278話―再び北へ
宴の翌日。次の地へ向かう準備を整えたアゼルたちは、朝日が昇る頃にはもう里の入り口にいた。見送りに来た霊獣たちと、別れの挨拶をする。
「ムルさん、昨日はありがとうございました。陛下たちにも、ぼくが感謝していたとお伝えください」
「ああ、分かった。全てが終わったら、また遊びに来てくれ。皆、首を長くして待っているから」
「にーちゃ、またね!」
「またあそぼ!」
「うん。ムーとルーも、元気にしてるんだよ」
アゼルはムーとルーの頭を優しく撫でた後、仲間たちを連れ里を出る。ボーンバードを三体呼び出して乗り込み、空へ飛び立つ。
「うあー、頭いてー……。クソッ、調子に乗って飲み過ぎるんじゃなかったぜ……」
「阿呆め。酒は飲んでも呑まれるなということわざもあるだろう。だらしのない奴だ、まったく」
霊獣一族秘蔵の酒をガブ飲みしたシャスティは、二日酔いに苦しんでいた。同乗していたリリンは介抱しつつ、呆れてため息をつく。
「わたくしも散々でしたわ……。宴の半分くらい、お父様に説教されてましたもの。……ところでアゼルさま、次はどちらへ?」
「ええ、そうですね。次はイスタリアに向かおうと思ってます」
「なるほど、ヴェールハイム魔法学院ですわね?」
「はい。あそこの人たちには、いろいろありましたからね。もしかしたら、封印を解けるかも……と思いまして」
アゼルの乗るボーンバードに同乗していたアンジェリカは、次の目的地について尋ねる。北へと進路を向けながら、アゼルはそう答えた。
「なるほど、確かにあの学院の方たちならば問題なさそうですわ。では、急いで参りましょう!」
「ええ、皆行きますよ!」
「はーい」
三つ目の封印を解くため、アゼルたちはイスタリアへと向かうのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……というのが、奴らの目的です総帥殿。ここは一度、様子を見るべきかと」
「ふむ……そういうことであれば、しばらく攻撃は控えよう。プランBの準備を進める」
「ははーっ、かしこまりました」
その頃、霊体派ネクロマンサーたちの拠点ではジャバルによる報告が行われていた。アゼルの目的と木箱の存在を知り、総帥は作戦を改める。
「しばらくは監視のみを続けよ。決して、我らの存在を悟られぬようにな……」
「ハッ、かしこまりました」
「うむ。よくやってくれた、ジャバルよ。褒美を与えよう……さあ、こちらへ来るがいい」
報告を聞き終えた総帥は、そう言いつつ玉座から立ち上がる。骨と皮だけの痩せ細った腕を広げ、ジャバルを抱擁しようと待ち構えていた。
それが何を意味するのかを知っているジャバルは、恍惚の表情を浮かべながら立ち上がった。光に誘われる虫のように、ふらふらと玉座へ向かう。
「ああ……ありがとうございます、総帥殿。今、そちらへ……」
「お前はこれまで、よく任務をこなしてくれた。その恩に報いようぞ」
総帥はぎゅっとジャバルを抱き締め、労いの言葉をかけた。その直後、万力のような力で相手の身体を締め付ける。
「お前の血も、肉も、魂も。全て儂と一つになる。さあ、受け取るがいい。最上の褒美をな……」
「ありがたき……しあわ、せ……」
恍惚の表情を浮かべたまま、ジャバルは総帥の身体に吸収されていく。その様子を、玉座の間にいた他のネクロマンサーたちが羨ましそうに眺めている。
五分ほど経った後、ジャバルは跡形もなく吸収されてしまった。総帥は満足そうに頷いき、玉座に戻り腰を降ろす。
「我が子たちよ、今は時を待つのだ。ここぞの機会を狙い、奪え。かの少年が持つ、聖なる木箱をな」
総帥の言葉に、集まっていた者たちは返答の代わりに拍手を送る。自分もジャバルのように褒美を貰いたい。そんな野心を抱えながら。
◇―――――――――――――――――――――◇
闇霊たちの陰謀など知ることもなく、アゼル一行は4日をかけてイスタリアへ入国した。国境を越えれば、学院はもうすぐだ。
「しかし、ここまでビックリするくらい何事もなく来れたな。てっきり、毎日襲撃されるかと思ってたんだけどなぁ」
「いくらなんでも、毎日来られたら身が持たぬだろうよ、シャスティ。だが、余としても気になるところだな。結局、ジャバルという闇霊は一度も姿を見せなかったのも気になる」
空の旅を楽しみつつ、アーシアは心配そうに考え事をする。当のジャバル本人はとっくに総帥の一部になっているが、彼女はまだ知らない。
「あと二時間くらいあれば着きますが……もうすぐ日が落ちますね。町も遠いですし、今日も野宿にしましょうか」
「えー、また野宿なのー? そろそろお風呂に入りたーい」
「確かにな。一昨日昨日と野宿では……ん? アゼル、あの湯気はなんだ?」
三日連続で野宿することになり、メレェーナが文句を垂れる。リリンも愚痴を漏らすが、ふと下を見て何かに気付く。
川沿いにいくつかの泉が隣接しており、そこから湯気が昇っている。湯気の正体に気付き、カイルは仲間たちに声をかけた。
「おお、ありゃ温泉だな。アゼル、今日はあそこで一泊したらどうだ?」
「そうですね、さっぱり出来るならそれに越したことはありませんし。メレェーナさん、温泉があるなら野宿でもいいでしょ?」
「うん! へーきへーき、そんなら大歓迎! あ、なんなら一緒に入ぶべっ!」
「阿呆、私が許可するわけなかろう!」
温泉と聞いて俄然テンションが上がったメレェーナだったが、調子に乗りすぎてリリンにひっぱたかれてしまった。
アゼルはボーンバードを温泉付近に着陸させ、テキパキと野宿の準備を整える。陽が落ちる頃にはテントを張り終え、夕食の支度も整った。
「ふむ、相変わらずいい手際だ。惚れ惚れするよ」
「ありがとうございます、アーシアさん。もう慣れっこですからね、これくらいは。ぼくと兄さんで番をしてるので、皆さん先に温泉にどうぞ」
「では、ありがたくいただくとしよう。どうだ? メレェーナが言ったように、アゼルも一緒に」
「いえ、さすがにそれはその……恥ずかしいです」
「ふっ、可愛いやつめ。余は別に気にしないが……ま、いいさ。では入ってくる」
汗を流すべく、女性陣は先に温泉へ向かう。魔法を使ってドーム状の仕切りを作ってあるため、風雨の対策はバッチリだ。
「よっこいしょ、っと。ふう、今日も疲れたなぁ」
「よう、アゼル。なんか風呂の方でモメてるけど何かあったのか?」
「さあ? あんまり関わらない方がいいと思いますよ」
「……それもそうだな」
ドームの中では、アゼルと混浴するかしないかで女性陣がすったもんだの取っ組み合いをしていたのだが、外にいる二人は無視を決め込む。
関わればロクなことにならないと判断したからだ。しばらく焚き火を囲んで黙っていたが、ふとカイルが口を開く。
「なぁ、アゼル。もうそろそろ、闇霊どもとの戦いも大詰めだ。じきに、奴らの親玉と直接対決することになるだろう」
「ぼくもそう睨んでいます。旅のどこかで、確実に仕掛けてくるでしょう」
「ああ、だからな……伝えておこうと思う。奴らの親玉にして、かつてのオレの師匠――ゾア老師のことをな」
パチパチと爆ぜる火を見つめながら、カイルはそう話す。その姿を見たアゼルは、兄がどこか遠くへ行ってしまいそうな錯覚を覚える。
「兄さん……?」
「いいか、よく聞け。老師はな……普通の方法じゃ殺せない。あの人は……『死念纏い』のゾアは、無数の命を体内で飼ってるんだ」
「命を、飼う……」
「ああ。おぞましい魔法だ。当時のオレですら、師事を自分から断るくらいのな。生命の摂理を、倫理を……人が人として生きるためのルールを全て無視した、外道の魔法さ」
その後、アゼルは知ることとなる。闇霊たちを束ねる総帥の、予想もしていなかったおぞましさを。
霊体派ネクロマンサーたちの裏にある、深く恐ろしい闇の実態を。




