281話―授けられた切り札
ヴェールハイム魔法学院を経ったアゼルたちは、進路を一転させ南西へ向かう。旧神聖アルトメリク教国にいる、アストレアを尋ねるためだ。
絆を育んだ仲間たちの協力によって、十ある封印のうち三つが解けた。四つ目の封印を解いてもらうために、アゼルたちは空を往く。
「着いたな。空を飛べば、三日でここまで来られるんだから楽なもんだぜ」
「そうですね、シャスティお姉ちゃん。アストレアさん、会っていただけるでしょうか」
「大丈夫だって。アタシが尋ねてきたんだ、嫌は言わねえはずさ。アゼル、そこに降ろしてくれ」
「はい、分かりました」
創命教会本部、正門の付近にアゼルはボーンバードを着陸させる。シャスティは少し待つようにと言った後、正門の方へ歩いていく。
「よう、守衛さん。アストレア様に、シャスティが会いに来たって伝えてくれねえか?」
「ああ、到着されたのですか。実は聖女長様から、もうすぐあなたたちが来るから、姿を見せたらすぐ通せと仰せつかっていまして。どうぞ、ご案内します」
「あん? 何だ、そうだったのか。おーい、アゼル! オッケーだとさ!」
守衛の言葉に拍子抜けしつつ、シャスティはアゼルたちを呼び寄せる。教会に入り、上階にある礼拝堂へ案内された。
「聖女長様、シャスティ様をお連れしました!」
「そうですか、ご苦労様でしたね。シャスティ、アゼルさんたちもいますか?」
「もちろんですよ、アストレア様。いやー、相変わらず元気そうで安心ですよええ!」
礼拝堂の奥では、アストレアが一人で祈りを捧げていた。フンッと胸を張るシャスティの元に歩き寄り、優しく抱き締める。
「いろいろと聞きましたよ、シャスティ。あなたの武勇伝をね。ふふ、ついこの間までワンパクなおちびちゃんだったのに、いつの間にかこんなに大きくなっちゃって」
「ちょ、そんな昔の話はやめてくださいよ! アゼルもいますし……」
「ふふ、貴女のワンパクエピソードを話してあげましょうか? 皆、聞きたがると思いますよ」
「それだけはマジで勘弁してください!」
そんなやり取りをした後、アストレアはシャスティから離れた。リリンが色々聞きたそうな顔をしているのを察知し、シャスティは慌てて話題を変える。
「あっ、そういえば! さっき案内してくれた守衛が言ってたんですが、どうしてアタシたちが来るって分かったんです?」
「ええ、彼女に教えてもらったんですよ。ねぇ、ディアナさん?」
「はい、そういうことです。アゼル様、お久しゅうございます」
アストレアは礼拝堂の奥にある、懺悔室に続く扉を指し示す。すると、扉が開きディアナが姿を見せた。
ペコリとお辞儀するディアナの元に駆け寄り、アゼルは勢い抱き着く。恩人との再会を喜んでいるのだ。
「わあ、久しぶりですねディアナさん! 今日はどうしてここに?」
「ヴァール様から、私とジェリド様に連絡がありましてね。貴方が最後の旅に出たと聞き、その助けになるべく参上したのです」
「そうだったんですか、ありがとうございます!」
アゼルに抱き着かれたまま、ディアナは嬉しそうにくるくる回りつつ教会にいる理由を話す。どうやら、気を利かせたヴァールが手回ししてくれたらしい。
「私もディアナさんから話を聞きまして。聖なる木箱の封印を解くために、私たちの力を必要としているのでしょう? どこまでお役に立てるか分かりませんが、お手伝いさせていただきます」
「だってさ! いやー、よかったなアゼル! 二人がいればすぐ封印も解けるだろ!」
「いや、解くのはアストレア一人だ。彼女には、聖戦の四王や炎の守り人に匹敵する力がある。木箱の封印など、余裕で解除出来るさ」
「ほう、それは凄い。確かに、さっきから創命神の魔力を感じていたが……それほどまでとは」
アストレアの身体から立ち昇る魔力を前に、アーシアは称賛の声をあげる。今回の封印解除は、ディアナの言った通りすぐに終わりそうだ。
アゼルが安堵していると、ディアナに抱え上げられた。礼拝堂の外に向かおうとしている彼女に、アゼルは問いかける。
「あの、ディアナさん? 一体どこに行くんです?」
「最後の旅ということは、だ。例の闇霊たちと決着をつけねばならないのだろう? そのための切り札を、授けようと思ってね」
「ちょっとお待ちくださいまし! なら、わたくしたちにもご教授ねが」
「それは出来ません。切り札を扱えるのは、優れたネクロマンサーであるアゼル様……そして、カイル様だけです。が」
アンジェリカに呼び止められたディアナは、そう言って一蹴する。こっそり謎の薬を飲んでいるカイルをチラッと見て、呟きを漏らす。
「カイル様には別の策があるようですので、アゼル様だけに授けます。アストレア、地下の修練場を使っても?」
「構いません。すでに担当の者に話は通してあるので、存分にお使いください」
「分かった、感謝する。アゼル様、行きましょう」
「あ、はい。じゃあ、皆また後で」
ディアナはアゼルをお姫様抱っこしたまま、教会の地下にある修練場に向かう。目的地に着いた後、アゼルを降ろしつつ説明を始める。
「それでは、早速始めましょう。今回、アゼル様に伝授する技は……闇霊の魂を直接、滅ぼすことが出来るものです」
「!? そんなこと、出来るんですか!?」
「ええ。私が編み出した秘術を用いれば可能です」
肉体から離れ、魂だけとなった闇霊は不死身だ。肉体を破壊しない限り、いくら魂を攻撃しても復活してしまう。
それが、これまでの常識だった。だが、もし魂を直接滅ぼすことが出来るなら全てが変わる。
「以前、アゼル様にお話しましたね? 私の編み出した秘術について」
「はい、確か肉体と魂を強く結合させて、特殊な霊体になる……って感じでしたっけ?」
「概ね合っています。この秘術では、魂が肉体を取り込む形で霊体になりますので、その分魂の力が増すのです。結果、直接相手の魂を叩き、滅ぼすことが可能なのですよ」
ディアナの言葉に、アゼルの心臓が高鳴る。いちいち肉体を探す手間を省けるのであれば、ゾダンを含めた闇霊たちを楽に倒せる。
習得しない理由など、今のアゼルにはない。深く頭を下げ、アゼルはディアナに師事を請う。
「ディアナさん、お願いします! ぼくにその秘術の使い方を教えてください!」
「もちろんですとも。多くの戦いを重ね、強くなった今の貴方なら――必ず、習得出来ます。我が秘術、レイスフォームを」
こうして、レイスフォーム習得のための特訓が始まった。修行期間は、たったの一日。僅かな時間の全てを使い、秘術を会得しなければならない。
旅が半ばである上、いつまた敵の襲撃があるか分からない以上、悠長に修行をしている余裕は今のアゼルにはないのだ。
「己が心臓の鼓動に耳を傾けるのです。内に眠る命の脈動と、魂の躍動を束ね……絵の具のように混ぜ合わせ、一つにする。そのためには、瞑想をするのが一番早いのです、アゼル様。さあ、まずは深呼吸を」
「分かりました。必ず、物にしてみせます。スー……ハー……」
「そう、そのまま。目を閉じて、己の中に息づく命を感じてください。ゆっくりと、少しずつ……」
ディアナの指導の元、アゼルは一睡もすることなく瞑想を続ける。翌日の昼、太陽が一番高く昇る頃。修練場にシャスティがやってきた。
「アゼル、こっちは終わったぜ! 無事、アストレア様が封印を解いてくれ……た……って、アゼル、その姿は!?」
「あ、シャスティお姉ちゃん。見てください、無事に習得しましたよ! ディアナさんの秘術……レイスフォームを!」
修練場の中央に、アゼルが立っていた。淡い金色の輝きを放つ、神々しい霊体の姿になって。ディアナが編み出した秘術を、見事会得してみせたのだ。
「お見事です、アゼル様。本当に、やり遂げましたね」
そのアゼルを見ながら、ディアナは柔らかな微笑みを浮かべていた。




