295話―ある兄弟の別れ
闇霊一味を滅ぼしてから、七日が経った。見事リジールの敵討ちを果たしたアゼルたちは、とある場所にいた。
アークティカ帝国の南東部、かつてアゼルたち一家が暮らしていた村があった辺境の地だ。集落があった面影はすでになく、共同墓地だけが残っている。
「……寂しいところだな、ここは。確か、流行り病で村が滅びたのだったか」
「ええ。それ以来、お墓の管理をする人たち以外は誰もここに来ません。皆、流行り病を怖がってしまっているようで……」
共同墓地を進みながら、アゼルとリリンはそんな会話をする。墓地の一番奥に、目的のモノがあった。
アゼルとカイルの両親、イゴールとメリッサが眠る墓だ。寄り添うように建てられたソレは、しっかり管理が行き届いている。
「……はは、ようやく墓参りが出来るな。オレの人生で、最初で最後の、だが」
カイルはそう呟くと、携えていた二つの花束を両親の墓前に備えた。アゼルと一緒に墓の前でしゃがみ、手を合わせて祈りを捧げる。
その後ろで、リリンたちも立ったまま同じように祈りを捧げた。少しして、兄弟それぞれが両親への報告を行う。
「……親父、お袋。バカ息子が帰ってきたぜ。いろいろ迷惑かけちまって、本当にすまねえ。二人が生きてる間に、謝れればよかったんだけどな」
「でも、兄さんは過ちを正し、償うことが出来たではないですか。お父さんたちも、きっと……笑って許してくれると思いますよ」
「そうだと、いいんだけどな。……さて、オレの寿命が来る前に終わらせようか。アゼル、例の木箱を」
「ええ、分かりました」
兄の言葉に頷き、アゼルは懐から木箱を取り出す。表面に刻まれた数字は、『1』。あと一回封印を解けば、最後の王が待つ地へ至れるのだ。
カイルの寿命は、今日尽きる。その前に封印を解いてしまおうと笑うカイルを見て、アゼルたちは一瞬つらそうな表情を浮かべた。
「……始めようか。最初は誰から挑戦する? じゃんけんで決めるか?」
「いや、ここはアゼルの仲間になった順……の逆で行こう。だがカイル、特別にお前に最後は譲ってやる。私なりの気遣いだ、感謝しろよ」
「ああ。ありがとな、リリン」
アゼルから木箱を受け取ったカイルは、どの順番でパズルを解くか仲間に尋ねる。リリンが答えた後、木箱を受け取りアーシアに手渡した。
「まずはお前だ、アーシア。一番手は任せたぞ」
「心得た。手先は器用な方だからな、すぐに解けるだろう」
木箱を受け取ったアーシアは、組み木細工のパズルを戸木始める。手を進めながら、アーシアはアゼルに己の思いを伝えた。
「アゼル。余は貴殿に感謝している。最初は、ラ・グーの野望を阻止出来ればいいと思っていたが……。貴殿と共に旅をし、多くの民に出会い……見聞が広がった」
「こちらこそ、アーシアさんには感謝でいっぱいですよ。アーシアさんがいなかったら、ヴァール様を正気に戻せなかったと思います」
「ふふ、そうか。余が役に立てたなら、身に余る光栄だ。そうだ、アゼル。全てが終わったら、余と共に暗域に来ないか? 我が将来の伴侶として、主君に紹介したい」
「ふあっ!?」
とんでもない爆弾発言に、アゼルだけでなくリリンたちも驚きをあらわにする。シャスティが詰め寄り、早口に捲し立てる。
「ちょっと待てや、お前そんな素振り今までなかっただろ! いつの間にアゼルに惚れやがったコラ!」
「……察しろ、シャスティ。余とて女だ、そういう感情を表に出すのは……は、恥ずかしいのだ」
「あのアーシアが赤面している、だと……?」
「いつも澄ました顔してる分、インパクトがありますね……まあ、えっと……暗域に行く件は、考えておきます」
どうやら、表にこそ出してはいなかったがアーシアはずっとアゼルを慕っていたようだ。顔を真っ赤にし、プイッとそっぽを向きつつ木箱をメレェーナに投げる。
「ほ、ほら! 終わったぞ、次はメレェーナだ! うう……全く、こんなことで顔を赤くするとは。生娘じゃあるまいし……」
「はいはい、次はあたしね! 任せといてね、すぐ終わらせちゃうから!」
恥ずかしさのあまり、アーシアは座り込んで顔を伏せてしまう。木箱を受け取ったメレェーナは、最初こそへらへらしていたがすぐに真剣な顔つきになる。
「……あたしもね、アゼルくんには感謝してるよ。こんなちゃらんぽらんなあたしを、仲間に迎え入れてくれたんだもん」
「まあ、最初は敵だったからな。思えば、よくこんな形に運命が転がったものだ」
「ええ。ぼくも不思議に思います。でも、メレェーナさんがいてくれたから、賑やかで楽しい旅になったことは間違いありませんね」
最初にメレェーナと出会った時、アゼルとは敵であった。もし彼女を仲間にしていなければ、また違った旅になっていただろう。
「だからあたし、決めたんだ。あたし、今度はアゼルくんだけの女神になる! いつまでも、ずーっと笑いに溢れた人生を送らせてあげるね!」
「……ふふ、メレェーナさんらしいですね。そんな賑やかな人生を送れるのを、楽しみにしてますよ」
「約束だよ! というわけで、ほい。次はアンジェリカ!」
パズルを解き終えたメレェーナは、にっこり笑いながらアンジェリカに木箱を渡す。……が。
「ここをこうして……あれ、じゃあこっちを……ああ、途中で引っ掛かってしまいましたわ!」
「ぶきっちょなやつ……しゃあねえな、アタシが手伝ってやるよ。その方が二人まとめて終われるだろ」
「申し訳ありませんわ、シャスティ先輩……」
前二人と違い、悪戦苦闘しているアンジェリカを見かねたシャスティがアシストに入った。二人で協力しながら、パズルを解き進める。
「何かもう、告白大会みたいになってきたな。ま、アタシだけなんも言わないってもヤだし……アゼル、やること全部終わったら結婚しようぜ」
「軽いなお前!?」
「そ、そうですわ! もっとこう、ムードというものを考えなさいませ! アゼルさまも吹いてしまっているじゃありませんの!」
あまりにもあっさりした愛の告白に、思わずアゼルは吹き出してしまった。リリンとアンジェリカにツッコまれても、シャスティは動じない。
「いーじゃねかよ別に。アーシアのアレをやられたんだぜ? なら別の方向からアプローチしねぇとよ」
「それはもう忘れてくれ……」
追い討ちを食らったアーシアは、湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染める。それが面白いのか、メレェーナが指で頬をつんつんしていた。
「それに、アンジェリカだって思いは同じだろ? 普段あんだけアゼル好き好きオーラを」
「ダメですわ! それ以上はわたくしが羞恥で爆裂しますわよ! アゼルさまへの告白は……その、日を改めて……しかるべき場所で……」
「いくじなしめ。まあいい、もう終わったようだし木箱は貰うぞ」
「……モテる男はつらいな、アゼル」
「ええっと……あ、あはは……」
顔を真っ赤にしてゴニョゴニョ呟くアンジェリカに呆れつつ、リリンは木箱をひったくる。そんな彼女らを他所に、兄弟はヒソヒソ話をしていた。
仕切り直しとばかりに咳払いをしつつ、リリンはパズル解除に着手する。しばらく無言で手を動かしていたが、やがて口を開く。
「……今でも、鮮明に思い出せる。アゼルとの出会いを。あの日から……私の運命は良い方向に変わったと、そう思っている。アゼルと出会えたから、私は悲願を果たせたんだ」
「ぼくも、あの時リリンお姉ちゃんに出会えて本当に良かったと思ってます。リリンお姉ちゃんが支えてくれたから、ぼくはグリニオたちのことを引きずらずに済んだのですから」
互いにそう口にし、アゼルとリリンは見つめ合う。柔らかな笑みを浮かべ、リリンは己の思いを少年に伝えた。
「アゼル、私は君が好きだ。誰よりも君を愛している。この思い……受け取ってくれるか?」
「ええ。もちろんですよ。ぼくも……リリンお姉ちゃんが。いえ、シャスティお姉ちゃんも、アンジェリカさんにメレェーナさん、アーシアさんも。皆、愛しています」
「ふふ……そうか。本当に、私は……いや、私たちは幸せ者だ。さあ、最後は……カイル、お前の番だ」
自分の分を終えたリリンは、木箱をカイルに渡す。静かに頷いた後、カイルはパズルを解いていく。最後の役目を果たすために。
「……アゼル。オレはもうすぐ死ぬ。でも、忘れないでくれ。オレの魂は、想いは……いつも、お前と共にあるってことを」
「はい……分かり、ました。兄、さん」
「オレの銃とタリスマンを、お前に託す。オレが残せる、たった二つの形見だから。……ん、そろそろ解き終わるな」
泣き出してしまわないよう、アゼルは必死に涙をこらえる。リリンたちも、これまでの明るい雰囲気が消え沈痛な面持ちで行く末を見守っていた。
やがて、木箱からカチッという音が鳴る。全ての封印が解かれ、数字が『0』になった。
「ああ……間に合ったな。これでもう、やり残したことはない。本当に……よかっ……た……」
「兄さん? 兄さん……そっか、もう……。おやすみなさい。そして、ありがとう……」
木箱をアゼルに渡した直後、カイルは静かに目を閉じ――弟の身体にもたれかかり、永遠の眠りに着いた。アゼルは兄を優しく抱き締め……一筋の涙と共に、別れの言葉を呟くのだった。




