最終話―炎を受け継ぐ者
ラ・グーとの戦いが終結し、大地に平和が訪れた。後日改めて継承の儀を行うこととなり、アゼルたちはギャリオンと共に太陽の王国へ帰還していた。
身体を休めつつ、アゼルたちは残る三人の王やこれまで絆を育んできた者たち宛てに招待状をしたためる。ソル・デル・イスカで行われる儀式に招くためだ。
「……いよいよ、来ましたね。今日が、継承の儀式をする日……」
「そうだな、アゼル。ほら、ここからでもよく見えるぞ。アゼルが炎を継承する姿を見たくて、皆が集まっているのがな」
「ええ、緊張して震えちゃいますよ……」
そして、一ヶ月後。王城にて最後の炎片を継承するための儀式が行われる日がやって来た。城の外には、英雄の姿を一目見ようと民衆が集まっている。
一方、大広間にはジェリドたち聖戦の四王とその従者たちをはじめ、各国の王侯貴族や招待客が集う。和やかに談笑しながら、儀式が始まるのを待っていた。
大広間に設置された舞台のカーテンの裏から外を見ていたアゼルとリリンは、ひそひそと話をしている。
「大丈夫、落ち着いて堂々としていればいい。……む、ギャリオン王が舞台に上がったな。アゼル、そろそろ出番だ」
「は、はい!」
少しして、エイルリークを伴ったギャリオンが舞台に上がる。ざわめきが起こると、ギャリオンは手を伸ばして静かにさせた。
「我が古き友たち、そしてこの大地に生きる人々よ。今日は集まってくれてありがとう。かつてのこの国の王として、礼を述べたい」
「わたくしも、現女王として皆様にお礼を申し上げます」
ギャリオンとエイルリークは、集まっている人々に頭を下げる。その様子を、ジェリドたち三人の王は微笑みを浮かべ見守っていた。
「さて、本日皆様にお集まりいただいたのは……継承の儀を、見届けてほしいからです。さあ、アゼルくん。ここへ」
「出番だ、行っておいでアゼル」
「は、はい!」
名指しで呼ばれたアゼルは、舞台の上に飛び出していく。多くの人々に見守られるなか、ギャリオンの眼前にてひざまずいた。
「アゼルくん。君にはどれほど感謝してもし足りない。ラ・グーを滅ぼし、五つの炎片を集め……私たちに代わる、新たな王になろうとしてくれているのだから」
「はい。若輩者ではありますが、ギャリオン様たちの後継者として恥じない王になってみせます!」
「頼もしい言葉だ。君になら、安心して託せる。これまで私が守り続けてきた、『太陽の炎片』を」
そう言うと、ギャリオンは手のひらをかざしオレンジ色の炎を呼び出す。王冠へと形を変えた炎の欠片が、そっとアゼルの頭に載せられる。
すると、炎の王冠がアゼルの体内に吸い込まれていく。凍骨、縛姫、月光、暗滅、逆鱗、そして太陽。六つの炎片が、今――再び一つとなった。
「今、継承は成った。さあ、アゼルくん! 今こそ生命の炎をよみがえらせるのだ!」
「はい! ハァァァ……てやぁっ!」
六つの炎片を束ね、アゼルは右手を天に掲げる。手のひらに灯るは、はるか昔に命を司る女神より与えられた生命の炎。
赤々と燃える炎を見た人々は、歓声をあげる。ジェリドたちも、目尻に涙を浮かべて自分たちの悲願が叶ったことを喜ぶ。
「……ついに、やったのだな。こんなに心が晴れやかになったのは、炎の聖戦が終結したあの日以来だ。なあ、エルダにヴァールよ」
「ええ、そうねジェリド。本当に、本当に……」
「盛大に祝おうではないか、二人とも。我らの意志を継ぐ、次代の王の誕生を」
一方、舞台裏にいるリリンたちも感極まって涙を流していた。
「アゼル……あんなに、立派になって。う、ぐすっ」
「はは、泣いてんのかよリリン。まあ、今日くらいはいいよな。こんなにめでたいこと、そうはないしよ」
「う、ひぐっ、えぐっ! うう、アゼルさま……わたくし、最後までお供出来て……ヴェグッ、ゴブフッ!」
「あはは、アンジェリカったら鼻水まみれ! ……あたしも、人のこと言えないけど。ずびー!」
「……きっと、カイルやリジールも喜んでいるだろう。アゼルが、偉大なる旅をやり遂げたのを」
アゼルは舞台を降り、ギャリオンやエイルリークと共にテラスに出る。城の前に集まっていた民衆たちは、新たなる王を見て歓喜に湧く。
「アゼル様ー! こっち向いてー!」
「バンザーイ! バンザーイ! アゼル王、バンザーイ!」
「聞きたまえ、我が王国の民よ! 今日は無礼講だ! みな、好きなだけ食べ、飲み、歌い踊れ! 新たなる伝説の誕生を祝って! さあ、宴の始まりだ!」
「おおおおーーー!!」
ギャリオンの宣言に、人々は沸き立つ。国を挙げての盛大なお祭りが、始まった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ふう。やっぱり、ここは静かでいいですね。ゆっくり落ち着けそうです」
その日の夜。宴の熱気に疲れたアゼルは、こっそり大広間を抜け出して四階の北にあるテラスで休んでいた。
椅子に座って星空を眺めていると、足音が近付いてくる。振り返ると、そこにはリリンたちがいた。皆、手にグラスを持っている。
「ここにいたか、探したぞアゼル。少し、いいか?」
「ええ、構いませんよ。どうせなら、皆でゆっくりしましょう」
「なら、余が人払いの結界を張っておこう。せっかくの団らんを、邪魔されたくないからな」
地べたに座り、アゼルたちはしばし談笑を楽しむ。その途中、ふと空を見上げたシャスティが大声を出す。
「おっ、見ろよアゼル! すげぇ流星群だぜ!」
「わあ、本当ですね! とっても綺麗です」
雲一つない夜空を、無数の流れ星が照らし出す。アゼルの新たな門出を、祝うかのように。美しい光景に見とれていると、アゼルの後ろからリリンが抱き着く。
「なあ、アゼル。少し考えたんだがな。今日、アゼルは新たな王になったわけだろう?」
「ええ、そうですね」
「であれば、だ。王に相応しい妃が必要になる……というわけだ」
「そうで……え? ちょ、ちょっと? なんで皆にじり寄ってくるんですか? アンジェリカさんに至ってはよだれ垂らしてますよ?」
獲物を狙う肉食獣のように、リリンたちはアゼルを囲み距離を詰める。嫌な予感を覚えたアゼルだが、ガッチリとホールドされ逃げられない。
「墓参りした時に言ってたろ? アタシら全員、愛してるってよ」
「だからね、アゼルくん。明日結婚式するからね! もう準備は出来てるから!」
「えええ!? そ、そんなの一言も聞いてませんよぼく!?」
「それはそうだ。余を含め、誰もアゼルに伝えていないからな」
とんでもないサプライズに、アゼルは仰天してしまう。どうやら、裏で準備を進めていたようだ。
「喜ばしい出来事には、さらに喜ばしい出来事を重ねるのですわ! ちなみに、結婚式は合計三回ありますわよ!」
「えっ」
「あの馴れ馴れしい女王に、私の姉弟子たちの分もあるからな。明日は忙しくなるぞ、だ・ん・な・さ・ま」
次々と放たれる衝撃の発言に、アゼルは呆けてしまう。が、すぐに我に返り、覚悟を決めた……というより、どうにでもなれと開き直った。
「ふ……分かりました、分かりましたよ。それなら、全員纏めてお嫁さんにします! ぼくの命尽きるその日まで、皆幸せにしますからね!」
「流石アゼルだ。そう言ってくれると思っていた。これからも、共に生きよう。君が夜明けをもたらした、この大地で!」
「よし、そうと決まれば……皆、アゼルに抱き着けー! リリンばっかにいい思いさせるな!」
「承知ですわ!」
「はーい!」
「任せておけ!」
「わ、ちょ! い、いっぺんには無理ですってー!」
仲間たちに揉みくちゃにされるアゼルだったが、顔には満面の笑みが浮かんでいた。これからも、彼らは生きていく。
愛する者たちと共に勝ち取った、平和な世界で。いつまでも、ずっと。




