3
チラシに目を通して、部品製造の仕事ならば対人関係でトラブルを起こさないだろうと判断して、そこに履歴書を持っていくことにした。
「では、明日からお願いします」
よほど人手が少ないのだろう持っていって即採用されると、さっそく明日からと言われた。
準備期間とかを用意しなくていいのかと聞きたかったが、それを聞いて悪印象を持たれた経験もあったので、文句が出そうになったのを喉の奥で引っ込めて、必要な物があるのかなどを確認して、昼食は自分で用意することなど、作業着を貸し出すので服のサイズを教えて欲しいなどと言われて、その日はすぐに帰らされた。
思ったよりも早く終わってしまった。さて、どうすればいいのかと考えて、
「ユゼルの店を覗いてみるか」
自分は毎回トラブルを起こしてクビになるが、ユゼルはずっと同じ店で仕事をしている。なんであいつは上手くやれるのか、店を覗いてみれば分かるだろうかと一度思いついたらそれは今後の【完璧な人間】になるための参考になるのではないかと思い立った。
「なんだこれは………」
ユゼルの働いている店は繁盛していた。
多くの客が楽しそうに食事をして話をして、…………………お酒を飲んでいる。
昼間から酒だと、しかも明らかに仕事の休憩で食事に来ている風貌じゃないのか。何を考えているんだ。
こんなのばかりで何でユゼルは怒らないんだ。こんな【完璧】とは程遠い。
「いらっしゃい。リューちゃん」
「ユゼル。お前なっ!!」
水を持ってきたユゼルに文句を言おうと口を開きかけて、
「左三番目のカウンターの客はいわゆるブラック企業にお勤めで、もう数か月家に帰れなくなって限界になったので辞表を叩き付けてこの店で祝杯をしているところ」
抑圧されていた世界からの解放で久しぶりのお酒なんだよ。と軽く説明してくる。
「入り口から一番遠い席の人は、お酒の飲み比べが専門の仕事。どのお酒がどんな料理に合うのかを調べて旅行ガイドの本に載せるんだ」
自分で見つけたい人もいるだろうけど、そうやって資料を必要とする人もいるからね。
「…………」
「でもって、リューちゃんの隣の人は船乗り。今仕事終わったところ」
着替える前に食事を楽しみたかったんだって。
次から次と説明して来るのを聞きながら。
「なんでここまで知っている?」
どうして分かるんだ。
「えっ? 聞いたから」
「聞いた……? だと……?」
店の店員と客だろう。なんでそんな話をしている。
「リューちゃんからすれば疑問だろうけどね。話をすることで円滑なサービスが出来ることもあるし、何を求めているのか分かることもある。聞いてもらいたくない人にはさすがに聞かないよ」
何を食べるとメニューを差し出されながら説明される。
「と言うか、リューちゃんがこの店に来るとは思わなかった。……きつくない?」
「きつい?」
何のことだと理解できないと顔を歪めると、
「だって、ここ酒もたばこもある店だよ……あと料理も……」
臭いとかきついでしょうと心配してくる。
「愚問だな」
本来は犬だからの心配だろうが、【完璧な人間】は犬ほど高性能な鼻を持っているわけではない。人間の姿になった最初の頃はそれで苦しんだものだが、今はしっかりコントロールできる。
「人間はそこまで臭いに詳しくないだろう」
「それは人間であって、リューちゃんは」
心配しているのだろうが、余計なお世話だ。
「大丈夫だというのが理解できないのか。全く。――このサーモンフライサンドを」
話を無理やり断ち切り、メニューに写真が付いていたので指差して注文すると、
「えっ⁉ それはリューちゃんに勧められないな……」
困ったような顔になり、耳元に顔を近づけて、
「生の玉ねぎがスライスして入っているんだよ。犬玉ねぎダメでしょ」
ユゼルの気遣う言葉にイラっとする。確かに犬は玉ねぎは食べれない。食べてはいけないと言われるが、今は、人間の姿をしている。
「別の物にした方が……いや、サーモンフライを食べたいのなら玉ねぎを抜いてもらう方が……」
「結構だ」
自分は主君が【完璧な人間】を目指すための使い魔だ。
いつまでも……。
なぁ~
記憶の中でいまだ案じるように鳴いている子猫の姿が浮かぶ。
いつまでも弱っている子犬扱いされるわけにはいかないのだ。
「【完璧な人間】が玉ねぎが駄目だと言うことはないからな。お前はいちいち煩いんだ」
抜かずにそのままにしてくれと告げると、
「…………そっか。は~いりょうか~い」
わざとらしく語尾を伸ばしているので語尾を伸ばすなと注意しようとしたらすでに逃げられた。
ったく。あれで【完璧な人間】になれると思っているのか。ふざけ過ぎている。
「…………」
心の中で悪態を吐きつつも、じっとユゼルの仕事ぶりを目で追う。
するすると狭い店内を移動するさまはその本質が猫ゆえか綺麗な動きで人を避けていく。食器を片付けている最中に客に声を掛けられて、水のおかわりでも頼まれたのか、食器をすぐに厨房に持っていくと次はピッチャーを持っている。
呼びかけた客に水のおかわりを入れると、ついでとばかりに水の量が少なくなった客に声を掛けて水を注いでいく。
その間も呼び止められて注文を聞いたかと思ったら次は注文の品を運んでいる。じっとしているというのを知らないのかと聞きたくなるほどだ。
「は~い。リューちゃん。サーモンフライサンドと紅茶ね」
「紅茶を頼んだ覚えはないが」
「それは俺のおごり。ゆっくりしていってね」
そんな風に気を利かせているのを見ると、本当に人間のように感じる。
自分よりも【完璧な人間】になれるのに、当の本人は全くそんなの知りませんという態度なのがイライラする。
口にしないが、あいつのことだこっちを気遣ってそんなの成るつもりはないと行動しているのだろう。ふざけている。
ただでさえ、自分はアイツのおまけで【使い魔】になれた立場だ。だが、いつまでもあいつのおまけ扱いなどはごめんだ。
死に掛けの子犬ではない。
自分は主君の大事な【使い魔】だ。
「ふん」
サーモンフライサンドを乱暴に口に入れる。
美味かった。ただし、玉ねぎは一口入れたら気分が悪くなったのでさすがに残したのだが。
負い目とかコンプレックスとかいろいろあります




