第10話 魔界の門と魔人
19:00にちょっとだけ展開を修正しました。
すみません、投稿が遅れました。
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「お父様」
グリモア子爵様の執務室に一人の少女が入ってきた。
彼女は我が主グリモア子爵様の一人娘、セリア様だ。
「おおセリアか。どうしたのだ?」
「はい、先見についてお話が」
お嬢様の言葉に、グリモア子爵様の目つきが変わる。
「何か見えたのか?」
「はい、お父様に手に入れて頂いたドラゴンの竜核のお陰ではっきりと」
「ほほう、それは素晴らしい。私も高い金を支払ってアレを手に入れた甲斐があったというものだ」
「ええ、お父様には感謝してもし足りませんわ。お陰で、私の先見の精度が数倍にあがりましたもの」
「数倍!?」
セリアお嬢様の言葉に、グリモア子爵様が驚きの声を上げる。
それも無理からぬこと。
セリアお嬢様の先見の力はすさまじく、この力によってグリモア子爵領はお嬢様がお生まれになる以前の数倍栄える様になったのだ。
それが更に数倍になったというのだから、驚くより他にない。
「それで、一体何が見えたのだ?」
グリモア子爵様の質問に、セリアお嬢様は一瞬眉をひそめたものの、意を決して顔を上げる。
そして、驚くべき答えを口にした。
「……地上と空を覆いつくす見たことも無い魔物の群れです」
「なん……だと!?」
セリアお嬢様の言葉に、グリモア子爵様が絶句する。
何を馬鹿な事を、普通の親ならそう言って一笑に付すだろう。
だが相手はグリモア近隣諸国の中でも一、二を争う先見の魔法の使い手、間違っても冗談とは思えない。
「……」
「……」
室内が重い沈黙に包まれる。
「お前が言うのだから、事実なのだろう」
「……はい」
グリモア子爵様の言葉に、セリアお嬢様が振り絞るような声音で答える。
自分の占いの結果に絶対の自信があるからこそ、セリアお嬢様は絶望的な気持ちに押し潰されそうになっていた。
「……こうなると、件の冒険者を雇ったのは正解だったな」
「え?」
グリモア子爵様の言葉に、セリアお嬢様が顔を上げる。
「お前の先見の話を聞いてな、ある冒険者を雇ったのだ」
「冒険者……ですか?」
セリアお嬢様が怪訝な顔になる。
子爵領を覆いつくすほどの魔物を冒険者ごときでどうにかなるわけが無いといいたいのだろう。
「そう、冒険者だ。それもドラゴンを討伐した冒険者をな」
「ドラゴン!? ……っ! まさか!」
「そうだ、お前に与えた竜核、あれはその冒険者がドラゴンを討伐して手に入れたものだ」
「ドラゴンを倒した冒険者……」
セリアお嬢様の目に活力が戻る。
「それだけではございませんよ」
「ジョン?」
「先日、王都のオークションに出品された二頭のイーヴィルボア、そして旦那様がお買い上げになった一頭、それらを倒したのは同じ冒険者だったそうです」
「まさかその冒険者も!?」
「ドラゴンを倒した冒険者と同じ人物だったそうです」
「それだけではないぞ、町に侵入し潜んでいたダークブロブもある冒険者に討伐されたとの事だ」
「ではその冒険者も」
「おそらくな」
もはや室内に絶望や不安という言葉は無かった。
あるのはただ、凄まじい実力を持った冒険者への期待があるのみ。
「お父様、その冒険者様のお名前は!?」
セリアお嬢様は物語の英雄に憧れる幼子の様に目をキラキラと輝かせて冒険者の名を聞く。
「オーグ、というそうだ」
「オーグ様……」
この日、たった一人の冒険者にグリモア子爵領の希望が託されたのだった。
◆
「あー、疲れたー!」
修行を続けて魔力切れを起こしたジャイロ君達がぐったりとした様子で地面に寝転がる。
「こんなに体を動かしたのは久しぶりな気がするわ……」
「後衛だと魔法での援護が基本ですからねぇ……」
「身体強化魔法は凄いけど、それに頼ると後が怖い……」
皆魔力がスッカラカンになっているので、会話するのも辛そうだ。
「魔力が多少回復するまでまたちょっと休憩しようか」
「まだやるのぉ?」
ミナさんが心底嫌そうに悲鳴を上げる。
「身体強化は魔力が残り少ない時にやった方が最低限の魔力運用を覚えやすいんだよ」
お金や食べ物とかでも、残りが少ないと分かると大事にしだすからね。
僕らは平原に吹く風に身をさらし、火照った体を冷ましてゆく。
「よし回復した!」
と、十分も休んでいないのに、ジャイロ君が元気よく立ち上がった。
「アンタ、どんだけ体力があるのよ……」
「いやぁ、なんかちょっと休んだらもう疲れが取れてさぁ」
「この体力お化けめ」
ミナさんが恨めしそうにジャイロ君を睨む。
「ふっふーん。まぁ俺は兄貴の一番弟子だからな!」
「それは関係ないでしょ」
「関係あるかもしれない」
と、ミナさんが否定した時、メグリさんがジャイロ君の発言を擁護した。
「え? ど、どういう事?」
「確かにジャイロは戦士だから体力がある。でも私もそれなりに体力がある方。でもその私でもまだ動くのは辛い。体力が回復してない……」
「だからレクスさんの修行が何か関係しているのではないかと言いたいのですね?」
皆が僕の方を見る。
いやいや、そんな特別な修行なんてしてい……
「あ、もしかして」
そこで僕はある仮説を思いついた。
「ジャイロ君、ちょっと身体強化魔法を使ってみて」
「分かったぜ兄貴!」
「はぁぁぁホワホワーッ!」
ジャイロ君が叫びと共に身体強化魔法を発動させると、彼の体の周囲に薄く白い光の膜が現れる。
「ああやっぱり、属性が付いているからだね」
「「「「属性!?」」」」
「そう、ミナさん達魔法使いは知っていると思うけど、魔法っていうのは無色の魔力に属性を付与する事で火の魔法や風の魔法になる」
うんうんとミナさん達が頷いている。
「そして身体強化魔法は体内で魔力を循環させる事で肉体を強化する魔法だから、無色の魔力を使う魔法なんだ」
「でもジャイロさんの身体強化魔法には属性があるんですよね?」
「そう、それが身体強化魔法の次の段階、属性強化なんだ。
「「「「属性強化!?」」」」
皆がなんだそれ!? と身を乗り出す。
「おお、なんか凄そうじゃん! そんなすげぇのをいきなり使えるって、俺ってもしかしてすげーんじゃねーの!?」
「調子に乗ってるんじゃないわよバカ」
ミナさんがジャイロ君のわき腹に肘打ちを食らわす。
「げふっ! て、てめぇ」
「ジャイロ君は身体強化魔法のコツを掴むためにノルブさんの回復魔法をイメージしたでしょ? あの感覚を強くイメージした事で、無意識の内に無色の魔力を回復魔法の聖の魔力に加工しちゃったんだろうね」
「そんな事ってあるんですね」
ノルブさんが驚いた様子でジャイロ君を見る。
回復魔法は神への信仰心の強さで使える様になると信じているから、ちょっと複雑な気分なのだろう。
「ジャイロ君が使った身体強化魔法の属性付与は回復魔法を纏ったヒールブーストに分類されるね。他にも、炎を纏ったフレイムブーストや雷を纏ったスパークブーストなんかがあるよ」
「属性の数だけあるの?」
「ううん、魔法の属性は地水火風光闇の六つだけど、他にも雷や氷の様な派生属性、それに毒耐性のような防御系の属性付与もあるよ」
「色々あるのね」
「じゃあもっと頑張ればすげぇ属性付与が出来るようになるんだな! ならさっさと修行の続きをしようぜ!」
「私達がまだ回復してないっての!」
興奮したジャイロ君がせわしなく体を動かしながら皆をせかす。
「早くしないと俺だけすげー強くなって、兄貴みたいに家よりデカい魔物を倒せるようになっちまうぜ!」
「ばーか、アンタなんかがそんな簡単に……」
とその時だった。
ズズゥン……
遠くから何か重いものが動く音が聞こえてきた。
「へ?」
その音と共に嫌な感覚を感じた僕は、両足に魔力を込めて垂直に跳躍する。
そして木々を飛び越えて周囲を見回すと、音の正体を発見した。
それは巨大で禍々しい気配を纏った黒い凄まじく大きな蛇だった。
「カースドバイパーだ」
「何あれ!? デカすぎない!?」
「前にレクスが倒したイーヴィルボアより大きい」
「なんと禍々しい気配」
身体強化魔法で高い木の枝に飛び乗った皆もカースドバイパーの禍々しい姿に息を呑む。
「レクス、カースドバイパーってどんな魔物?」
おや、さすが身体能力の強化に特化したメグリさんだ。こっちの独り言が聞こえていたみたいだ。
「アレは魔界の魔物だよ」
「「「魔界!?」」」
「うん、本来地上には居ない魔物だね。でもあのサイズだと召還魔法じゃ……」
「何でもいいだろ? ようは倒しちまえば良いんだ!」
「ちょっとバカな事言わないよ! あの巨体が見えないの!?」
戦う気満々のジャイロ君をミナさんがたしなめる。
「おいおい、何弱気な事を言ってんだよ、俺達には身体強化魔法があるんだぜ!」
やる気満々のジャイロくんは戦う気満々だ。
「やめておいた方がいいよ。アレは名前の通り、呪いの蛇なんだ」
「「「「呪い!?」」」」
カースドバイパー、それは近づくだけで瘴気によるダメージを受け、触れれば邪悪な魔力に呪われてしまう触れずの魔物。
「あの魔物は戦士殺しとも呼ばれていて、触れた相手に強力な呪いを掛けて弱体化させて殺しにくる恐ろしい魔物なんだ。しかもカースドバイパー自体が巨大な体躯ですばやい動きをしてくるから、呪い無しでもかなり強い」
「そんなの相手にならないじゃない! 魔法を使えるのは私達3人だけだし、ここは町に戻ってギルドに報告しましょう!」
「魔界の魔物が相手となればAランク冒険者レベルの案件です。僕達の手に余ります」
「くそ、しゃあねぇか!」
触れるだけで呪われてしまうのでは、いかに身体強化魔法で強化された自分達でも戦いようが無い。
ジャイロ君が悔しそうに撤退を受け入れる。
でもだめなんだ。
「いや、迎撃する」
「え? 何言ってるの!? 呪われちゃうんでしょ!?」
「あいつは巨体に似合わず速いんだ。だからここで迎撃しないと先に町にたどり着かれてしまう」
「ですが呪いはどうするんですか!? 未熟な私では呪いの解呪はできません。教会の高司祭様に頼むにも、魔界の魔物の呪いが相手では相当なお金がかかりますよ!」
ノルブさん達が必死で止めてくるけど大丈夫だよ。
「心配要らないよ。これから皆に身体強化魔法の属性付与の実践を見せてあげる」
そういって僕は全身に聖の魔力を循環させる。
「これは聖の魔力を体に纏った属性付与ホーリーブースト。そしてこの属性の利点の一つ、それはね」
僕はカースドバイパーに向かってまっすぐに跳躍しながら叫んだ。
「聖の魔力で邪悪な存在への攻撃力が上がるだけでなく、呪いを跳ね除ける効果があるんだ!!」
突然飛び込んできた僕の姿に、カースドバイパーが驚きで体を硬直させる。
けどさすがは魔界の魔物、即座に僕を迎撃すべく鎌首をもたげ、毒のしたたる牙をむき出しにする。
それに対してこちらは拳を振り上げる。
カースドバイパーの上下の牙が僕に迫り来る。
僕は両腕で上の牙をへし折り、その反動で姿勢を変えて両足で下の牙をへし折った。
牙から猛毒が降り注ぐが、聖なる魔力が毒を無効化する。
「とどめだ!」
僕はカースドバイパーの口の中に入り、拳を上に上げて舌の上から思いっきり跳躍する。
ボンッっという音と共にカースドバイパーの頭が吹き飛んだ。
◆
「と、この様に身体強化魔法を極めれば、複数の属性効果を発揮して簡単に敵を倒せるようになるよ」
「……はぁ」
追いついてきたジャイロ君達に属性付与を使った戦い方を見せてみたけど、何故か皆の反応が薄いなぁ。
「回復属性を発動させていたジャイロくんもいずれはこのくらいできる様になるよ」
「マジで!?」
おっと、現金だなぁ。
「レクスさん、これで魔界の魔物の脅威はなくなったんですか?」
ノルブさんの言葉に僕は首を横に振る。
「ううん、カースドバイパーはその巨体と凶暴性から召喚陣で呼ぶのに向かない魔物なんだ。たぶんどこかに魔界とつながるゲートが設置されている」
「魔界とつながるゲート!?」
「あった、あそこだ」
身体強化魔法で強化した視力で、森の奥深くに隠された漆黒の門を発見する。
「あれがゲート!? 一体誰があんなものを!?」
「たぶん魔人だね。ゲートを使えるのは魔人だけだから」
「魔人ってあの大昔に人間と戦った邪悪な異世界の住人!?」
ミナさんが驚きに声を震わせる。
うーん、そんな大昔じゃないんだけどね。
「それに、ああやっぱり魔人が一人居るね。ゲートの護衛かな」
「魔人!? 逃げた方がいいんじゃないの!?」
「おいおい、一人なら楽勝だろ? こっちは五人いるんだぜ?」
ジャイロ君が余裕だと握りこぶしを作る。
「ばか! 魔人は一国の軍隊を全滅させれるのよ! 私達で倒せる訳ないじゃない!」
「え? マジ? ……ええと、でも兄貴ならできるだろ?」
「無茶言わないでよ!」
「うん、できると思うよ」
「ほら、幾らなんでも……え?」
「あれを破壊しないとまた新しい魔界の魔物が出てくる。だから今破壊しないと」
「私達も手伝……」
僕を手伝おうとメグリさんが武器を構えるが、それはだめだ。
「皆離れてて、でかいの使うから!」
僕の言葉に皆が跳ねる様にさがる。
それは僕の言葉に従ったからだけじゃない。
カースドバイパーを倒された事に気付いた魔人がこちらに気付いたからだ。
遠く離れた位置から凄まじい殺気が放たれる。
僕という敵を撃退する必要があると判断したみたいだね。
でも今生の僕は魔人と戦ったことが無い。
ジャイロ君達を守りながらだと、今までみたいに手加減して戦うのは危険だ。
「うん、これはちょっと本気になろう」
前世の記憶で戦った英雄としての記憶を思い出す。
「行くぞ魔人!」
目標はゲートとこちらにまっすぐ向かってくる魔人。
「魔力剣展開、次元切断ディメンジョンブレイク」
僕はかつて英雄として魔人達と戦っていた際に多用していた魔法を放つ。
そして魔法が発動した瞬間、目の前の風景がズレた。
次元魔法ディメンジョンブレイク。
空間を切断してどんな物体もどんな遠くにある物体も遠近法を無視して視界の全てを切る魔法。
どんな物理、魔力防御も無効化する次元切断攻撃。
視界に映っていた魔人とゲートが上下にズレ、体の左右がズレた断面に向かって吸い込まれていく。
そしてあっさりと消滅した。
「ふぅ」
久しぶりに大魔法を使ったけど、目標だけを切断できてよかった。
「みんなー倒したよー」
僕は皆に魔人を倒したことを告げる。
でも皆はぼーっと立ったまま反応しない。
どうしたんだろう?
「俺、自分の事スゲーなんていってたけど、やっぱ兄貴の方が断然スゲーや」
「魔人とゲートを一撃で破壊したなんて……きっとこの事を誰かに話しても誰も信じてくれないわね」
「「「うん、そう思う」」」
:(;゛゜'ω゜')オーグさんに寄せられる過剰な期待! そして事件は何もせずに解決!
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