90話―ある大地の夜明け
息絶えたガルファランの死体が消滅し始めるなか、石化が解けたリリンたちは床に降り立ちアゼルの元へ集う。全員、アゼルの勝利を口々に喜ぶ。
「アゼルよ、とうとうやったのだな。長い戦いだったが……無事、終わってよかった」
「ああ。アタシもディアナも仇を討てたし、これでもうやり残したことはねえ。いや、よく頑張ったよアゼルは」
リリンとシャスティはそう言いながら、アゼルに微笑む。アンジェリカとカイルも、二人に同調し感謝と称賛の言葉をかける。
「ええ。最後の最後で共に戦えなかったのは悔しいですが……」
「ありがとな、アゼル。お前なら勝てると信じてたよ」
「いえ、兄さんのおかげですよ。ぼくに力を託してくれたから、暗域の力に打ち勝……わ! どうしたんですか? ディアナさん」
やり取りをいていると、ディアナがアゼルに抱き着いてきた。彼女は、アゼルの耳元でそっと呟く。ありがとう、と。たった一言だったが、その一言に深い感謝の心が宿っていた。
「……貴方のおかげで、私はようやく、三百年に渡ってたぎらせてきた憎悪から解き放たれました。私の願いを果たさせてくれて、本当に……ありがとうございます」
「ディアナさん……いいんです、あなたのために少しでも手伝いが出来たなら……!?」
その時。広間が激しく揺れ始め、壁や床、天井に亀裂が生まれる。あまりのも激しい揺れに、アゼルたちは立っていられなくなり倒れてしまう。
「なんだこの揺れは!? ……なあ、まさかとは思うんだがよ。ガルファランの野郎が死んだから、ここ崩れるとか……ねえよな?」
「阿呆! それ以外の理由でこんなに揺れるか! 手遅れにならんうちに、ここを脱出……」
「ヤバい、崩れるぞ! 逃げろ!」
シャスティとリリンがそんなやり取りをしている間に、天井の亀裂が広がり……恐れていた事態が起きてしまう。天井が崩落し、瓦礫が落ちてきたのだ。
揺れが僅かに弱くなった隙を突き、アゼルたちは立ち上がり逃げようとする。そこへ、一際大きな瓦礫がシャスティ目掛けて落下してきた。
「やべ、逃げきれ……」
「お姉ちゃん、危ない!」
アゼルは跳躍し、シャスティを体当たりで押し出す。直後、落下した複数の瓦礫が床に激突し、広間は砂煙に包まれた。幸いにも天井は完全に崩落し、もう瓦礫が落ちる危険はなかったが……。
「アゼル、大丈夫か! 今助けるからな!」
「うう……」
アゼルの両足は、落下した瓦礫に挟まれ完全に潰されてしまっていた。揺れはほぼなくなったものの、今度は壁の亀裂が広がり始めている。
「他の奴らは……瓦礫の向こうか! おい、そっちは大丈夫なのか!?」
「その声……シャスティか? ああ、私たちはなんとか無事だ。アゼルはどうなった!?」
「瓦礫に足を潰されちまってやがる。助け出したいが……アタシ一人で、このでけえ瓦礫を持ち上げられるかどうか……」
「なんだと!? 分かった、この瓦礫をどうにかしてすぐそっちに行く。それまで頑張るのだ!」
早くアゼルを助けて脱出せねば、広間と共に地底に埋もれることになるだろう。だが、リリンたち四人は落ちてきた瓦礫によって分断されてしまい、アゼルを助けることが出来ない。
シャスティ一人の腕力では、数メートルはある瓦礫を持ち上げるのは困難と言えた。だが、リリンたちが瓦礫を越えてここまで来るのを待っていれば、アゼルが死ぬ。
「やるしか、ねえか。ハハッ、こんな時だってのに……あの日の光景が、よみがえってくらぁ」
そう呟き、乾いた笑いを漏らすシャスティの脳裏に浮かぶのは、十七年前の帝都大火災。炎の中に消えた最愛の母と、アゼルの姿が……重なった。
「待ってろ、アゼル。すぐに助けてやるからな。必ず、お前を……死なせは、しねえ! フンッ!!」
シャスティは瓦礫に手をかけ、持ち上げてアゼルが這い出ることが出来るだけの隙間を作ろうとする。しかし、運悪く再び揺れが始まってしまう。
不安定に揺れる足場にも屈せず、シャスティは瓦礫を持ち上げようとする。が、やはり一人の力ではピクリとも動かすことが出来ない。
「クソ……があああ!! 上がれ、上がれよ! クソ瓦礫が、上がりやがれ! もう、繰り返したくねえ。あの日のような思いをするのは、もうたくさんなんだよ!」
「シャスティ、お姉ちゃん……このままじゃ、みんな死んじゃいます。ぼくのことは、もう……」
「うるせえ! それ以上言ってみろ、いくらアゼルだからってひっぱたくぞ! もう嫌なんだよ、大好きな人を助けられないのは。そんなのは……絶対に! 嫌だ!」
自分を見捨て逃げろと言うアゼルを叱りつつ、シャスティは全身に力を込める。僅かに瓦礫が持ち上がるものの、アゼルが這い出るのにはまだ隙間が足りない。
「あとちょっと……あとちょっとなんだ! 頑張れアタシ! こんなところで、アゼルを死なせるわけにゃいかねえんだよ!」
「お姉、ちゃん……」
必死に自分を助けようとするシャスティを見上げ、アゼルは呟く。リリンたちは瓦礫の破壊に難儀しているらしく、まだ来れそうにもないようだ。
そうしている間に、今度は壁が崩れ始める。幸い、アゼルたちは広間の中央付近にいるため今のところ問題ないが、生き埋めになるのは時間の問題だろう。
「リリンたちは……まだ無理そうか。なら……アタシが、踏ん張るしかねえ。おフクロ……頼む。もしあの世で見てるなら、力を貸してくれ。今度は、助けたいんだ。助けたいんだよ!!」
「シャスティお姉ちゃん……」
そう叫び、シャスティは両腕に力を込める。その時、アゼルの左目が熱を持ち始めた。違和感を感じ、アゼルは一度左目を閉じる。
少ししてまぶたを開くと、アゼルは信じられないものを見た。遥か天上から、半透明な女性が降りてきたのだ。慈愛に満ちた、それでいて勝ち気そうな顔は……シャスティと、そっくりだった。
(これは、幻……? 死ぬ前に見る、幻影なのかな……)
ぼんやりとそんなことを考えていると、女性はシャスティに近付き、身体の中に吸い込まれていく。すると、シャスティに変化が訪れた。
「なんだ? 力が湧いてきやがる。これなら……いける。こんな瓦礫、すぐに……持ち上げてやれる! うおりゃああああ!!」
雄叫びをあげながら、シャスティはありったけの力を込め瓦礫を持つ手を上に上げる。すると、驚くほど簡単に瓦礫が上がり、アゼルが這い出るスペースが生まれた。
「今だ! アゼル、そっから出るんだ!」
「は、はい!」
血を失い、意識が朦朧とし始めていたアゼルはシャスティの言葉で正気を取り戻し、瓦礫の下から這って外に出る。シャスティは瓦礫から手を離し、アゼルを抱えあげた。
「よかった……本当に、よかった。お前を、助けられて……。あの日のリベンジが……出来たんだな」
「ありがとう、シャスティお姉ちゃん」
その時、アゼルたちとリリンたちを分断していた瓦礫が破壊され、カイルが姿を見せる。アゼルが無事助け出されたのを見ると、ホッと安堵の息を漏らす。
「よかった、無事だったか。ここはもう崩れる、さっさと地上に戻るぞ!」
「戻るって、どうやってだよ?」
「オレの魔法銃を使うのさ。一丁ありゃ、全員地上に転送出来る。さ、行くぞ! バレットスキン、テレポート!」
カイルは転送の力が込められた弾丸を六連射し、アゼルたちの身体に撃ち込む。すると、アゼルたちの身体が透明になっていき、転送が始まった。
アゼルたちが消えた後、広間が崩壊し深い闇の底へと落ちていく。己の築いた城と共に、ガルファランの死体は闇の中へと消え去った。永遠に。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ふぃー、久しぶりに力使ったなー。ま、その甲斐もあったみたいだし、あーしもまんぞく、まんぞくねー」
その頃、遥か天上の世界の片隅にて一人の少女がティータイムを楽しんでいた。紫色のゴシックドレスを着た少女は、机の上に置かれた水晶を覗き込んでいる。
水晶には、地上へと帰還し歓声を受けるアゼルたちが映っていた。その光景を見つつ、少女は紅茶が注がれたカップに口を付けようとして……。
「ムーテューラ様ァァァァァ!! あんた何してんすかァァァァァ!! さらっと死者を鎮魂の園から出さないでくださいよォォォォォ!!」
「ぶふっ! げー、めんどくさいのが来ちゃったなぁ……」
おもいっきり吹き出した。少女……闇寧神ムーテューラの元に現れたのは、創世六神の遣いたる白き聖鳥、スチュパリオスだ。
「いーじゃん、別に。あの子ら頑張ってるんだしー。それにほらー、契約の代価も貰ってるしさー、ちょっとくらい手助けしたってバチは当たらないじゃん?」
「そのちょっとの範疇をおもいっきり越えてるでしょうが! 千年前のオリア脱獄事件をお忘れですか! またあんなことがあったら……ガボガボガガボ!!」
「うるさいなー。けちけちしてると、焼き鳥にしちゃうぞー。ほれ、紅茶でも飲んで落ち着けー」
ガミガミ説教をするスチュパリオスを鷲掴みにし、ムーテューラはクチバシの中にティーポットの先端をぶっ込んで黙らせる。一息ついた後、水晶を見ながら微笑みを浮かべた。
「いつでも見てるよ。あーしと契約した、勇気ある王の子孫くん。君の次の活躍、楽しみにしてるからね」
◇―――――――――――――――――――――◇
ガルファランの牙は滅び、ギール=セレンドラクはアゼルたちの手によって救われた。盛大な宴が開かれるなか、アゼルは空を見上げ呟く。
「お父さん、お母さん。ぼくは……世界を、救ったよ。兄さんや……大好きな仲間たちと一緒に」
こうして、一つの物語に幕が降りた。しかし、そう遠くない未来に、再び物語の幕が上がる。アゼルたちの物語は……まだ、終わらない。




