86話―二人の復讐者
先陣を切ってヴィアカンザ市内に突入したアゼルたちを待ち受けていたのは、教会に属する僧兵たちだった。だが、なにやら様子がおかしい。
僧兵たちはみな一様にひどく怯えており、一向に迎撃しに向かってくる気配がなかった。何故攻撃してこないのかアゼルが訝しむんでいた、その時。
「ううう……もう、どうせ助かる道はないんだ……だったら、一人でも多く……道ずれを増やしてやる! 法王猊下、万歳!」
「来ましたね。スケルトン、アサシンさんたちを守っ……!?」
家屋の中に潜んでいた僧兵が一人、ヤケを起こしてアサシンの部隊の方へ突撃してきた。彼らを守るべく、スケルトンを用いて体当たりを直撃させた瞬間、僧兵が爆発したのだ。
「な、なんだ!? いきなり爆発したぞ!?」
「慌てるな、お前たち! 隊列を乱さず守りを固めろ!」
アサシンたちが困惑するなか、今度は上空で爆発音が響く。何事かと空を見上げたアゼルたちが見たのは、投石機によって竜騎士たちへ投げられる僧兵たちであった。
断末魔の悲鳴を残し、ワイバーンに激突してもろともに爆裂する僧兵たちを見て、エルプトラ軍に混乱が広がる。
「なんだ? 何が起きている? なんで彼らはこんなことを!?」
「教えてやろう、エルプトラの愚物ども。奴らは、我らが同志ゼルガトーレ様の手により生きた爆弾へと作り替えられたのさ!」
混乱の最中、一気に敵を殲滅せんと突撃してきたガルファランの牙の構成員がそう叫ぶ。それを聞いたアゼルは、驚きと怒りをあらわにする。
「生きた爆弾……!? どうしてそんなことを! 彼らはあなたたちの仲間ではないのですか!」
「仲間? 勘違いするな。あいつらは所詮、我らの実態を覆い隠すための存在に過ぎない。むしろ、最後まで有効活用してもらえたことを感謝してほしいくらいだな。ハハハハ……ごぱあっ!!」
「なるほど。流石、穢らわしいけだものですね。私としては因果応報としか言えませんが……まあ、気分のいい話ではありせんね。あなた方も教会共々、根絶しましょうか」
アゼルがスケルトンをけしかけようとした直後、ディアナが鉄鎚を叩き付け牙の構成員を即死させた。教会を憎んではいても、非人道的な牙の行いは許せないようだ。
「ふむ、私もそう思う。……いい機会だ、記憶を取り戻した私の力を見せてやるとしようか。このまま仲間の被害が増え続けるというのも、癪だからな」
「リリンお姉ちゃん? 一体何を……」
そこへリリンも現れ、胸の前で両手を向かい合わせ魔力を練り上げる。すると、手のひらの間に螺旋を描く二本の鎖が現れ、グネグネとうねり出す。
「僧兵どもの自爆を止める方法は一つ。一人残らず封印し、戦いが終わるまで沈黙してもらう。ただそれだけだ。封印魔法……バルダラス・チェーン!」
「うわっ、鎖が!?」
「! この魔法、まさか……」
リリンが両手を頭上に突き上げると、無数の鎖が天高く伸びていき、ほどなくして地へ降り注ぐ。地上で、上空で……今まさに自爆しようとしている僧兵たちを貫き、そのまま封印してみせた。
時が止まったかのように僧兵たちは動きを止め、沈黙する。リリンが魔法を解かぬ限り、彼らは永遠にその場に留まり続けるのだ。
「おっ、やるじゃねえかリリンの奴! こんな魔法が使えるようになるたぁ、別行動してた甲斐があっ……うおっ!?」
「よそ見をしたな? 愚か者め、そのまま死ぬがよい!」
「シャスティ、危ない!」
少し離れた場所で聖女の小隊と共に牙の構成員の一団を壊滅させたシャスティは、アゼルたちの方へ向かおうとする。その時、物陰から枢機卿……否、ゼルガトーレもどきが不意打ちを放ってきた。
「チッ、舐めんな!」
「ほう、防いだか。なかなかにやる……ん? 貴様は……ああ、誰かに似ていると思ったが、そうか。あの時の小娘か」
間一髪で不意打ちをかわしたシャスティを見て、ゼルガトーレもどきは笑みを浮かべる。その言葉に、シャスティは眉をつり上げた。
「あ? てめぇ、アタシを知ってるのか?」
「ああ、よぉく知っているさ。懐かしいものだ。十七年前……アークティカの都をヴァシュゴルとの共同作戦で火の海にした時に、ガキだったお前を見た」
「十七年前……? まさか、てめぇ……」
「クッククク、そうさ。十七年前のリクトセイル大火災……あれは私とヴァシュゴルが起こしたものだ。いやぁ、壮観だったよ。炎に焼かれ、愚物どもが死んでいく姿は」
弓を持った竜騎士による上空からの狙撃や、聖女たちのの攻撃をいなしつつ、ゼルガトーレもどきは悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「特に見物だったのは、崩れた家屋に取り残された親を助けようとしていた小さな子どもだ。ムダな努力をして、結局助けられずに無様に逃げ去ったガキ。それがお前だと、今ようやく思い出したよ」
「てめぇが……てめぇらが、焼いたのか。アタシの、おフクロを……スラムのみんなを!」
「そうだ。いやあ、実にたのしか」
シャスティは素早く踏み込み、相手が最後まで言い切る前にハンマーを叩き付け、大通りの染みへ変えた。怒りを滾らせ、シャスティは強く拳を握り締める。
「……許さねえ。いや、元から許すつもりなんてなかったが……こいつだけは、絶対に殺してやる!」
「シャスティ、先走るのは危険だ! 戻れ! アゼルさんたちと合流してから……ダメだ、行ってしまった……」
行動を共にしていた聖女たちを振り切り、シャスティは一人創命大神殿に向かう。神殿内部、聖刻の間に座する本物のゼルガトーレは、ニヤリと笑った。
連絡用の魔法石を持っており、ヴィアカンザ市内に放った枢機卿たちと連絡を取り合っているのだ。当初の目論見通り、アゼルとその仲間たちのみを神殿に誘い込むために。
「これでいい。まずは一人誘き寄せた。我が分身たちよ、残りの末裔の仲間たちも一人ずつ分断して神殿内に引き入れろ。単独ならば、数の差で潰せるからな」
『すでに、末裔と封印魔法の使い手を別ルートで神殿内に侵入させた。残りの三人もすぐに……ん? お前は!? ぐっ、がはっ』
「ん? どうした? 応答しろ、我が分身よ」
「ムダですよ。あなたの分身は、もう応答出来ない。私がここに到達するための、媒介にしましたから」
枢機卿の一人と連絡が途絶えた、次の瞬間。ゼルガトーレの背後から、地獄の底から響いてくるようなおぞましい声が聞こえてくる。
咄嗟に飛び出した直後、鉄鎚が振り下ろされ座っていた玉座を粉々に粉砕した。ゼルガトーレが振り返ると、そこには鉄鎚の持ち主……ディアナがいた。
「貴様、どうやってここに? つい先ほどまで、末裔と行動を共にしていたはず」
「ふふ。瞬間移動したのですよ、市内で捕らえた貴方の分身を使ってね。私が編み出した外法で肉体を奪い、転移の媒介として……殺しに来ました。貴方を」
「外法だと?」
「ええ。闇霊たちが用いる、肉体と魂を分離させる技の応用ですよ。肉体と魂を逆に強く結合させ……様々な事象を引き起こす。他の物体をすり抜けたり、特定個人から手入れた身体の一部を媒介に相手の元へ移動したり、ね」
そう言いながら、ディアナは玉座の残骸を足元で蹴り飛ばしつつゼルガトーレの元へ歩いていく。ゼルガトーレは巨大な鎌を呼び出し、構えながら言葉を発する。
「なるほど。分身を利用し、我が元に来た、と。ムダなことをするものだ。むしろ、我らの策略に自ら嵌まってくれるとはな」
「ふふ。私この三百年、ずっと教会を監視していたのですよ? 貴方が……いや、お前が何をしようとしているのか、全部見通しているんだよ、こっちはな。今この瞬間も、お前の企みは全部知っているんだよ!」
殺意を剥き出しにしながら、ディアナは懐から一本の髪の毛を取り出す。訝しむゼルガトーレに対し、さらに言葉を続ける。
「なんだ、その髪の毛は」
「これはシャスティの髪だ。昨夜、こっそり仲間全員から一本ずつ髪を拝借しておいた。何があっても、神殿に入り込み……貴様を、万全態勢で殺せるように」
不気味な笑みを浮かべながら、ディアナは髪の毛に魔力を流し込む。すると、聖刻の間を包む空気が一気に冷え込んだ。氷水を流し込まれたかのような悪寒が、法王を襲う。
「貴様、何をした!?」
「復讐の舞台に上がるのは、二人。私とシャスティ。お前に、愛しい者を奪われた二人だ。この二人で……晴らす。恨みの、全てをな」
ゼルガトーレの言葉を無視し、ディアナは淡々とそう口にする。彼女は知っているのだ。つい先ほどの、ゼルガトーレもどきとシャスティのやり取りを。
次の瞬間、聖刻の間の天井付近に大きな穴が現れる。その中から、シャスティが落ちてきた。ディアナの外法により、呼ばれたのだ。
「おああっ!? な、なんなんだ一体!? 廊下を走ってたらいきなり穴が……って、ディアナ? なんでここにいんだ?」
「話は後です、シャスティ。まずは、そこにいる者を殺す。それが、奪われた者たちの務め」
「はあ? 何言って……ああ、そういうことか」
ディアナが指差す先を見たシャスティは、納得して頷く。大鎌を構えるゼルガトーレを睨みながら、シャスティはハンマーを振り立ち上がる。
「てめえの分身野郎の言葉が本当になのか、確かめてやろうと思ってたんだ。ちょうどいいや。ここで全部、洗いざらい吐いてから死んでもらうぜ」
「愚かな。二人がかりなら勝てるとでも想っているのか? いいだろう、ならば相手をしてやる。三百年前の亡霊と、十七年前の亡霊。貴様らも、地獄に送ってくれるわ!」
「地獄に落ちるのはお前だ! バリバルの悲劇で散っていった者たち……そして、私の家族の恨み、思い知れ! ゼルガトーレ!」
ディアナとシャスティ。運命を狂わされ、愛する者を奪われた者たちの、復讐が始まる。




