公海規定の制定
1902年、世界情勢は前世と同じように動き始めています。
ロシアの南下政策により日露関係は悪化、日英同盟によるところもありますが、イギリス自体もロシアを警戒しておりギスギス感が増しています。
我が国としては祖父であるクリスチャン9世が政略結婚による結びつきを使って両国間の調整を行おうとして呼びかけましたが失敗。
各国とも国の方針に王がどこまで権利を持っているのかというのが明るみになったと言えます。
「立憲君主制が進むことで、王族の立場は大きく変わったな」
「国の行く末を見定める役目はありますでしょうが、国家間のいざこざについて婚姻関係にあり親類なのだから仲良くしようというのは過去の歴史からも土台無理な話と思いますわよ」
「まったく、その通りだな」
ふぅーとお爺様が長い息を吐きます。
「お爺様はダンマーク王国の独立をずっとお守りになっております。それは素晴らしいことです」
「それもお前のおかげだテューラ」
今日は久しぶりにお爺様たちと会合です。
「しかし、テューラやマリーナ嬢が提案しているこの”公海法”は意味があるのかね?」
「目的は”我が国が他国の戦争に巻き込まれない為”ですわ。今後重要な意味を持ちます」
私の答えにお爺様とお婆様が難しい顔になります。
分かっていただけないのであれば具体例を出しますか。
「例えばですが、イギリスとロシアが戦争となった時、両国海軍はどこを通ります?」
「エーレ海峡か…」
「そうです。いずれにせよロシア、ドイツはバルト海から北海に出たく、イギリスは逆です。仏露同盟があるとはいえ、フランスの海軍戦力は限定的なことから、イギリス海軍が動くと我が国の目と鼻の先で海峡に大砲を向けることになります」
「そこで”公海”か」
「そうです、すでに1857年には通行税の廃止によってアメリカなど無制限の通行許可をしています。それをより発展させるのです。
無害通航のみ許可することで、我が国の中立が維持できるという考えです」
マリーナ曰く、このあたりの考え方は戦後にならないと生まれない。
ですが、このまま時代が進み1904年、日露戦争が勃発すればなし崩し的にイギリス、ロシアと同様の内容の状況になし崩し的になってしまいます。
であれば先に手を付けるべきというやつです。
「確かに、我が国は現状友好国はあれど、どこかの属国ではない。脅しに屈しないというのも重要だが、そもそも脅されない立ち回りも重要か」
「その通りです。マリーナのおかげで議会の流れもこの”公海規定”について友好的ですから、順調にこちらに上がってくると思いますよ」
これは、私もその通りだと思うのでマリーナに任せている。
彼女の父が所属するデンマーク自由党から今回の公海規定が提案され現在審議中だ。
同時進行で選挙権改訂議論も始まっており、こちらは15年前倒しで女性参政権を得ようというやつだ。
とはいえ、こちらは後5年は無理だろうと考えている。
私も含め地道に活動中だ。
国内の女性の発言力もかなり増しているので国会も完全に無視はできない状態にある。
「ダンマークは変わったな」
「違います御爺様、時代の変化に柔軟に対応しただけですわ」
お爺様はそうかとだけ言い、この会はお開きとなった。
史実の日露戦争勃発まではまだ2年あるので大丈夫だと信じたい。
私が自分の”家”に戻ってくると、今日の仕事を終えたニールスが迎えてくれた。
結婚した私はアマリエンボー宮殿からでて、コペンハーゲンにある父所有の大きな家の一つをもらい受けました。
ニールスは宮廷外科医としてまだ活動しておりまして、基本的に大きな仕事はありませんから普通に帰ってくる状態です。
なので、私より先に家にいることが多いのですよね。
「国王陛下たちとの面会おつかれさま」
「これも私の仕事ですから」
リビングに行けば私についてきてくれたメイドがお茶を出してくれる。
「やっと一息付けます」
「私なんかよりよっぽど忙しそうに仕事をしているよねテューラは…」
「この国の為…なんていいこと言いますが、結局は私が良くない目に合わないように立ち振る舞っているだけですから」
「そういう素直なところが、王族だからと敬うだけでなく皆が付いてきてくれるところだと思うよ」
まぁその一人がニールスですからね。
私は満足です。
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お爺様たちとの会合から1ヶ月後、国会を無事通過したダンマーク公海規定を御爺様が承認いたしました。
これは世界各国に向けて大使館を通じて発表され、1903年1月1日をもって有効となります。
これまでも通行の自由は認めておりましたが、それをさらに一歩進めた形です。
その代わり、水先案内等に関する規定として”軍所属の武装を施した船舶の水先案内はしない”というのを盛込んであります。
つまり、バルチック艦隊だろうがイギリス北海艦隊だろうが勝手に通りたければ通りやがれという投げやりな姿勢です。
武装を施していない船に関しては、ちゃんとお金を払ってもらえれば民間の企業が水先案内をします。
エーレ海峡は幅は最も幅が狭いところで7kmしかありませんから、大型の軍艦が艦隊組んで進むのは無理があるのですよね。
さらに、実はこの規定について黙って盛り込んだ内容があります。
それは、公海だが「測量・計測はダンマーク、スウェーデン両国の許可が必要」という文言です。
これ、後のドイツ海軍Uボート対策ですよ。
海峡における最大水深だとか浅い場所だとかについて、今まで公開していた情報以外は両国の許可が無い限りは一切公開しないというもので、これはお母様から働きかけてもらってスウェーデンとも合意した内容です。
潜水艦が”潜水しながら航行する”為には正確な”海図”が必要なわけですが、それを”秘匿する”といってるわけです。
これ、何も潜水艦だけでなく、大型の船舶は漏れなく困ることになります。
過去の情報から変わっていなければいいですが、変更があった場合それを知るダンマークかスウェーデンの水先案内会社に頼む以外、安全に航路を通れないことになります。
とはいえ、マリーナからは「水先案内会社にスパイが入り込んだら意味はない」とは言われていますが…
今後はもしかしなくても国内の防諜に力を入れないといけなくなりそうですわね。




