277話―今、恩に報いる時
無事ヴァシュゴルとベイオンを撃破したアゼルたちは、広場に散らばる死体の片付けや結界の修復作業を行う。
やかましく叫んでいた黒ドクロの水晶が静かになり、闇霊が撤退したと考えアゼルたちは勝利を祝う。
全ての作業が完了したのは、夕方になってからだった。夕焼け空の元、ムルは汗を拭い同胞たちに声をかける。
「ようやく後片付けが終わったな。同胞たちよ、宴の時間だ! 今宵はみな大いに騒げ! 客人たちと共にな!」
「おおーーー!!」
こうして、宴が始まった。全員が広場に集まり、焚き火を囲んで和やかに語り合う。次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、皆幸せそうだ。
「ほら、アゼル。これも食ってみろよ、旨いぞ~」
「ありがとうございます、シャスティお姉ちゃ……って、大丈夫ですか? 顔真っ赤ですよ?」
「へ~きへ~き。この程度なんてこたぁねえよ、ヒック! お、ジークガルムのやつ旨そうな酒飲んでんなぁ……せびるか」
「い、いってらっしゃい……」
山盛りのステーキが乗った皿をアゼルに渡した後、すでにへべれけモードなシャスティはふらふら歩いていった。
苦笑いしながら、アゼルは広場を見渡す。仲間たちは皆、宴を楽しんでいるようだ。
「いいかアンジェリカ、お前もいっぱしの貴族令嬢なんだからあんな汚い言葉遣いはやめなさい。そのうちアゼルくんにも愛想を尽かされるぞ、本当に」
「あの、お父様……そのお話、これでもう六回目……。ダメですわ、もう酔っ払って……はあ」
広場の一角では、アシュロンが説教をしていた。が、すでに酔っ払ってしまっているようで、内容がループしている。
流石のアンジェリカも辟易しているようで、ちょこんと正座しながらため息をついていた。興味本位で近付いてきた子狼をもふもふし、手慰みにしている。
「そーれ、レッツダンス! さあさあみなさまー、メレェーナちゃんの魅惑のダンスでメロメロになっちゃえー! あっそーれハッスルハッスル~!」
「いいぞー、もっとやれー!」
「よーし脱……あ、すいません冗談です、だから矢をこっち向けないで……」
「カイル、おふざけは大概にしておけ。いいな?」
「はい……」
胸像の側にある特設ステージでは、セクシーな衣装に身を包んだメレェーナと霊獣の女性たちが艶やかなダンスを踊っている。
護衛の騎士たちに混じって観覧していたカイルだったが、いつの間にか側にいたリリンに雷の矢を向けられ冷や汗を流す。おイタはダメなようだ。
「ふふ、皆楽しそうですね。こうやってのんびりするのも、悪くないなぁ」
「やあ、アゼル。隣、空いてるかな?」
「陛下! それにムルさんも。どうぞどうぞ、座ってください」
「ああ、失礼する」
シャスティから貰ったステーキを食べていると、エルフリーデとムルがやって来た。しばらく談笑した後、アゼルは懐から例の木箱を取り出す。
「陛下、ムルさん。実は折り入ってお話があるんですけど」
「ん? 珍しいな、アゼルからそういう話を切り出してくるとは。何でも言うといい、わらわに出来ることなら叶えてやろう」
「うむ、そなたは我らの恩人……む? 随分と美しい箱だな、それは。組み木細工か」
「はい。実はですね……」
木箱を見せながら、アゼルは二人に説明を始める。この木箱の中に、ギャリオンがいる場所に向かうための鍵が納められていること。
箱に施された封印を解くためには、これまでの旅で絆を結び育んだ者たちの力が必要なこと。そして、ここにいる者たちに協力してほしいことを。
「なるほど、話は分かった。そういうことであれば、わらわたちの出番だな。そうだろう? 霊獣の長よ」
「然り。我とアゼルは血よりも濃い絆で結ばれているのだ、封印を解けぬ……ということはあるまい。とはいえ、念には念を入れるか。ムー、ルー、ここへ!」
「うむ、そうだな。アシュロン、ジークガルム! 済まぬが来てくれるか、大事な用がある!」
エルフリーデは二人の部下と、ムルは娘たちを呼び寄せ先ほどアゼルから聞いた説明を聞かせる。事情を知ったアシュロンたちも、快く協力してくれる運びとなった。
「ガッハッハッ! そういうことでしたら、このジークガルム協力を惜しみませんぞ! 某、パズルの類いは大得意ですからな! 将軍もよくご存知でしょう」
「ああ、確か去年のパズル早解き大会で優勝したんだったな。よし、アゼルくん。まずは彼に試してもらったらどうかね?」
「そうですね、分かりました。それじゃあ、お願いしますねジークガルムさん」
「うむ、任された!」
アゼルは木箱をジークガルムに手渡し、顛末を見守る。ムーとルーは、アゼルの身体にくっつきながら興味津々といった感じで箱を見つめる。
「それではいきますぞ! ハイヤーッ!」
「わ、凄い! ものすごいスピードで箱がスライドしていきます!」
以前リリンが試した時のような警告の音声は出ず、スムーズに事が進む。これならば、封印を解けるかもしれない――と、思った瞬間。
「む? はて、おかしいですな。ここを押せばこっちの組み木が動くはずですが」
「たぶん、選手交代の時間なんだと思います。皆で順番にやらないとダメなのかと」
「なるほど、では次は私に委せてくれたまえ」
途中までは順調だったが、ピタッと組み木が動かなくなってしまった。アゼルの推測を聞き、今度はアシュロンがパズルを解く。
すると、まったく動かなかった組み木が再び動き出した。こうやって解けばいいのかと、アゼルは一人うんうん頷いた。
「おじちゃ、がんばえ!」
「がんばえー!」
「ふむ、ここをこうしてこっちにスライド……。む、動かなくなったな。陛下、ここから先をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、任せておくといい。このような玩具で遊ぶのは始めてだが、まあなんとかなるだろうさ」
ムーとルーが応援するなか、アシュロンは十分ほどかけて己の仕事を全うした。三番手のエルフリーデは、おっかなびっくり木箱に触れる。
「むむ……なかなかに難しいな、流石に二人のようにはいかないか……。とはいえ、諦めるわけにはいかん。アゼルへの恩に報いるためにも!」
「陛下、頑張ってください! もう少しで解けるはずです、たぶん……」
初めてのパズルに悪戦苦闘しつつも、何とかエルフリーデは解き進めていく。十五分後、ようやく必要な分を解き終えることが出来た。
「ふう、疲れた……。だが、とても清々しい気分だ。帰りに一つ、組み木細工の玩具でも買うとしようか」
「お疲れ様です、陛下。これで、最後は……」
「ああ、我と娘たちだ。さあ、こっちにおいで。ムー、ルー。共にパズルを解き、アゼルの助けになろう」
「やるー!」
「にーちゃ、たすける!」
ムルに呼ばれ、娘たちはあぐらをかいた母の股ぐらに入り込む。三人で相談しつつ、ゆっくりとパズルを解いていく。
「むむ、困った……これはどう動かせば……」
「まま、こっちー」
「む? おお、動いた動いた。助かったぞ、ムー」
「ここ、おすの!」
「本当だ。ありがとう、ルー」
「えへへー」
大好きな母に誉められ、アゼルの役に立てるとあってムーもルーもご機嫌だ。嬉しそうにしっぽを振っている姿を見て、アゼルたちは和む。
五分ほど木箱をいじっていたその時。カチッという音が響き渡り、箱が光に包まれる。ついに、封印を解くことが出来たのだ。
「わあ、やりました! これで封印が一つ解けましたよ、皆さん!」
「うむ、確かに数字が『9』から『8』になっているな。ふふ、役に立てたようでよかったよ」
「はい、ありがとうござい……わあっ!?」
封印の一つを解き、喜ぶアゼルを見てムルたちも嬉しそうに笑う。そんななか、テンションが上がったムーとルーがアゼルに飛び付く。
人の姿のまま、またしても顔をぺろぺろし始めた。
「ちょ、ま……ムルさ、たすけ」
「ふむ……娘たちよ、お前たちだけというのはちとズルいぞ。我も混ぜてもらうとしようか! ああ、安心するがいいアゼル。流石に我は狼に戻るからな」
「いや、そういう問題じゃ……ああ、陛下たち帰らないでくださ……いや、お楽しみとかそういうことじゃ」
「さあ、観念せい! おとなしくぺろぺろされるのだ!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
こうして、宴が終わるまでの間、アゼルは親子に顔を舐められる。さらには、霊獣一族の若い娘たちも混ざり揉みくちゃにされてしまうのだった……。
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「ふーん、なるほど。あのガキ、そんな目的があったのか。ククク、なら襲撃は一旦停止だな。作戦を練り直さねえといけねぇ」
その頃、里から数十キロ離れた森の中に潜伏していたジャバルはニヤリと笑う。鳥籠の蓋を開け、いずこかへ呼び掛ける。
「ほーら、戻ってこいベイオンの魂! 撤収だ! へへへ、やっぱり偵察は魂を使うに限る。普通の奴にゃあ存在を察知出来ないからな」
そう叫ぶと、里の方から物凄い勢いで人魂が飛んでくる。ジャバルは、ベイオンの魂を介して里での一部始終を覗き見していたのだ。
相方を見殺しにしたのも、全てはアゼルの目的を知るため。里をさ迷っていた魂を鳥籠に入れ、木の枝から飛び降りる。
「総帥殿にいい土産が出来たぜ。さあ、これから忙しくなるぞ」
悪意に満ちた笑みを浮かべ、ジャバルは拠点へ帰っていった。次なる作戦を練るために。




