279話―おぞましき闇の過去
「老師はな、もう数万年は生きてるらしい。ラ・グーがこの大地を襲うよりも遥か以前から、な」
「!? そ、そんなのあり得ませんよ! ぼくたち大地の民は、一番長く生きられるエルフですら三百年くらいしか寿命がないんですから」
「普通はそうだ。だが、老師は普通じゃない。オレの話を聞けば、それがよく分かるだろうさ」
カイルの言葉に、アゼルは驚いて目を見開く。大地の民の寿命は、天上の神々や闇の眷属たちに比べて遥かに短い。
最も短命な人間で七十から百年、最も寿命の長いエルフでも三百年生きられれば御の字と言えるほどに。少なくとも、万や億の単位で生きることはない。
「確かに、霊体派なんてとんでもない派閥を治めてるわけですから普通ではないとは思いますけど……」
「これは数年前、老師から直接聞いた話だ。今までで一番出来のいい弟子だったオレだけに、秘密を教えるって言ってきたんだ」
「秘密……?」
「ああ。何でも師匠は遥か昔、天上に住まう神々に仕える存在だったらしい。なんつったかな、確か……そうだ、観察記録官だ」
観察記録官。その言葉に、アゼルは覚えがあった。どこかで見聞きしたはずなのだが、もやがかかったかのように思い出すことが出来ない。
「その言葉、どこかで……。うーん……まあ、いつか思い出すでしょう。兄さん、話の続きを」
「分かった。老師はその昔、神々が作り出した大地の歴史を記録し、保管する組織に勤めていたらしい。優秀さ故に、重宝されていたんだと。でも……」
「でも?」
「禁書の棚を整理していた時に、見つけたんだそうだ。禁忌の魔法を生み出し、神々に滅ぼされた大地の歴史書を」
カイルがそう言った直後、急速に空気が冷え込んでいくのを二人は感じた。かつて共に戦った神々が、大地ごと容赦なく滅ぼした魔法。
ロクでもないものに間違いない。アゼルの中に、そんな予感があった。そして、その予感はカイルの言葉によって確信へと変わる。
「その歴史書を読んだ老師は、記されていた魔法を元にある禁術を作り上げた。他者を喰らい、命の残機として蓄える魔法をな」
「そんなものを作れば、他の観察記録官や神々が黙っていないのでは?」
「ああ、だから老師は逃げた。同僚たちを最初の犠牲者にしてからな。十数人の命を取り込み、死を偽装して組織と神々の目から逃れたのさ」
苦々しい表情を浮かべながら、カイルはそう吐き捨てる。それと同時に、アゼルは思い出す。観察記録官という言葉を、どこで知ったのかを。
「たった今思い出しましたよ。リオさんの城にあった本に書いてありました。兄さんの言っていた組織……『フォルネシア機構』についてね」
「リオ……ああ、堕天神騒動で世話になった魔神か。あいつも神の一員だし、老師のことは知ってるだろうな。……っと、脱線したな、話を戻すぞ」
「ええ。それで、上手く逃げおおせた老師……ゾアでしたっけ? この大地に流れ着いたんですね?」
「そうだ。老師は自ら生み出した禁術、『魂喰らい』の魔法を使って多くの民を喰った。寿命が来たら、残機を消費して肩代わりさせる。そうやって、数万年生きてきたんだとさ」
ゾアの所業を知り、アゼルは怒りに心を滾らせる。ゾアのしたことは、決して許されることではない。罪の無い者たちを喰らい、自分のためだけに苦しめる。
そんなことは、許されていいわけがない。
「喰われた連中は、残機として消費されるその日までずっと老師の中で生き続ける。無限の苦しみを味わいながらな。本人がそう言ってたんだから、まず間違いない」
「許せない……! そんなの、絶対に許しておけませんよ! 兄さん、ゾアを倒す方法はないんですか!?」
「簡単さ。残機が無くなるまで老師を殺し続ければいい。……って言いたいところだが、まず無理だ。今の老師の残機は、一億を越えてるからな」
これ以上の犠牲を生まないためにも、早急にゾアを倒さねばならない。そう考えたアゼルは、カイルに問う――が、返ってきた答えは無情なものだった。
「い、一億……!?」
「ああ、笑えてくるだろ? 老師の胸に残りの命の数が浮かんでるんだよ、見せびらかすようにな。普通に戦ってたんじゃ、先にこっちが燃料切れで殺される」
「そんな! じゃあ、どうすれば……」
「心配すんな。それについては、オレに策がある。老師のことを骨の髄まで知ってるオレにしか出来ない、とっておきの策がな」
そう口にした後、カイルは微笑みを浮かべる。そらを見たアゼルは、カイルがどこか遠いところへ行ってしまいそうな錯覚をまたしても覚えた。
「兄さん……? 大丈夫なんですよね? その策のせいで、兄さんが死んじゃうようなことはないですよね?」
「おいおい、何言ってんだ。仮に死んじまっても、お前の力で生き返れるだろ。心配するようなことは何もねぇよ」
「で、ですよね。よかった、ぼくの思い過ごしみ」
「アーゼルくーん! やっぱり一緒にはいろー!」
話が一段落し、空気が和らいだその時。温泉を覆うドームを突き破り、素っ裸のメレェーナが突撃してきたのだ。
どうやら、話し合いは混浴容認派の勝利で終わったらしい。アゼルを温泉に連行するためにやって来たのだろう。
「ちょ、メレェーナ!? てめぇ、タオルくらい巻いとけよ!」
「いーのいーの。ほらあたし、性愛の女神だし! 気にしないもーん。いこ、アゼルくん!」
「ちょ、ま、まだ兄さんとの話が……あああー!」
あっという間に、アゼルはドームの中に連れ去られてしまった。賑やかな悲鳴が聞こえてくるなか、カイルは呆れと安堵が混じった笑みを浮かべる。
「……ごめんな、アゼル。次にオレが死んだ時は……もう、お前の力でも生き返れねえ。いや、生き返っちゃいけないんだ」
カイルの呟きを聞く者は、誰もいない。一陣の風だけが、優しく頬を撫でるだけだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「うう、昨日は酷い目にあいました……。これじゃもう、お婿に行けません……」
「だーいじょぶだって、アタシらが嫁に行くからさ! だからそんな落ち込むなよ、アゼルぅ~」
翌日。アゼルたちはヴェールハイム魔法学院へ向けて空の旅を再開する。むくれるアゼルの頬をつっつきながら、シャスティはケラケラ笑う。
「やれやれ、アゼルも結構な女難だな。……っと、いけねぇ。薬を飲まねえと」
「ん? どうした、カイル。腹でも痛いのか?」
「いや、ちょっとな。まあ、酔い止めみたいなもんだよ、こいつは。オレが自分で調合した特別製だ」
先頭を往くボーンバードを眺めながらボヤいた後、カイルは懐からカプセル状の薬を取り出し飲む。それを見ていたリリンは、不思議そうに尋ねる。
「ほう、薬の調合も出来るのか。なら、今度私にも」
「なぁ、リリン。オレにもしもの事があったら……その時は、アゼルのこと頼んだぜ」
「? ああ、勿論だ。だが、そんな不吉なことは言うな、カイル。アゼルが悲しむぞ。それに、死者蘇生の力があるんだからもしもの事などなかろう」
「……分かってるさ。ちょっとナーバスになってるだけだ、気にすんな」
突然そんなことを言い出すカイルを不思議そうに見た後、リリンはあくびをする。だが、彼女は後に知ることになる。
この時のカイルが、どんな思いでいたのかを。アゼルを頼む――その言葉の意味を。
「みなさーん! 見えてきましたよ、ヴェールハイム魔法学院!」
「おお、懐かしいなぁ。もう何ヵ月も前……なぁ、アゼルよ。アレはなんだ?」
「……知りません。知りたくもありません。出来れば見なかったことにしたいです」
ボーンバードを降下させ、学院のすぐ近くに着陸させようとするアゼル。が、目的地が近付くにつれ、あってはならないモノが見えてきた。
「なんであんなクッッッッッッッソデカいソルディオの銅像があるんだよ!? しかも垂れ幕まで大量にあるじゃねえか!」
「……ねぇ、シャスティお姉ちゃん。ぼく、今すぐ回れ右して帰りたいんですけど」
「奇遇だな、アタシもだよ。でも、そういうわけにゃいかないんだろ?」
「そうなんですよ、困ったことに。はぁ……嫌だなぁ、また何か面倒なことが起きる予感が……。これなら、闇霊に襲撃された方がよっぽどマシですよ、もう」
校庭のド真ん中にそびえ立つ、お馴染みのバケツ頭の立像を見たアゼルたちは軽い胃痛を覚えた。今回は別の意味で、ひと悶着あるだろう。
一行全員の思考が、一つに纏まった。




