284話―アゼルとメルシル
リリンがエルダたちを迎えに行っている間、アゼルはメリムルたちに木箱の封印を解いてもらうことにした。木箱を手渡し、頭を下げる。
「皆さん、よろしくお願いします」
「うむ、任せておけい。じゃが、もう一人役者を揃えんとのう。ほれっ」
「ではこの絵は金貨……む? おおっ、久しいではないかボーイ! 元気そうで安心パッショーーン!」
「……やっぱり、呼ばないとダメでしたか」
商談の真っ最中だったポルベレフは、メルシルの魔法によって屋敷に転送された。久しぶりのアゼルとの再会に、相変わらず高いテンションで喜ぶ。
一方のアゼルは、ちょっとだけ嫌そうな顔をしていた。当のポルベレフ本人は、全く気付いていなかったが。
「ポル公、実はかくかくしかじかでな」
「んン~、トレビア~ン! そういうことであれば、ワタシも力をお貸ししまショウ! さあ、箱をギブミー!」
「あ、ちょっと! 乱暴に扱わないでくださいよ!?
壊したらまたチリにしますからね!」
「……オウ、善処しま~す」
アゼルに釘を刺され、ポルベレフはパズルを解いていく。その様子を観察しながら、メリムルたちはふんふん頷いていた。
「なるほど、こうやって組み木細工を解いてゆけばいいのじゃな。案外簡単そうじゃのう」
「霊獣の里の時は遠目にチラッと見ただけだったが……これなら、私でも役に立てそうだ。少しでも借りを返せそうでよかったよ」
しばらくして、ポルベレフの役目が終わる。今度はベクターとロデアが順番にパズルを解き始めた。二人とも、意外にもこうした作業は苦手なようだ。
「むぅ、これはなかなか……。ここをこうして、あっちを……」
「ベクター、それではダメだ。こっちに押し込んで……あ、引っ掛かってしまった」
「てんでダメだな、あの二人」
あまりの悪戦苦闘っぷりに、カイルは思わず呆れてしまう。長くかかりそうだと判断したメルシルは、アゼルに声をかける。
気晴らしに、外に出て風に当たらないかと。アゼルは了承し、二人連れ立って外に出た。
「風が気持ちいいですね、グランドマスター」
「おっと、アゼルくん。ここではその肩書きはなしだ。普通に名前で呼んでおくれ」
「分かりました、メルシルさん。……そういえば、メルシルさんは里長のお兄さんなんですよね? どうして里を出て冒険者に?」
「ああ。私は妹と違って、ネクロマンサーとしての才能に恵まれなくてね。そんな男が里長になっても、求心力がないだろう? だから、家督はメリムルに譲ったんだ」
地面に腰を降ろしつつ、アゼルは前から気になっていたことを尋ねる。嫌な顔一つせずに答えるメルシルに、アゼルは申し訳なさそうに謝った。
「ごめんなさい、そんな事情があったなんて……」
「気にしなくていいさ、昔のことだからね。幸い、私には冒険者としての才はあったから、すぐにランクを上げていけたよ。そんなある日、出会ったんだ。君の父、イゴールとね」
「あの、その話詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。当時、まだ冒険者としても、ネクロマンサーとしても駆け出しだったイゴールの教育係に私が選ばれてね」
アゼルに請われ、メルシルはイゴールとの出会いについて語る。遠い昔を懐かしむように目を細めながら、話を続ける。
「お互いフリグラの里生まれということもあって、すぐに意気投合してねぇ。師匠師匠と、いつも私に引っ付いていたよ。活発で、誰にでもよく懐く子だった」
「そうだったんですね……。ぼくの知ってるお父さんとは全然違うなぁ。いつも肘掛け椅子に座って、のんびり本を読んでましたもの」
「はは、大人になれば皆変わるものさ。イゴールも、メリッサと出会ってからは途端にまぁ、大人ぶっていたものだよ」
「ああ、なんとなく分かります。お父さん、お母さんの前ではいつもカッコつけてましたから」
二人は、今は亡きイゴールとメリッサについて語り合う。しばらく語った後、メルシルは真剣な表情を浮かべる。
それを見たアゼルは、自然と背筋が真っ直ぐになった。何か、大切なことを伝えようとしている。そう感じたのだ。
「……二人が結婚したと聞いた時には、盛大に祝福したよ。二人とも、なんだかんだでしっかり者だから末長く仲良く暮らせるだろうと、思っていた」
「ええ。二人とも、村一番のおしどり夫婦って有名でした。ぼくがいてもお構い無しに、ずっとイチャイチャしてましたし」
「そんな二人が亡くなったというのを、君の口から聞かされるまで知らなかった自分が恥ずかしい。自分の仕事が忙しかったとはいえ、師匠失格だよ、私は」
「メルシルさん……」
メルシルは目尻に浮かんだ涙を拭い、真っ直ぐアゼルの方を見る。
「さあ、戻ろうか。もうそろそろ、あの二人もパズルを解き終わる頃だろうからね。必ず、私も君の力になってみせる。イゴールとメリッサのためにも」
そう口にした後、メルシルはアゼルを連れて屋敷に戻る。すでにベクターとロデア、メリムルの分は解き終わっていた。
後は、メルシルがパズルを解けば六つ目の封印が解除されることになる。戻ってきた兄に、メリムルが声をかけた。
「おお、いいタイミングじゃったな。わしはもう終わったでな、あとは兄上だけじゃ」
「分かった。さ、木箱をこちらに」
「うむ。ほれ」
メルシルは木箱を受け取り、黙ったままパズルを解き始める。胸の内に、どんな想いを秘めているのだろうか。
(……イゴール、メリッサ。君たちの二人の息子は、どちらも立派に育ったよ。本当に、立派に……)
かつての弟子とその伴侶に、メルシルは心の中でそう語りかける。少しして、木箱からカチッという音が鳴り響く。
封印が解かれ、数字が『4』になった。その数字も、じきに『3』になるだろう。新たな来訪者たちの手によって。
「よかった、無事に解けたみたいだ。これでまた一つ、君の役に立てたよ」
「ありがとうございます、メルシルさん。それに、里長やベクターさんたちも」
「な~に、気にしないでくれたまえ。これくらいのことは朝飯前だからねぇ~!」
わいわい騒いでいると、リリンが戻ってきた。ようやく、エルダたちが到着したらしい。
「今戻った。アゼル、一緒に里の入り口まで来てくれ。エルダ様が、君に見せたいものがあるとのことだ」
「見せたいもの? 分かりました、行きましょう。兄さんたちは、ここで待っててください」
「分かった。行ってこい」
アゼルはリリンに連れられ、屋敷の外に出る。その直後、二人の足元に転送用の魔法陣が現れた。反応する間もなく、二人はどこかへ転送されてしまう。
「え、これは……一体何が?」
「済まないな、アゼル。エルダ様にああ言うように指示されたものでね。ほら、見てごらん、この景色を」
「わあ……! 凄いです、メリトヘリヴンが復興してますよ!」
アゼルたちが転送されたのは、遥か上空に浮かぶ魔法陣の上。眼下には、かつての栄華を取り戻した魔導都市、メリトヘリヴンの街並みが広がっていた。
「凄いでしょう? 各地から移民を募集して街をよみがえらせたんです。喜んでもらえたようで、よかったわ」
「エルダさん! それに、巫女さんたちも! ええ、とっても嬉しいですよ!」
見事復活した街を見て喜んでいるアゼルに、遅れて魔法陣の上に現れたエルダが声をかける。フェルゼを含めた封印の巫女たちも、皆勢揃いだ。
「久しぶりだね、アゼルくん。リリンが迷惑をかけていないかい? 私はもう毎日心配で心配で」
「お久しぶりです、ジェルマさん。大丈夫ですよ、心配するようなことはなごば!?」
久しぶりの再会を喜んでいたのも束の間、巫女の一人、ニアがアゼルに突っ込んできた。そのまま抱き着き、身体を密着させる。
「どーん! アゼルくんつーかまえた! オルキスちゃん、エスリーちゃん、抱き着いちゃおうよ!」
「そうね、たくさんお礼を言いたいもの。だからいいわよね? リリン?」
「そうよ、私もエスリーもたくさんお礼が言いたいんだもの」
「ええい、待て待て待て! 許さん、アゼルの一人占め……ではないな、とにかく、姉弟子が相手だろうとアゼルは渡さんからな!」
オルキスとエスリーもアゼルに抱き着き、挑発的な視線をリリンに向ける。リリンも対抗心を燃やし、後ろからアゼルに抱き着いた。
「全く、皆お子ちゃまなんだから。いい歳してそんなはしたない……」
「シーラ、隠す必要はないぞ。抱き着きたいんだろ? アゼルに」
「!!?!!??!?!? な、何を言うのかしらフェルゼってば! べ、別にニアたちが羨ましいとかそんなこと思ってないわ! 断じて違うわよ!」
顔を真っ赤にして首を横に振るシーラだったが、フェルゼには本心を見透かされていたようだ。必死に否定する姉弟子を、フェルゼは楽しそうにからかう。
「そうか。じゃあ、私とジェルマも抱き着いてくる」
「えっ。ちょ、待て、私もなのか!? いや、是非とも抱き着きたいが……」
「ちょ、待ちなさいよ! 一人だけ除け者にしないでちょうだい!」
「ま、待ってくださ……た、たすけて……」
巫女全員に抱き着かれ、アゼルは揉みくちゃにされる。エルダに助けを求めようとするも、いつの間にか取られていた木箱を開けている最中だった。
「うふふ、大丈夫よアゼルくん。パズルを解き終わったら、私も混ぜてもらうから」
「ぜ、全然大丈夫じゃないですぅぅぅぅぅ!!」
魔導都市の上空に、アゼルの悲鳴が響き渡った。




