第二十八話 自白剤
密漁者の摘発にギルドが本格的に乗り出した三日後、密漁組織は壊滅した。
事前に拠点や戦力を調査していたことが功を奏し、冒険者側が終始圧倒するような摘発劇だったらしい。
怪我人もいないというので、備えていたセラは空いた時間をどうしようかとノートをめくっていた。
ソファに座っていたアウリオ曰く、外には取り逃がした残党がいてもおかしくないため外出を避けてほしいらしい。職員を人質に密漁者の解放を要求してくるかもしれないからだ。
「捕らえた連中の尋問が進めば、残党も分かる。それまで気を付けてくれ」
買い物はアウリオが引き受けてくれる。
「暇なら遊び相手にだってなれるよ。カードなんかは得意な方だ」
「私はそういった遊びはわからないです。錬金術の勉強と実験ばかりだったので」
ここが王立錬金術師ギルド本部なら、過去の文献を読み漁るだけでいくらでも暇が潰せる。だが、地方の冒険者ギルドにそんな文献があるはずもない。
魔物に関する勉強でもしてみようかと思った矢先、研究室の扉がノックされた。
「セラさん、いまいいかね?」
「どうぞ」
扉が開き、コフィが入ってくる。やや険しい顔をしたコフィは手持ち無沙汰のセラを見てほっとした。
「どうにも、錬金術師の研究室は緊張するね。扉を開けると爆発するんじゃないかと思ってしまうよ」
「爆発なんて滅多にしませんよ」
「……するんだな」
ちょっと怯んだコフィは気を取り直して来訪の理由を告げた。
「密漁組織の幹部が強情でなかなか口を割らない。自白剤のようなものは作れるだろうか? 主義に反するならば無理にとは言わん」
「自白剤ですか? 材料が足らないので間に合わせでよければ可能です」
セラは素材棚に歩み寄り、赤茶色の陶器の小壺を手に取る。
小壺の中から乾燥させた果物の皮を取り出し、爪先で小さく千切ってコフィに差し出した。
「稀に体質が合わずに嘔吐する方がいるので、テストをしてください。この皮の破片をその幹部の皮膚に押し当てて、皮膚が青くならなければ大丈夫です」
「ふむ、人によっては飲めないポーションもあるのか」
「意外と多いんですよ」
コフィを送り出して、セラは自白ポーションの調合に取り掛かる。
アウリオがソファを立って興味津々に覗き込んでくる。
「自白剤も作れるんだね」
「国家錬金術師の資格試験で出てきますから。他国のスパイは自白ポーションに耐性をつけている場合もあるので、新しいレシピを考案するように上から指示が出たりもします」
「おっと、怖い話だ」
アウリオはおどけて肩をすくめる。
国の裏の話なので、セラも深く語るつもりはない。
慣れた手つきで調合を進めていたセラは素材棚から一枚の紙を取り出した。レシピでも書かれていると思ったのかアウリオは意外そうな顔をする。
「セラさんでもレシピを見るんだね」
「レシピ? あ、これは素材ですよ」
手元の紙のことだと気付いたセラは紙を器用に裂いていく。細い帯状に切ったその紙は自白ポーションに使う素材の一つ、クリバ酒の搾りかすだ。
「砂漠地帯で作られているクリバ酒は実をそのまま発酵させるんですが、実の繊維がこうして残るんです。それを携帯しやすいように紙状にしたものがこれです」
「へぇ。じゃあ、紙ではないのか」
「いえ、元は行商人が紙として用いていたものを、錬金術師がレシピの書付に使っていたんです。ただ、その錬金術師がおっちょこちょいで、ポーションを誤ってこの紙にこぼしてしまったんですよ」
言いながら、セラは調合していた自白ポーションにクリバ酒の搾りかすを浸す。
すると、ややごわごわした紙状だった搾りかすはポーションを吸い上げていき、厚みをほぼ変えないまま板のように硬直した。
「こぼしたポーションを吸い上げてこのように板状になったのを見た錬金術師は、ポーションを固形にできるかもしれないと考えたんです」
一部のポーションは丸薬の形に成形できる。もしも板状に加工できるなら、容器が割れてこぼれる心配もなく、輸送効率が跳ね上がる。
だが、実際に板状のポーションは出回っていない。結果が読めたアウリオは苦笑した。
「失敗したけれど、その失敗から生まれた物もあるってことかな?」
「お察しの通り、板状に成形するのは無理でした。クリバ酒の搾りかすなので、お酒の成分が悪さをして副作用が酷くなったりするんです。ですが、逆に効果を増幅できるポーションもあります」
ポーションを吸い込んで板状になったクリバ酒の搾りかすを粉砕し、免許なしには購入どころか所持も許されない酩酊作用のあるキノコの粉末を薬さじで慎重に加え、少量の水で溶かしていく。
「自白剤は基本的に、理性のタガを外す薬です。アルコールも自白剤の一種ですよ。酔わせて情報を引き出すなんて常套手段なので、スパイはまず引っ掛かりませんけど」
逆に言えば、アルコールだと気付かせなければスパイでも引っかかる自白剤が作れる。酔っていることすら認識させなければなおさらだ。
セラは完成した自白ポーションへとダメ押しに乾燥させた果物の皮を粉末状にして加え、溶かし込む。
「これで完成です」
「意外とあっさり出来――味見するの!?」
多めに作った自白ポーションを取り分けて一気に煽ったセラに、アウリオは驚きのあまり突っ込みを入れる。
「美味しい……。誰であれ、他人の口に入るものです。安全性の最終確認は必要です」
「味の感想がなければ立派なんだけどなぁ」




