変わる戦争の形
1905年2月、ダンマークが掴んでいた情報通り、ロシアのバルト艦隊が動き出した。
その日サンクトペテルブルク発、コペンハーゲン空港行きの四発旅客機のパイロットは、バルト海を進む大艦隊を確認していた。
「三日後にはエーレ海峡を通過する可能性が高いということですか」
「軍の見立てではそうなるわね」
私の家に本日もマリーナが来ている。
ニールスと娘のクリスティーナは乳母とともに別室で遊んでもらっているわ。
こんな話、まだ3歳の彼女に聴かせるべきじゃないもの。
「念の為、イギリスとドイツにも情報を展開したけれど、さすが大国ね…すでに情報を掴んでいたわ」
「そらそうでしょう、スパイの10人や20人サンクトペテルブルグにいても驚きませんよ」
まぁそうよね。
我が国にも世界各国からスパイが紛れ込んでいるもの。
重要機密に触ろうとしない限り、それらのスパイは現時点で放置している。
下手に鉄壁の防御をすると、他国もうちのスパイを同じように扱い、正しい情報を得られないことになるからね。
「明日には新聞にも載るでしょうね、写真付きで」
「大丈夫ですかそんなことをして…飛行機で撮影したってもろばれしますよ?」
「すでにイギリスの新聞社は旅順要塞を上空撮影した写真すら載せているのよ?今更よ」
「航空偵察に、航空機同士の戦いが普通になりましたね」
そう、日露戦争において航空機同士の空戦というのがいよいよ勃発した。
上空からの写真撮影だけでなく、爆撃までしてくる敵機を叩き落とそうと思うのは自然なことでしょうね。
「双方、飛行機に機銃を搭載、上空で打ち合いをしているとのことです」
「まぁ中々あたらないみたいだけれどね」
「空の上で揺れ動く相手に自分も揺れ動いているのですから当てるのは至難の業でしょう?」
マリーナの言う通りね。
だから同軸機銃が有効になるのよ…いっときはね。
「下手をするとシェラン島沿岸の人たちは艦隊を眺めに来るかもしれませんね…新聞報道までされたら」
「狙いはそれよ。こっちは宣言通り水先案内はしない。スウェーデンだってイギリスの意向があるからやらない。ロシア艦隊はどうするのかしらね?」
「エーレ海峡で座礁なんて笑えませんよ?」
「笑ってやれば良いのよ。軍部は、座礁したらロシアからお金をたんまりもらってサルベージ作業をしてあげる目論見よ」
「うわぁー」
まぁそうならないに越したことはないのだけれど…どうなるかしらね。
*****
予想通り三日後、エーレ海峡を通過しようとするロシア艦隊の黒煙はアマリエンボー宮殿からすら確認ができた。
暇なダンマーク国民はこぞって海岸線に行きロシアの大艦隊を眺めた。
「お祭り騒ぎね」
「ダンマークには"戦艦"がありませんからね」
レーナの言葉に私は頷く。
「ドレッドノートが出てくれば全ての船が旧式化するとわかっていて戦艦なんて作るわけないじゃない。お金の無駄遣いよ」
「その分飛行機に全部回していただいていますからね。おかげでアレも完成しました」
「では、護衛戦闘機計画は順調なのね?」
私の問いかけにレーナが頷いてくれる。
「近々、500馬力超級のエンジンも完成するそうです。そうすれば単発の護衛戦闘機が製造できるようになるでしょう」
「あとは旅客機の改良ね…四発合わせて2000馬力ともなればだいぶ性能向上するのではなくて?」
「そちらも進めていますよ。そろそろ高高度を高速で飛べるようにしたいところです」
「旅客は無理でしょう…貨物は…」
そう、旅客で高高度を飛ぶのは限界があるのよ。
寒いというのと気圧の問題ね。
一気に上空に行くと訓練をしなければ高山病のようになって最悪気絶すると言われています。
民間人にそれは無理があるのです。
「そういえば、日本とロシアの戦い、かなり兵の損耗が大きいと言われているようですけど、ダンマーク以外の国の反応はどうなんです?」
「史実通りね…私たちは私たちのできることやりましょう」
前世においてそこまで知らぬことではあったけれど、第一次大戦における初戦の被害は日露戦争の反省を各軍が活かせなかったことによると言われているのよね。
旅順要塞攻略における双方の損耗率の高さは、所詮礼儀も知らぬ黄色人種の下品な戦いであると切り捨てたい貴族やナポレオン戦争から思想が変わらない古い軍人によってね。
要塞や防衛線と機関銃や大砲による防御がどれほど強靭であるか正しく把握されなかったわけです。
その点、ダンマークは違います。
マリーナもレーナもいます。
それに私も居るので、その辺り正しく軍に対して指摘をすることができますから。
特に、我が国は防衛主体の国。
どのようにすることで自国を防衛することができるのか、それがポイントとなります。
いくら中立国といっても周りは大国まみれですから、いつ何時巻き込まれるかわかりません。
そのためにも自国の防衛には力を入れないといけないわけですからね。
*****
エーレ海峡を抜けたバルト艦隊はイギリス艦隊に捕捉され続けている状態です。
何せ、出港と現在位置についてイギリスのスパイが情報を本国へ伝えることを阻止しませんでしたから。
直接的な戦闘には当然なりませんが、史実で起こったイギリスの漁船攻撃はおこらなかったようです。
何せ、ずっと見える位置にイギリス艦隊が張り付いているんですから、発砲すれば宣戦布告と見なされる可能性が高いわけですし。
イギリスは海軍艦艇の他に、自国産の航空機による偵察も行っているらしく、ずっとどこにいるか把握している状態を保てているようです。
「これは、日本海海戦がより日本に有利になるかもしれないわね」
「断然有利だと思いますよ?史実だと位置を見失うこともあったと言いますけど、イギリス領土の各港町から飛行機が飛び続けると言いますし」
今日はマリーナが遊びに来てくれていて、ロシア艦隊が通過したのちの状況を話しています。
「恐ろしい世の中になったわよね」
「姫様がそれを言いますか」
まぁ私が原因よね。
飛行機や飛行船が連日ロシア艦隊を追いかけているというもの。
史実でもロシアは負けるけれど、きっと今回は惨敗になると思うわ。
その原因は間違いなく私が一つを握っているわよね…
さて、日露戦争はいつ終わることになるかしらね…




