294話―闇が潰える時
ゾダンを葬り、因縁に決着をつけたアゼルはその場を立ち去ろうとする。その時、息絶えたはずのゾダンの身体が僅かに動く。
「ぐ、ゲホ……。まさか、このオレが敗れるたぁな。こいつはとんだ誤算だったぜ」
「! まだ息が……。でも、その様子ではもうすぐに死にますね」
「ま、そうなるな。霊体じゃなきゃ、とっくに死んでるぜ。この状態だからよ」
万が一の事態に備え、再度トドメを刺そうとゾダンの元に向かったアゼルだが、相手の状態を見て考えを改める。
ゾダンは完全に虫の息な状態にあり、反撃はおろか自身の延命すら不可能な状況にある。霊体故のタフを以てしても、あと数分で死ぬだろう。
「全く、たいした奴だよお前は。全力全開のオレを倒しちまうんだからな。逆に清々しい気分だ」
「おや、悔しがらないんですね。てっきり、恨み言の一つや二つ吐き散らすと思っていましたが」
「クハッ、他の奴ならそうするかもな。でも、まあ……お前に負けたんだ、不思議と悔いはねぇ」
アゼルに問われたゾダンは、ニッと笑いながら答える。彼の目にはもう、殺戮の限りを尽くした戦闘狂の光は宿っていない。
穏やかな理性の光が、代わりに輝きを放っていた。口から血を吐いた後、ゾダンはアゼルに声をかける。
「誇れ。お前は最強の闇霊を、たった一人で打ち破ったんだ。とんでもない栄誉だぜ」
「最強、ですか。まだお前たちの総帥が残っているんでしょう? その人よりも自分が強いと?」
「……ジジイか。あいつは厳密に言えば闇霊じゃねえ。もっとタチが悪く、おぞましいナニカだ。別次元なんだよ、ジジイはな……グ、ガハッ!」
そこまで話したところで、ついにゾダンに限界が訪れた。少しずつ目の光が消えていき、呼吸も弱くなっていく。
「ああ……死ぬんだな、オレも。この数百年、好き勝手生きてきたが……それも、もう終わりか」
「蘇生なんてしませんよ? お前を生き返らせたら、またロクなことしないでしょうからね」
「ハッ、こっちからお断りだぜ。この世で大暴れすんのはもう飽きてきたとこだ、次は……あの世で、オレの悪名を……とどろ、かせ……」
最後まで言い切ることなく、八つ裂きの騎士は息絶えた。アゼルは手を伸ばし、そっとまぶたを閉じてあげた。
多くの悪事に手を染めた大罪人とはいえ、死闘を繰り広げた相手への――アゼルなりの、最後の思いやりだった。
「さようなら、ゾダン。さて、急いで兄さんたちを探しに……!?」
宿敵の最期を見届けたアゼルが修練場を離れようとした、その時。激しい揺れと共に、床に亀裂が走る。激闘によって生じた負荷が、限界を超えたのだ。
「いけない、早くここを離れないと! サモン・ボーンバー……うわああ!」
ボーンバードを呼び出し、脱出しようとするも一歩遅かった。修練場が崩壊し、ぽっかり空いた奈落の底へ落下してしまう。
さらに悪いことに、修練場周辺の岩場も連鎖的に崩落して降り注ぎ、上空への脱出を妨げてくる。これでもう、下に落ちる以外道はなくなった。
「こうなったら! サモン・スカルクッション!」
アゼルは落下の衝撃に備え、弾力性に富んだクッション型のスケルトンを呼び出す。武装解除した状態でしがみつき、力を込める。
そのおかげで、穴の底に激突しても無傷でやり過ごすことが出来た。落ちてきた岩は途中で詰まったようで、後から落ちてくる気配はない。
「はあ、よかった……。一時はどうなるかとおも」
「ゾダンめ、しくじったようだな。我らが最大の宿敵を仕留め損ねるとは」
無事窮地を切り抜け胸を撫で下ろしているところに、しわがれた声が響く。声のした方を見ると、離れた場所に総帥ゾアがいた。
影が差しているせいで首から下がよく見えないため、生首が宙に浮かんでいるように見える。アゼルは慌てて戦闘体勢を整える。
「お前は……まさか、霊体派の総帥!?」
「如何にも。儂こそが全ての闇霊を束ねる総帥なり。随分と派手な登場をするものだな、アゼル」
「くっ……修練場の真下が、こんなところに繋がってるなんて。でも、好都合ですね。このままお前を仕留めさせていただきます!」
「ほう、儂を殺すと? よいのかな? 今の儂を殺しても」
闘志を燃やすアゼルに対し、含みを持たせた言葉をかけつつゾアは前に踏み出す。それまで見えていなかった首か下を見たアゼルは、目を見開く。
ゾアの胸に、身体のほとんどを吸収されたカイルがぶら下がっていたのだ。辛うじて、上半身の一部と左腕、頭が見えているが、表情は虚ろだ。
「――!? に、兄さん! お前、兄さんに何をした!」
「決まっておろう。儂の秘術、魂喰らいを用いたのだよ。まだ完全に喰らってはおらん。兄を最期を、貴様に見せてやろうと思っていたからな」
「この――外道がぁ!」
怒りを爆発させ、アゼルは武器を呼び出すのも忘れてゾアに飛びかかる。だが……。
「ムダだ。死念招来、ジャバル。邪戦技、クロージングジェイル!」
「!? このっ、ここから出せ!」
ゾアは即座に鳥籠を召喚し、その中にアゼルを閉じ込めてしまう。鳥籠内では魔力が完全にシャットアウトされてしまうらしく、アゼルは何も出来ない。
「カイルが吸収されていくのを、鳥籠の中で見ているがよい。己の無力さを痛感しながらな! くくくく、くはは……ぐっ、がはぁっ!?」
勝ち誇って高笑いをしていたゾアの様子が、突如おかしくなる。何が起きているのか分からず、アゼルが戸惑っていたその時。
吸収されかけていたカイルのまぶたが開き、少しずつ身体が再生し始めたのだ。予想外の事態に、アゼルだけでなくゾアも固まってしまう。
「言っただろ? 老師。オレを取り込まない方がいいってよ」
「兄さん!」
「カイル、貴様……! 一体何をした!」
腰まで再生が終わると、今度はゾアの下半身がカイルのものへと変化していく。焦りながら問いかけるかつての師に、カイルはネタばらしを行う。
「あんたの魂喰らいを唯一打ち消し、蓄えた残機を消滅させられる特殊な薬。魂滅丸をこの数日、一日五回服用してたのさ」
「バカな、あの薬の材料などそうそう揃えられるわけが……仮に材料を揃えられたとて、製法を貴様が知るはず」
「材料? 材料ならこの霊山にいくらでもあるだろ。離反を決めた日に、こっそり必要な量を盗んでおいたのさ。作り方と使い方は、離反するちょっと前に泥酔したあんたから聞き出させてもらったよ」
「おのれ……こんな、こんなバカなことが……」
カイルは霊体派を離反した日からずっと、心に決めていたのだ。いつの日にか、自分がゾアを仕留め、家族を裏切ったツケを支払うと。
そのための準備を、人知れず行ってきたのだ。たった一人で、何ヵ月も。
「感じるだろ? あんたの中にある命が、どんどん消えていくのを。最後の命が尽きる時……それが、お前の最期だ、ゾア!」
「凄い……兄さん、こんな逆転の方法を考えてただなんて!」
吸収される側とする側が逆転し、今度はカイルがゾアを取り込んでいく。切り落とされた右腕も、完全に元に戻っている。
「愚かな。魂滅丸には副作用がある。服用した貴様も、ただでは済まぬわ。貴様の魂が肉体に留まる力が、完全に消えるぞ……」
「な、なんですって!? それじゃあ、兄さんは……」
「……ああ。七日もすれば、オレも老師の後を追う形で死ぬことになる。そうなれば、リジールと同じく――オレも生き返れない」
が、喜んでばかりもいられなかった。ゾアの口から語られた恐ろしい副作用とカイル言葉を聞き、アゼルは絶句する。
「済まない、アゼル。老師を滅ぼすには、これしか方法がないんだ。一億の残機を残らず消滅させ、確実に仕留めるには……な」
「そんな……。じゃあ、最初から兄さんは、自分も道連れになるつもりで」
「……ごめんな。こんなどうしようもない、バカな兄貴で。結局……お前を悲しませちまうことしか出来ないんだ」
悲しそうに目を伏せながら、カイルは謝罪の言葉を口にする。そんな兄に、アゼルは……。
「本当に……大バカですよ、兄さんは。でも……これ以外に、道がないと言うなら。ぼくは……それを、受け止めます。兄さんの覚悟を、ムダには出来ませんから」
「アゼル……」
大粒の涙をポロポロこぼし、肩を震わせながらアゼルはそう答えた。涙を拭った後、アゼルは大声で叫ぶ。
「さあ、兄さん! その男にトドメを! 血塗られた闇霊の歴史にら今こそ終止符を打ってください!」
「やめろ、やめるのだカイル! 今ならまだ何とかなる、儂を見逃せば副作用を免れる薬を」
「見苦しいぜ、老師ゾア。あんたはもうここで終わりだ、死ぬんだよ! でも安心しな、一人では逝かせねえ。少し遅れるが……オレも、一緒に逝ってやるから」
「い、嫌だ! 嫌だ! 儂は、まだ……こんな、ところで死にたく……な……」
最後の最後まで見苦しく命乞いをしていたゾアは、完全にカイルの体内に吸収され……消滅した。これまで蓄えてきた、一億の命と共に。
直後、アゼルを捕らえていた鳥籠が消滅する。アゼルは兄の元に駆け寄り、力いっぱい抱き締めた。そして、カイルに静かに告げる。
「……帰りましょう。ぼくたちが暮らしていた、村のあった場所に。最後の、墓参りをしに」
「そう、だな。謝りもしないであの世に行ったら、親父に殺されちまうし、な」
「ええ、そうですよ。お父さん、カンカンに怒りますよ、絶対」
アゼルたちの戦いは終わり――数百年続いた闇霊の歴史に、終止符が打たれた。もう二度と、狂った悪霊たちによる悲劇は起こらない。
未来永劫、絶対に。




