第十話 おババ
騎士宿舎の前にはオースタが待っていた。
セラに気付くとオースタは門衛の騎士を押しのけるようにして出迎える。
「ようこそ、セラ・ラスコットさん。騎士団長を何とか説得しておきました」
オースタが女性と待ち合わせしていると思っていたのか、門衛の騎士はにやにやしていたが、セラの名を聞くと真顔になって背筋を正し、視線をそらした。
オースタに案内されて騎士宿舎に入る。
「……実体魔力のポーションを持ってきていませんよね?」
「先ほど飲みましたから、後は予備だけですね」
「仕舞っておいてください。あの色を見るだけで腰が引ける騎士もいるんです」
騎士宿舎の資料室は建物の奥にあった。物置とそう変わらない、モノが雑多に積まれた部屋だ。
セラが見たかった王国全土の詳細地図を資料棚から引っ張り出したオースタは机の上に広げていく。
「水源地でも調べるおつもりですか?」
「いえ、調べるのは水源ではなく洞窟ですよ」
「洞窟?」
町や川、山などの情報は民間の地図でも十分確認できる。水源地についても現地の冒険者ギルドの地図で調べられる。
だが、山の標高や湧き水の位置、推定される地下水脈、洞窟の内部情報などは民間の地図ではなかなか記載されない。
セラが見たかったのは白化雨の降った地域、白化魔物の出現地域に洞窟があるかどうかだ。
まず注目するのはベルジアカの生息地。王国中央部に自生するベルジアカの毒を再現するトレントがなぜか北部の雪町キノル近くの山中にある龍伐の湖で見つかった。
セラがトレント討伐の際、龍伐の湖に洞窟があるのを見ている。
騎士団の地図によれば、ベルジアカの生息地には確かに洞窟がある。かなり大きな洞窟であるだけでなく、全体の長さも不明で入り組んでいるようだ。
他に白化魔物が確認され、白化雨が降った地域にも洞窟や大きな湖が存在している。
暗記してきた地図や資料と照らし合わせれば、見えてくる。
セラは指先で洞窟や湖を白化雨の観測地を通る形で結んでいく。
「高低差を無視しているように見えますが、三千メートル級の山は避けていますね。一部、地下水脈を使っているようですが」
セラの独り言を聞いて、オースタはセラの指先を見つめる。
「まさか、白化雨が次に降る場所を推測しているんですか?」
「気付いたことがありまして、これは単独で移動する何らかの動物による魔法だと思います。おそらく、魔物でしょうね」
セラの推測が正しければ、白化雨を降らせる魔物が存在する。その魔物は現在、王国中央部から東に逸れつつも南下して、ヤニクに向かう。
あまり時間が取れそうにないからと、セラは国家錬金術師ギルド本部へ戻ることにした。
「私は本部に戻って少し実験と観察をしてきます。失礼ですが、ヤニクへ向かうことになるので馬車の手配をお願いできますか?」
「馬車ですか? 馬の方が速いですが」
「機材を乗せる必要があります。実体魔力のポーションで支えるとはいえ、雨に降られると困るので箱馬車でお願いします」
「わかりました。用意させましょう。明日の朝に、国家錬金術師ギルド本部の前で落ち合う形でいいでしょうか?」
後で推測を話してくださいね、と言ってオースタは騎士団の馬車の手配に動き出す。
セラは騎士宿舎を出て本部へ向かいかけ、考え直してババーリア薬草店へ足を向ける。
通い慣れた裏路地を進み、セラはババーリア薬草店の扉を開ける。
「おババー、久しぶりー」
気安く呼びかけると、いつもの席に座っていたおババがじろりと睨んでくる。
「はっ、呼び戻されたか。だから言ったんだ。セラを左遷するなんて馬鹿げたことしやがって」
「いつもの憎まれ口が沁みるね」
「あんたには言ってないよ。本部の馬鹿どもに言ってんのさ」
まったく、と不満そうに言いながらも、おババの口元は緩んでいた。
おババがカウンターに肘をつく。
「白化雨の件だろう? 何が欲しい?」
「デラベア酒、ルゴカー染色液、後――美白美容液」
告げられた三つの品に、おババが目を丸くする。
「待ちな。あんた、白化雨が魔法だと思ってるのかい?」
「それを確かめる実験をするの」
「あんたのことだから例の美白美容液はもう持ってるもんだと思ったがね」
おババは店の奥の扉を開けて、希少品の棚を開ける。
「キノルで売られていた例の美白美容液は確保したんだけど、たぶん、消費期限が過ぎてるんだ。おババだったら確保してるんじゃないかと思って」
「怪しいブツが入ったって裏の連中が持ち込んできたのがあるよ。騎士団に届け出ようかと思ったんだけどね。二日前に手に入れた」
デラベア酒、ルゴカー染色液、美白美容液の三つをカウンターに置いて、おババがセラを見る。
「どうする? デラベア酒とルゴカー染色液は品質を保証するがね。この怪しい美白美容液は品質の良し悪しは分からんよ」
「流通ルートは?」
美白美容液の瓶を持ち上げて中身を透かし見ながら問うと、おババは肩をすくめる。
本来、この手の裏から回ってきたものの流通ルートは伏せられる。裏の連中に迷惑が掛かってしまうからだ。
しかし、おババはすんなりと話してくれた。
「キノルから五日ほどかけて持ち込まれたそうだ。若手の商人が製法を聞きかじったやくざ者に掴まされて売るのに困って裏に持ち込んだのさ」
「五日ね。なら、大丈夫でしょう。本部につけておいて」
「言われなくてもそうするさ。上の連中の度肝抜いてやんな」




