第八話 国家錬金術師ギルド本部
王都に入ったセラたちは各々の仕事場に向かうため一時的に別行動することになった。
「あとで冒険者ギルドにお邪魔します。すみませんが話を通しておいてください」
「わかったよ。アウリオさんもいるから、納得させられるでしょ」
「王都は俺の拠点だからな。知り合いも多いし、ギルド長が渋ってもごり押すよ」
イルルとアウリオが請け負って、冒険者ギルドへ歩いていく。
セラはオースタを見た。
「オースタさん、後ほど騎士宿舎にお邪魔します。確か、王国全土の詳細な地図の写しが宿舎に保管されていましたよね?」
「よくご存じで。宿舎の写本の方が手続きも簡単ですが、国防に関わるものですからセラさんに閲覧許可が出せるかどうか……」
「抵抗するなら実体魔力のポーションを持ち込むと伝えてください」
「あ、はい。そうですね……」
セラは騎士相手の特効薬のようなものだ。加えて実体魔力のポーションを持っていけば多少の無理も通せる。
オースタが騎士宿舎へ走っていった。魔王の襲来を砦に伝えようとする物語の伝令のように全力で走っている。
「さて、と」
セラは呟いて、古巣である国立錬金術師ギルド本部へ足を向ける。
白化雨の影響が物価にもおよび、王都の雰囲気は暗い。セラがヤニクへ出発した時の空気感とは雲泥の差だ。
晴れの日が多い王都だけあって、見上げる空は青い。それでも、いつ降るか分からない白化雨への警戒感は強く、軒先には雨除けの布が張られている。
舗装路ばかりで水はけが悪い王都の道路事情も見直され、側溝の整備が進んでいる。下水道の許容量を超えかねないが、そのあたりも工事されているのだろう。
王国の中心地として栄えている王都でさえこのありさまだ。地方都市がどうなっているか、想像に難くない。
国立錬金術師ギルド本部前に到着したセラは特に感慨もなくさっさと玄関を開けた。
受付に座っている中年の女性がセラを見て腰を浮かせる。
「セラさん! 帰ってきたんですね!」
「はい、左遷されてきました」
「相変わらずの無表情だから冗談の区別がつかないですよー。でも、本当によかった。開発部の皆さん、泊まり込み続きで、寝言で言ってましたよ『セラさんを呼び戻してくれぇ』って」
「可哀そうですね。でも、まだしばらくは泊まり込んでもらいましょう。カマナック部長は部屋に?」
「えぇ、あんな状態なのに一人でも抜けると仕事が回らないからって聞かなくって」
心配そうに開発部長の部屋がある方向を見て、受付はため息をつく。
あんな状態、というのが少し気になったが会えばわかるだろう。
セラは受付に礼を言って、開発部の方へ廊下を進む。
顔色の悪い本部の職員たちがセラを見て目を丸くする。
セラ・ラスコットが帰ってきた。その事実を認識した本部の職員たちが各所へ報せに行く。
すべての反応を無視して、セラは開発部長カマナックの部屋の扉をノックした。
「セラ・ラスコットです。ただいま戻りました」
「あぁ、入ってくれ」
「失礼します」
声をかけて、セラは扉を開ける。
カマナックが立ち上がってセラを歓迎した。
「お帰り、セラさん」
そう言って片腕を広げるカマナックは、もう片方の手で杖を突いていた。目には包帯が巻かれており、頬のあたりが蝋を塗ったように白い。
セラは部屋に入り、ソファに座った。
「カマナック部長、白化雨で失明したんですか?」
「あぁ、その通り。調査中に白化雨が目に入ってしまってね。目から色素が抜けてしまった。月明かりですら目がくらむよ」
慎重に椅子に座ったカマナックは机との距離を確かめるように手を伸ばし、机の縁を掴んで椅子を引き付けた。
「臓器治癒ポーションで治るから、私の心配はいらない」
さらりと言うが、そう単純なものでもない。
臓器治癒ポーションは体内魔力を十五魔火ほど消費する負担の大きいポーションだ。
王立騎士団に入団する者の平均が二十五魔火。魔法師団であれば四十魔火なので、従軍経験を持つカマナックは問題なく飲めるのだろう。
だが、一般人の体内魔力は平均で八魔火であり、一般には飲むことができないポーションでもある。
白化雨の影響が拡大して一般人にも失明者が出れば治療できない。
「私が緊急で呼び戻されるわけですね。騎士団にも失明者が?」
「失明した者もいるが、白髪になった者や体の色素が抜けて重度の日焼け患者もいる。各地の情報を伝えるために馬を走らせている途中、白化雨に降られる事例が多い」
長引くほど、伝令役や現地で調査に当たる者が離脱していくことになる。
カマナックは深刻な顔で続ける。
「白化雨の根本原因を突き止め、解決しないと国が滅びかねない。陛下も憂慮しておられる」
国家機関が総出で対応に当たっているのに解決の糸口が見えないでいる。
セラはカマナックに質問した。
「ギルド本部でも検査はしていますよね。結果は?」
「何もわからない。資料室にすべての実験結果が保管されているから見るといい」
「毒か病か、魔法的な作用か、目星もついていないと?」
「あぁ。セラさんの見立ては?」
少しでも新しい視点が欲しいのか、本部に帰ってきたばかりのセラにまでカマナックは質問する。
答えは期待していないだろう。移動ばかりで実験する暇すらほとんどなかったセラが何かの答えを持てるはずがないのだから。
だが、セラははっきりと答えた。
「――魔物による環境変化だと思います」




