るの。
血と肉汁が口の中に広がって、歯ごたえも抜群。
硬すぎず柔らかすぎずの絶妙なバランス。
そして脂身がほんのりとした甘さを演出してくれて、飽きることの無い喜びを我に与えてくれた。
控えめに言って絶品である。
あー、さいっこう!
だが、この魔物肉の素晴らしさは、味だけではなかった。
この魔物肉には質の良い芳醇な魔力が満ちており、その血肉を喰らう毎に我の体に魔力が満ち溢れてゆく。
我の体に空を吹き荒れる嵐の力が宿るのを感じるぞ!
ああ、これだ。
これこそが支配者の食事というものなのだ。
確かに主が用意する草や木の実と混ぜた肉も良い。柔らかくて沢山の味が楽しい。
デザートの果物も美味い。
だが、やはりこれなのだ。
我の獣の本能は、狩り取ったばかりの命を求めていたのだ。
「※※※※※※※※※!」
何より、貴様の肉をなぁぁぁぁぁぁっ!
ふははははははっ! 魔力と血のしたたる肉を喰らい、新たな力を得、恐るべき野生の本能に目覚めた我に恐怖するが良い!
ハムハムッ……ガジガジ……
……ボク、主の作ってくれたご飯大好きだよ?
「※※※※※※※※※」
あっ、ヤバイ、いつもと声音が違う。
我ピンチ、ちょっとマジ本気でピンチ。
チョロチョロチョロ~。
我悪くないモン。
◆
「大変です!」
それは、モフモフの歯形の付いたバハムートを回収し、残った魔物の素材が無いかを調べていた時の事だった。
空島から血相を変えた騎士が飛んできたんだ。
「何事だ!?」
カームさんがやって来た騎士の前に出る。
「西の村が魔物に襲われました!」
「何だと!?」
「城の防衛に必要な人数を残して待機中の者達が出撃しましたが、森島の討伐の方に人員が割かれておりましたので、村人の避難で手一杯かと」
「森島の討伐に人員を割き過ぎたか……いや反省は後だ。陛下、我等騎士団は西の村の救援に向かいます!」
「う、うむ。まかせるぞカームよ。そしてバハムートも討伐した事であるし、余も城に戻るぞ。近衛騎士隊は余と共に城に戻るのだ。このままでは城の守りが薄過ぎるからな。森島の魔物討伐は後日行うのだ」
「「「「はっ!」」」」
「天空騎士団出動!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっ‼」
カームさんの号令と共に騎士団が空に舞い上がる。
「それじゃあ僕達も付いて行こうかな」
「どっちに?」
リリエラさん、そんなの決まってるじゃないですか。
「勿論騎士団の方にですよ」
今まさに西の村という場所でこの空島の人達が魔物に襲われている。
だったら僕は冒険者としてその人達を助けたい。
だって村の人達の生活と僕の貴族や騎士への不信感とは、何の関係も無いのだから。
「うん、いつものレクスさんらしくなってきたわね」
「え? そう?」
「うん、ここ数日はちょっと意地悪なレクスさんになってたわ」
……そっか。自覚は無かったんだけど、傍にいた人から見たらそう見えたんだなぁ。
「ありがとうリリエラさん」
「え? なんで感謝されるの?」
「なんとなく、ですよ。……さぁ、僕等も行きましょうか!」
「ええ!」
僕達は先行した騎士団を追って空に舞い上がる。
「カームさん、西の村はこのまま真っすぐですか?」
先頭に追い付いた僕は念のため西の村の正確な方向を聞く。
「ええ、その通りです。修理してもらったこの羽なら一時間で到着といったところでしょうか」
一時間、ちょっと遅いな。
これは先に行った方が良さそうだ。
「リリエラさん、僕は先行しますので後から騎士団の皆さんと一緒にきてください」
「分かったわ」
「キュウ!」
僕はリリエラさんにモフモフを預けると、飛行魔法の速度をあげる。
「カームさん、先に行きます!」
「え?」
カームさんがこちらを向く頃には既に僕は騎士団の前に出ていた。
そして更に加速を行い、皆に迷惑の掛からない距離まで離れてから、本気で、でも空島を傷つけないギリギリの速度で飛行を開始した。
「行くよ!」
体に吹き付ける強い風圧を風魔法で軽減し、更に魔法で体にかかる衝撃も緩和する。
周囲の景色が凄い勢いで通り過ぎていき、みるみる間に風景が変わっていく。川を越え、草原を超え、森と人工物が見えて来た。
「あれが西の村か!」
僕は村を襲う魔物の姿を探す。
けれど、魔法で強化された視力でみた村に襲われた形跡は全くなかった。
「あれ? どういう事?」
よく分からないけど、村が無事なのは良い事なのかな?
とその時、森の中から光が伸び、空へと消えていった。
「魔法? いや違う。騎士団のマジックアイテムの光だ!」
森に目を向けると、その一角に魔物達の姿が見える。
どうやら魔物は森の中の何かを襲っているみたいだ。
恐らくだけど、避難した人たちが森に逃げこんで、魔物はそちらに襲い掛かったのかもしれない。
城から救援に向かった騎士は数人と言っていたし、村の人達を守りながらだと大変な筈だ。
早く援護しないと。
「よし!」
僕は速度を維持したまま魔物達の群れに突撃する。
魔物達は接近してきた僕の姿に気付いたけれど、高速で突撃してくるこちらの速度に反応が間に合わず、僕を包む風の防御結界に巻き込まれて吹き飛んだ。
仲間が吹き飛ばされたことで、他の魔物達も僕の襲撃に気付くけれど、既にこちらは速度を落として戦闘態勢を取っている。
「けど、数が多い上に森の木々が邪魔だな」
魔物は森の中に逃げ込んだ人たちを襲う為にかなり低空を飛んでいる。
この状況で広範囲を攻撃する魔法をつかったら、魔物だけでなく森までめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。
「とすれば、ここは周囲の環境を利用しよう!」
僕は一旦上昇して周囲の魔物達を把握し、森を荒らさない魔法を発動した。
「フォレストファング!」
魔法の発動によって、木々の枝が動きだし、魔物達に向かって枝を伸ばす。
枝はグングン伸びていき、魔物達に牙のように尖った枝を突き刺してゆく。
普通の木の枝なら、弱い魔物くらいしか貫けないだろうけれど、この魔法によって強化された枝は違う。
術者が敵と認識した相手をどこまでも追いかけ、鉄よりも硬くなった枝が相手を貫く。
この魔法なら森を破壊する事はない。
何しろ、森そのものが猟犬となり、更には強力な武器へと変貌するんだからね。
森の木々はみるみる間に魔物達を狩っていく。
空に逃げるものには枝を伸ばして追いつき、森の中に逃げた者には自らの枝を絡ませた網で追い詰め、牙でとどめを刺す。
そうして、魔物達はそれほど時間をおかずに全滅した。
これ、森の木々そのものが魔物だった魔獣の森じゃ使えない魔法だったんだよねぇ。
「さて、あとは騎士団が来るまでに怪我人の治療を手伝うとしようかな」
◆
西の村へと出撃した我々の後方からレクス殿が合流してくる。
口ぶりから察するに、どうやら西の村の救援を手伝ってくれるつもりの様だ。
あのような出会い方をしたというのに、本当にありがたいことだ。
騎士団の任務があったとはいえ、我々は長く地上と隔離された生活をしていた所為で随分と閉鎖的になってしまっていた様だ。
この少年には後日改めて礼をしなければならないな。
そんな事を考えていたら、レクス殿が声をかけて来た。
「カームさん、先に行きます!」
「え?」
その言葉に我々が振りむいた頃には既にレクスは遥か前へ進んでおり、更に次の瞬間、その姿がふっとゆらいだ。
そして突然嵐の様にすさまじい暴風が襲い掛かってきた。
「うぉぉっ!?」
一体何事だ!? まさか新たな魔物でも現れたのか!?
だが周囲を見回しても何も異常はない。
風もすぐに収まる。
一体何だったのだ、今の風は。
「レクス殿、今の風は……って居ない!?」
気が付けば、レクス殿の姿はどこにもなかった。
まるで今の風と一緒に消えてしまったかのように。
私は取り残された少女に向き直る。
「レクスさんなら先に行ったわ。多分今の風もレクスさんが起こしたものよ」
さも当たり前の様に少女が告げる。
私はレクス殿が向かった西の村の方向を見るが、その先にレクス殿の姿はなかった。
「一体どれだけの速さで飛べば、視界のどこにも映らなくなるほど遠くまで移動する事が出来るのだ!?」
我々が見た少年の力は、まだほんの一部でしかないのではないか。
私はそう思わずにはいられなかった。
そして我々も遅れること一時間、ようやく西の村に到着した頃には、既に全てが終わっていた。
魔物達は全て討伐され、彼に救われたらしい村人達がレクス殿に感謝している。
「被害が最小限で済んで良かったと思えばいいんですかね?」
村が無事な姿を見て、部下が苦笑しながら呟く。
ああ、そうかもしれないな。
けど……
「我々の出番、無かったなぁ……」
「ええ、無かったですねぇ……」
直してもらった槍、まだ一度も実戦で使ってないんだよなぁ。
「ところで隊長……」
部下が遠慮がちに私に話しかけて来る。
「あれ、一体何なんですかね?」
やめろバカ者、全力で気付かないフリをしていたというのに。
「森の木があちこちにメチャクチャに伸びまくって、その先端に魔物が刺さってるんですけど」
ああ、言ってしまった。
気付いていたよ! けど新手の地獄かなと思って気付かないフリをしていたんだよ!!
「森の中も枝が網みたいに絡み合って魔物を貫いていたそうです」
更に聞きたくない報告を追加してくる。
「はぁ……」
これも、レクス殿のやった事なんだろうなぁ。
「子供が見たら泣くぞ絶対」
だが意外にも村人の評判は良く。
「我らの命を守って下さった方の木です。これからは村の守り神として祭らせて頂きます」
とか言い始めた。
お前達正気か?
(:3 」∠)バハムート「喰われた……」
Σ(:3 」∠)モフモフ「ヘイご主人、話し合おう……」
(:3 」∠)森の木「突然の成長期」
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