283話―天空の追跡者
五つ目の封印を解き終えた翌日、アゼルたちは次の目的地へ経つ。今度は、遥か北東にあるフリグラの谷を目指すのだ。
ボーンバードを駈り、空を飛ぶアゼルたち。心が浮き立つ一方で、アゼルは小さな違和感を抱えていた。
「どーしたの、アゼルくん。さっきからキョロキョロしちゃって」
「いえ、ここ最近……何か妙な気配を感じるんですよ。時々ですけどね」
「そーお? あたしは何も感じないよ? 気にしすぎなんじゃないかな?」
「そうだと、いいんですけど。目的達成までもう少しだから、神経質になってるのかもしれません」
空路を往くなか、アゼルはキョロキョロ周囲を見渡す。同乗していたメレェーナが問うと、そんな答えが返ってくる。
「そーそー、きっとそうだって。よーし、それじゃあ美味しいお菓子を食べてリラックスしよ! 気を張り詰め過ぎてもよくないもんね!」
「それもそうですね。じゃあ、チョコレートでも……」
「はーい! まっかせてー!」
メレェーナにそう言われ、アゼルは気を楽にする。和気あいあいとした雰囲気でおやつタイムに入る二人の、遥か上空。
一行の感知能力のギリギリ外を、謎の物体が飛んでいた。筒状の装置が後方に二つ付いた、ハンググライダーのようなものを背中に装着した男がいたのだ。
『ガルデール、まだ我々の存在には気付かれていないよな?』
「問題はないぞ、レーゼルマン。ワガハイたちは奴らより遥か上空にいる。万が一にも気付かれることはない!」
『ならいいんだ。そろそろ、総帥殿に連絡を入れるとしよう。奴らの次の目的地も分かったことだしな』
「うむ! 報告・連絡・相談は何よりも大事だからな!」
男は、胸に着けた小さな箱の中にいるなにかと話をした後、連絡用の魔法石を取り出す。風が強いため、大声で怒鳴るように連絡を行う。
「あー、あー、こちらガルデール! こちらガルデール! 応答願います、どうぞ!」
『うっせえな、ガルデール。んな大声出さなくても聞こえてるっつうの』
「やや、ゾダン大将! ヌッハッハッ、こちらは今上空にいる故、容赦なされぃ!」
『あー、わーったよっせぇな。さっさと報告しろ、こっちの耳がイカれる前にな!』
ゾダンを相手に、ガルデールはアゼルたちが次にどこへ向かうのかを報告する。話を聞き終えたゾダンは一旦通信を切り、総帥と相談を行う。
しばらくして、相談を終えたゾダンが通信を繋げ総帥からの指令をガルデールに伝える。
『今戻った。ジジイからの指令を伝えるぞ、耳の穴かっぽじってよーく聞け。今はまだ仕掛けるな、奴らがソル・デル・イスカで目的を果たした直後に仕掛けろ、とのことだ』
「ふーむ! つまり、今はまだ監視を続けろということですな! あい、かしこまり!」
『ようやく追い付いたんだ、逃がすんじゃねえぞ。奴らが目的をほぼ達成して、緩んだところを叩く。忘れるなよ! あと、声のボリューム落とせ!』
『怒られたねぇ、ガルデール。ま、あんだけうるさく喚けばな』
「お前までそんなことを言うのかね、レーゼルマン。ま、よい。任務を続けよう。やるぞ、レーゼルマン!」
『任せておきたまえ。逃げられはしないよ、彼らはね』
アゼルたちの知らないところで、静かに闇霊たちが動いていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
十日後、アゼルたちはようやくフリグラの谷に到着した。今は豊骨祭の時期ではないため、静寂に包まれているだろうと思っていたアゼルだったが……。
「おいおい、なーんかデジャブ感じるな、この光景。っつーか、なんでここもこんな人だかりが出来てんだよ!?」
「里の入り口に飛行船がいっぱい停まっていますわね。一体、何があったのでしょう?」
人がいっぱいいた。上空からでも分かるくらい、里が人々で賑わっていたのだ。里を見下ろしていたアーシアは、あることに気付く。
「む? アゼル、端の方にある建物に皆集まっているようだ」
「あ、本当ですね。とりあえず、下に降りてみましょう。……それにしても、あんな建物ありましたっけ?」
人々が殺到しているのは里長であるメリムルの屋敷ではなく、高台にある小さな建物の方だった。以前里を訪れた時にはなかったものだ。
首を傾げつつも、アゼルは里の入り口にボーンバードを降ろし、仲間と共に中に入る。まずはメリムルに会うのが先決と、屋敷へ向かう。
「ごめんください、メリムルさんいますか……って、ベクターさん!? お久しぶりですね、元気でした?」
「お? こりゃあまた珍しい。ようこそ、アゼルくん。勿論、僕は元気さ」
屋敷の入り口にいた守衛に話しかけたアゼルは、相手の顔を見て驚く。以前行われた豊骨祭の武闘大会にて、アゼルと激闘を繰り広げたネクロマンサー、ベクターがいたのだ。
「皆お揃い……おや、新顔もいるね。はじめまして、僕はベクター。よろしく」
「ああ、よろしく頼む。時にベクターとやら、あの人だかりは一体なんだ?」
「アレかい? ポルベレフ先生の絵を買いに来た絵画商人たちだよ」
「えっ」
アーシアが問うと、ベクターは高台の建物を指差しつつ答える。予想外の答えに、思わずアゼルは驚いてしまう。
あんまりにも間の抜けた声だったため、ベクターを含め全員が吹き出してしまった。
「もう、笑わないでくださいよ!」
「はは、ごめんごめん。中においで、いろいろ話もあるだろう? 里長も、キミに会いたいだろうしね」
ベクターに案内され、アゼルたちは屋敷の中に入る。奥の座敷に通されると、そこには……。
「おお、久しぶりじゃのうアゼル。元気そうで何よりじゃわい」
「やあ、アゼルくん。こんにちは」
「グランドマスター!? どうしてここに?」
「たまには実家に顔を出そうと思ってね。業務を休んで帰省してきたんだ」
なんと、座敷にはメリムルだけでなく、メルシルもいたのだ。予想外の出会いに驚きつつも、アゼルは以前書いたやり取りを思い出す。
「ああ、そういえば前に言ってましたね。里長はグランドマスターの妹さんだって」
「うむ。いやぁ、流石のわしも驚いたわい。兄上はいつも、前触れなくやって来るからのう」
「里長、お茶が入り……ん? やあ、アゼル。久しぶりだね。相変わらず可愛い顔だ」
アゼルたちが話していると、お茶を載せたお盆を持った女が入ってきた。ベクターと同じく、武闘大会で戦ったネクロマンサー、ロデアだ。
「あ、ロデアさん。奇遇ですね、お会い出来るなんて」
「ああ、今日は屋敷で雑務をする日だからね。ちょっと待っていておくれ、すぐ君たちの分の茶も用意するから」
「というわけじゃ、ささ、皆入れ入れ」
メリムルに促され、アゼルたちは座敷に入りくつろぐ。里を訪れた目的や、これまでの冒険について語って聞かせる。
途中からはお茶を持ってきたロデアも交え、世間話に花を咲かせる。しばらくして、アゼルは懐から木箱を取り出す。
「先ほど話したのが、この木箱なんですよ。皆さんに協力をお願い出来ないかと思いまして」
「なんじゃ、それくらいなら容易いことよ。のう? 兄上」
「勿論。霊獣の里ではドタバタしてて協力出来なかったからね、今回はちゃんと力を貸すよ」
「ありがとうございます。……ところで、外にいる人たちって……」
「あやつらか。ポルベレフの絵を買いに来ておるんじゃよ。あっという間に、世界的に有名な画家になりおったわい」
どこか嬉しそうに笑いながら、メルシルはキセルをくゆらせる。アーシアは茶を一口飲んだ後、せんべいを齧りつつ呟く。
「まあ、絵の才能だけは本物だったからな。奴の実力が評価されるのも時間の問題と思っていたが、こんなに早く……ん? リリン、どうした?」
「ああ、済まぬが少し席を外す。新しい客が来たからな、出迎えに行く」
「新しい客? あ! それって、もしかして」
座敷を出ようとするリリンに、思い当たる節があったアゼルは声をかける。ニヤッと笑いながら、リリンは答えた。
「そうだ。我が師と姉弟子たちが、ここに向かってきているのだよ」




