296話―最後の王の元へ
一時間後、アゼルたちはカイルの亡骸を丁寧に埋葬し墓を建てた。両親の墓の隣に、アゼルが造った小さな骨の墓標が並ぶ。
生前愛用していたコートを墓にかけ、アゼルはひざまずき手を合わせる。リリンたちもアゼルの後ろで、同じように黙祷を捧げていた。
「……天国で、お父さんたちと一緒に見守っていてください。必ず、この旅を終えてみせますから」
「ああ、そうだな。カイルの分まで、私たちが君を支える。最後まで、ずっと」
「ありがとうございます、リリンお姉ちゃん。それじゃあ……行きましょうか。ギャリオン様が待つ、聖礎コルンキスタへ」
兄との別れを済ませたアゼルは、立ち上がりカイルに託された木箱を見つめる。全ての封印は解かれ、後は中に眠るゴッドランド・キーを取り出すだけ。
「皆、心の準備はいいですか? 一度聖礎に行けば、しばらく戻れないかもしれませんよ?」
「問題ないさ。皆、とうの昔に覚悟など決めている。さあ、行こうかアゼル。最後の炎を継承し、旅を終わらせよう!」
「ええ! さあ、行きましょう!」
アゼルの言葉に、仲間たちは皆首を縦に振る。彼女らの意志を確認したアゼルは、木箱の蓋を外しゴッドランド・キーを取り出し天に掲げる。
「ゴッドランド・キーよ! ぼくたちを聖なる礎の地へと誘いたまえ!」
「!? おお、鍵から光の柱が出てきやがった!」
「この光が、余たちを礎の地へと連れていってくれるのだろう」
掲げられた鍵から白く輝く光の柱が立ち昇り、天を貫く。柱は少しずつ横に広がり、アゼルたちを呑み込んでいった。
全員が光の柱の中に呑まれた後、弾けるように消えてしまう。ゴッドランド・キーに導かれ、聖礎コルンキスタへ誘われたのだ。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ゾアからの連絡が途絶えた。奴らめ、しくじりおったな! 使えない連中め!」
その頃、ラ・グーはゾアからの連絡が来ないことに憤っていた。自分以外いなくなった玉座の間にて、苛立ちながらしっぽを振る。
「こうなれば、我が直々に出向くしかあるまい。魔戒王となった我の力なら、かの大地を守る結界など容易く砕ける。忌々しい末裔の小僧に、引導を渡してくれるわ!」
もう手駒に出来る部下はおらず、自分で動く他はない。ラ・グーは翼を広げ、玉座の間に隣接されたテラスから外へ飛び立つ。
「待っているがいい、アゼル! 我の手で葬り去ってやろう! 永遠の闇の彼方へとな!」
最後の巨悪が今、動き出す。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……着きましたね、聖礎コルンキスタに」
「ああ。……聖礎と言うには、随分ほのぼのした場所だが」
ゴッドランド・キーに導かれたアゼルたちは、大地の礎に足を踏み入れた。……が、彼らの想像とは違い、辺り一面の花畑が広がっていた。
「んーだよ、聖礎なんて物々しい名前してるからてっきり凄い神殿でもあるのかと思ってたのに。花畑って……」
「恐らく、ギャリオン王が持つ太陽の炎片の影響だろうな。昔エルダ様から聞いたが、聖礎というのは基本、無機質な石畳の床がどこまでも広がるだけの殺風景な空間だそうだ」
「なるほど。欠片とはいえ、生命の炎の力があればこれだけの命を芽吹かせることも可能なのかもしれませんわね」
イメージと違ったことに拍子抜けするシャスティに、リリンが説明を行う。それを聞いたアンジェリカは、感心したように頷く。
「凄いねー……あ、見て見て。鹿さんがこっち来るよ」
「本当ですね。凄い鮮やかなオレンジ色の毛並み……美しいです」
見渡す限り続く花畑を眺めていたメレェーナは、一頭の鹿が近付いてくるのに気付いた。王冠に似た大きな角とオレンジ色の毛が特徴的な、美しい鹿だ。
アゼルの前までやって来た鹿は、クンクンと匂いを嗅いだあと深く頭を下げる。そして、道案内をするかのように元来た道を引き返し始めた。
「ふむ。アゼルよ、もしかしたらこの鹿は王の遣いかもしれぬぞ」
「確かに、そうかもしれませんねアーシアさん。あまりにもタイミングが良すぎますし、それにあの毛色。間違いなく、ギャリオン様に関係があるかと」
「じゃあ、ついてってみよーよ! あの子もアゼルくんが来るの待ってるみたいだし」
「そうですね、メレェーナさん。皆さん、あの鹿について行ってみましょう」
しらみつぶしに花畑を探し回ってギャリオンの居場所を見つけるのは非効率的なため、とりあえずアゼルたちは鹿の導きに従うことにした。
蝶や小鳥が舞う花畑をしばらく進んでいくと、水が流れる音が聞こえてくる。どうやら、小川も存在しているらしい。
「む? アゼル、あれを。あんなところに水車小屋があるぞ」
「あ、本当ですね。鹿さんもあそこに向かっているみたいですし、もしかしたらあそこにギャリオン様がいるのかも」
一行が進む先に、大きな水車小屋が見えてきた。最後の王と対面する時も近い。緊張感に包まれながら、アゼルたちは水車小屋へ向かう。
「鹿さん、ありがとうございます。……それにしても、緊張しますね。ここに、ギャリオン様が……」
「王の暮らす場所にしては、随分と質素ですわね。まあ、周囲の景観とはマッチしていますが」
「とにかく、ここにいても始まりませんし入ってみましょう。こほん、ごめんくださーい」
アゼルはここまで案内してくれた鹿にお礼を言った後、小屋の入り口に近付く。身だしなみを整え、扉を軽く何回かノックしつつ声をかける。
すると、ゆっくりと扉が内側に開いていき……。
「やあ、はじめまして。ずっと、待っていたよ。次代の王が、会いに来てくれるのを」
「はい! はじめまして、ギャリオン様!」
現れたのは、オレンジ色の法衣を身に付けた青年だった。青年――ギャリオンは人のいい笑みを浮かべ、アゼルたちを招き入れる。
「おいで。何もないところだけど、ゆっくりしていくといい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……失礼します」
招きに応じ、アゼルたちは水車小屋の中に入る。中は広いワンルームになっており、生活に必要なものは一通り揃っていた。
アゼルたちは、ゆうに八人は座れそうなソファに座らされる。ギャリオンは戸棚から茶葉を取り出し、紅茶を淹れテーブルに持っていく。
「待たせたね、紅茶をどうぞ」
「そんな、言ってくだされば我々が代わりにお淹れしたのに」
「はは、客にそんなことはさせられないよ、リリン。久しぶりだね、エルダは元気かい?」
「はい、師も姉弟子も皆、アゼルのおかげで壮健です」
「そうか、それはよかった。もしよければ、これまでのこと、聞かせてくれるかい? 君たちがどんな旅をしてきたのか、興味があるんだ」
「ええ、喜んで」
それからしばらく、アゼルはこれまでの旅路の全てを語る。ジェリドとの邂逅から始まり、ガルファランの牙や闇霊、堕天神たちとの激しい戦い。
リリンたちやベルドールの七魔神といった、愛すべき仲間との出会いと別れ。それら全てを、あますところなく身振り手振りを交え伝えた。
「……そうか、色々な出来事があったんだね。その全てを乗り越えて、君たちはここまでたどり着いたわけだ」
「はい。長く、苦しい旅でしたけれど……多くの喜びもありました。今こうしてここに居られるのも、リリンお姉ちゃんたちのおかげです」
「よく頑張ったね、アゼル。君になら、『太陽の炎片』を……この大地を託せる。ジェリドやエルダ、ヴァールが認めた君だからこそ」
満足そうに頷きながら、ギャリオンは上向きにした手のひらを目の前に掲げる。オレンジ色の炎が灯り、温かな波動が小屋に満ちる。
「これが『太陽の炎片』だ。さあ、手を出し」
『そうはさせぬ。とうとう見つけたぞ、ギャリオン。かつての我が宿敵よ!』
「この声……まさか!」
炎片の継承が行われようとした、まさにその時。小屋の外から、禍々しい声が響く。アゼルたちが外に飛び出すと、そこには……。
大きな穴が空いた空の一角に、翼を広げたラ・グーが浮かんでいた。大きな一つ目でアゼルたちを見下ろし、歪んだ笑みを浮かべる。
「はじめまして、小さく弱き大地の民たちよ。我が名はラ・グー。この大地の、真の支配者たる単眼の蛇竜なり」
ついに、アゼルとラ・グーが邂逅を果たした。




