第四話 そういうとこだぞ
雨は日が昇る頃に止み、村の人々は慎重に家の外に出た。
白化雨だった場合、靴から染みこんだ雨水でも肌が白化する。庭先の草花に白化が見られなければただの雨だったとみて、農作業を始める。
セラは木窓を開けて外を見た。
「ただの雨ですね」
昨晩のうちに部屋で捕まえた小さな蜘蛛が白化の影響を受けていないのを見て推定し、セラは蜘蛛を逃がす。
「お疲れさまでした」
さっと逃げ出す蜘蛛を見送っていると、窓の下の道をオースタが通りがかる。
セラに気付いて見上げてきたオースタが小さく手を振った。
「討伐に出かけます」
「お気をつけて」
オースタ以外にも村の力自慢らしき男たちがそれぞれ家を出てくるのが見えた。地中に住む魔物が相手なのもあり、人数をそろえて不意打ちに対処する作戦なのだろう。
セラは木窓を閉めて、カバンを片手に部屋を出る。
すぐ隣の部屋の扉をノックして中に呼びかけた。
「アウリオさん、買い出しに行くのでついてきてください」
少し間があって、扉が開く。あまり眠れていない様子のアウリオが欠伸をしながら出てきた。
「ごめん、身支度を整えるから、少し待っててくれる?」
「わかりました」
やはりあまりこの村に長居しない方がよさそうだと、セラはアウリオを見て思う。
「実体魔力のポーションを飲めば護衛もいらないと思いますが」
「いやいや、左遷されていたとはいえ、セラさんはいまや国の重要人物でしょ。護衛なしに歩かせられないよ」
待たせると一人で出かけかねないと思ったのか、アウリオはすぐに準備を整えて部屋を出てきた。見慣れたいつものアウリオだ。
「だらしない姿はあまり見せたくなかったんだけど」
「いまさらだと思いますよ。割とうじうじ考えるタイプだって知っていますし」
「あはは……やっぱり、ばれてる?」
気まずそうに笑うアウリオに、セラはいつもの無表情で頷く。
「この村、アウリオさんの生まれた村でしょう?」
「ばれてるね。宿の主人になんか言われた?」
「いえ、女将さんにアウリオさんのことを尋ねられましたが、本人に聞くべきだと話しました」
「ありがとう」
二人で階段を降り、微妙な顔の宿の主人に見送られて外に出る。
地面が硬く水はけもあまりよくない土地柄のはずだが、道のぬかるみは少ない。
馬車の轍が見当たらないのを不思議に思って見回すと、馬車用の入り口と道が別に整備されているのが分かった。特産の果物などを簡単に積み込めるように果樹園までの馬車道があるようだ。
アウリオが果樹園を見つめている。この村にいた頃にはなかったからだろう。
「宿の子が話していましたよ。十年以上前に口減らしがあって、その教訓に産業を増やしたそうです」
「あぁ、湧き水があるから、そこから水を供給してるのかな」
元々この村の住人だけあって、アウリオは周辺の地理を把握しているらしい。
湧き水は村から少し離れた場所にあるようで、水を汲んできた村人が村を出入りしているのが遠めに見えた。
家畜はいないが取れた果物を乾燥させている建物がある。内部に棚が置いてあるそうで、虫よけの細かい網が張られていた。昨夜のサラダに使われていたのも自家製のドライフルーツだろう。
宿の主人か女将から聞かされていたのか、村の人々はアウリオを見つけると気まずそうな顔で視線をそらしていた。
十年以上前に村から出して死んだと思っていたのか、恩義のアウリオという名が聞かれるほどに有名になっても戻ってこなかったことで恨まれていると考えているのか。どちらにしても負い目があるのだろう。
セラはアウリオをちらりと盗み見る。
アウリオも居心地が悪そうな顔をしている。
果樹園は嵐で被害を受けたとのことだったが、実際に見てみるとその深刻さも分かる。折れた枝の片付けもまだ済んでいない。
「人手が足りていませんね。オースタさんと討伐に行った人は力自慢が多かったでしょうから無理もありませんが」
それでも、枝の片付けは数日で終わるだろう。
問題はその後だ。
果樹園の復旧まで数年。畑の方も多少被害を受けている様子がある。これから村の食糧事情は厳しくなりそうだ。蓄えはあると思うが、財政もやや厳しくなるだろうか。
食料を買うつもりだったが、少し値が上がっているかもしれない。
セラはどれくらいの出費を覚悟すべきか考えつつ、村の野菜や果物を売っている店へ歩く。倉庫を併設しているようで、まだ青い果実が詰められた箱が運び込まれていた。出荷中に熟れるのだろう。
「すみません、食料を買い足したいのですが、売ってくれますか?」
店主に何げなく尋ねてから、セラはやらかしたことを悟った。
かつて口減らしで村を追い出されたアウリオを連れて食料を売ってくれますか、は脅しと変わらない。
流石にこれは左遷されても仕方がないと反省して黙り込むセラに、店主が困った顔をする。アウリオをちらちらと見つつ、仲立ちをしてくれるはずのセラが黙り込む謎の状況となった。
アウリオが苦笑する。
「セラさん、今のはわざとじゃないよね?」
「……はい。反省しています」
「まったく、敵わないなぁ。俺はちょっと果樹園の復旧を手伝ってくるよ。交渉しておいて」
「すみません」
セラのやらかしに背中を押される形で、アウリオが果樹園に向かう。
気まずそうな顔で出迎えた村人たちに、アウリオも曖昧な顔で笑って、微妙な空気ながら果樹園の復旧作業を始める。
結果よしとはいえ、セラは反省して少し色を付けて食料を買うことにした。




