289話―乙女たちの戦い・前編
ラバド霊山内部、巨像の間。広い空間は、死屍累々の地獄と化していた。生身の者も霊体の者も関係なく、床をのたうち回っている。
「ぐうあああ! か、身体が……身体がああああ!」
「ぐ、げほ……げぇっ。うぐぁ……」
「ふむ。レイスフォーム中なら霊体にも効くのか。これはいい発見だな、ふふふ」
「な……なんだ、これは。貴様、何をした!」
結界を貼り、自身の身を守りながらベルデンスは叫ぶ。狼狽えている間にも、彼の部下や闇霊たちが死んでいく。
広場の中央に陣取るアーシアは、槍から不気味な黒い煙を放出しながら笑っている。すぐ側に倒れている敵にトドメを刺しつつ、何をしたのか答えた。
「我が奥義たる冥門を開いただけのこと。その中でも、特に凶悪な門……伍の獄、『死魂睡霧淡』を使わせてもらった」
「何だ、そのムダに仰々しい名前の技は!」
「簡単に言えば、強力な毒ガスだ。余以外の全ての生命体の体内に入り込み、内側から肉と骨と臓物を破壊するのさ」
そう口にしながら、アーシアはゆっくり歩き出す。もちろん、瀕死状態のネクロマンサーたちにトドメを刺すのも忘れない。
「毒ガス、だと……」
「これはとても破壊力があるのだが、攻撃対象を余の意思で選別出来ないという問題があってね。アゼルたちと一緒にいる時は封印していたが……今は、その必要はない」
「ヒッ! く、来るな! リビングデッドたちよ、あいつを殺せぇぇぇ!」
生者では毒ガスで封殺されると踏んだベルデンスは、大量のリビングデッドを呼び出しアーシアを襲わせる。
確かに、すでに死んでいるリビングデッドに毒ガスは効果を発揮することはない。が、アーシアにはまだ手札があるのだ。
「くだらん、そんな苦し紛れの策など余には通じぬ。冥門解放、肆の獄……『天頂之奈落』!」
「!? う、うわっ!」
ガスの放出を止め、アーシアは槍を頭上に掲げる。すると、天井付近に黒い穴がいくつも開き、同時に重力が反転した。
ベルデンスは結界の中にいるため無事だったが、リビングデッドの群れはなすすべなく天井に空いた穴に落ちていく。
「貴様、何を!?」
「見て分からないか? 天と地を反転させたのさ。自慢のリビングデッドは皆、呑み込んだモノ全てを消滅させる暗黒空間行きだ」
「ぐぬぬ……おのれ、よくもこんな仕打ちを!」
「よくも、だと? フン、聞いて呆れる。その台詞を言いたいのはこちらの方だというのに」
天と地の狭間に浮かぶアーシアは、ベルデンスの言い分に苛立ったようで表情を険しくする。槍に魔力を込め、スーッと結界に接近した。
「リジールが死んだと聞かされた時の余の悲しみが、貴様に分かるか? 余にとって、あやつは妹のようなものだった。それを、貴様らが!」
「ま、待て待ってくれ! 俺は関係ない、ゾアに乗せられて同盟を組んだだけなんだ! そのリジールとかいう女の死とは何の関係も」
「黙れ。手を組んだ時点で同罪だ。貴様も、ゾアという男もな!」
拳を結界に叩き込み、一撃で粉砕したアーシアはベルデンスを引きずり出す。暗黒空間に落ちていく仲間やリビングデッドの方に顔を向けさせ、耳元でささやく。
「貴様も暗黒空間に送ってやろうか? あの中に落ちると、それはそれは苦しい死が待っているぞ。生きたまま少しずつ身体を圧縮されていくのだ。ゆっくりとな……」
「い、嫌だ! そんな死に方だけはい」
「そうか。なら、お前にも味わってもらおうか。余の悲しみを。心臓を抉り出されるような、深く、強い……悲哀をな」
「ぐ、あ」
アーシアは槍を消し、空いた手をベルデンスの胸板に突き刺す。心臓を鷲掴みにし、そのまま勢いよく手を引き抜いた。
ドクン、ドクンと脈打つ己の心臓を見せ付けられたベルデンスは、ぼけっとした表情を浮かべて呟きを漏らす。
「あ、俺の心臓……」
「ほう、心臓を抉られて死なぬとは。貴様、自身をリビングデッドに改造しているのか。なら、コレはもういらないな?」
感心したように言った後、アーシアは無造作に心臓を放り投げる。暗黒空間に繋がる穴へ、心臓が落ちていった。
「お前、何てことを! 心臓がないと、俺は……存在を、維持、できな」
「そうか、なら死ね。冥門解放、陸の獄。『嵐旋刃』!」
「ぎ、あああああああ!!」
ベルデンスから手を離した後、再度槍を呼び出したアーシアは穂先に渦巻く闇の魔力を纏わせて投げ付ける。槍が身体を貫き、細切れにしてしまう。
バラバラにされたベルデンスは、文字通りゴミとなって暗黒空間に落ちていく。断末魔の叫びも口にすることなく、あっさりと。
「雑魚は全て片付けたかな? ま、奥に生き残りがいたとしても全て始末すれば問題ないか。急いでアゼルたちを探さねばな」
ベルデンスを始末したアーシアは、反転していた重力を戻し、天井に開いた穴を消す。床に降り立ち、洞穴へ進む。
「早く合流出来ればいいのだが……他の幹部たちがベルデンスのような雑魚とは限らぬからな。助太刀せねばなるまい」
そう呟き、洞穴の中へ消えていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「はあ、はあ……ここまで逃げれば、あのスコップ野郎も振り切れただろ。ったく、心臓に悪い奴だぜ」
「ええ、ここなら広いですしわたくしたちも存分に戦えますわ。今のうちに準備をしておきませんと」
アーシアの戦いが終わった頃、シャスティたちは無事アルダモスから逃げ切っていた。トロッコに乗って狭い坑道を脱出し、広い採掘場に逃げ延びた。
追い付かれる前に戦闘体勢を整えよう……と思っていた二人を、強い振動が襲う。採掘場全体が揺れ、岩の欠片が落ちてくる。
「な、なんですのこの揺れは!?」
「気ィ引き締めろ、アンジェリカ。あの野郎がいつ来てもい」
「見ィつけたァァァァァ!! さあ、二人とも穴だらけにしてやるよォォォォォ!!」
「で、出たぁぁぁぁぁ!!」
どこから敵が現れてもいいよう、二人が採掘場の中央に移動して背中合わせになった直後。天井をブチ抜き、ドリルのように回転しながらアルダモスがエントリーしてきた。
「てめぇ、どっから出てきやがんだ!? 心臓止まるかとおも……あぶね!」
「逃げるなよォォォォォ! ほぉら、こいつを食らえェェェェェ!!」
ちょうど二人の間にアルダモスが割り込む形で降ってきたせいで、シャスティたちは分断されてしまう。最初にロックオンされたのは、シャスティだ。
狂ったような笑みを浮かべ、涎を飛ばしつつアルダモスは両手に持ったスコップを振り回す。土を掬う部分のフチが、鋭利な刃物になっている。
直撃を食らえば、まずただでは済まないだろう。
「こンの野郎、危ねえじゃねえか! 決めた、てめぇはぶっ飛ばす! 戦技、ホームランインパクト!」
「ハッハハァ! そんなの、当たらなブベェ!?」
「後ろががら空きですわ! 戦技、フルメタルアーム・クローズライン!」
シャスティにアルダモスの注意が向いている間に身体強化の魔法をかけ終えたアンジェリカが、隙だらけの後頭部へ豪腕を叩き込む。
不意打ちを食らって動きが止まり、そのままシャスティの攻撃が直撃する。アルダモスは後方へ吹っ飛ぶも、即座にスコップで穴を掘り壁の中に消えた。
「また潜りやがったぞあいつ。まるでモグラみてえな奴だな」
「ですが、今の攻撃でかなりの傷を負ったはず。次に姿を見せた時にトドメを……!?」
「やってみなァァァァァ! オレの分身をォォォォォ、全滅させられるんならなァァァァァ!」
直後、アンジェリカたちを囲むように大量の穴が地面に空く。そこから、岩石で出来たアルダモスの分身が無数に現れた。
「へっ、おもしれぇ。この程度の数、すぐに全滅させてやるよ! やれるよな、アンジェリカ!」
「勿論ですわ!」
再び背中を預け合い、二人は不敵な笑みを浮かべた。




