274話―屍の襲撃
しばらくして、エルフリーデ一行が里に到着した。アゼルたちは涎でベトベトになった顔を拭き、下の広場に降りる。
「ん? おお、アゼル! 久しいな、元気にしていたか?」
「お久しぶりです、陛下。私も皆も、息災にしています」
「そのような堅苦しい挨拶などいらんいらん。わらわとそなたの仲だ、楽にせよ」
「いえそんな……分かりました、だからそんな悲しそうな顔しないでくださいってば!」
アゼルが久々の再会となった皇帝エルフリーデと話をしている間、アンジェリカは父であるアシュロンの元に向かう。
これまでの旅の報告も兼ねて親子水入らずで話をしたいだろうと、リリンたちはそっと彼女を送り出す。アンジェリカも気遣いに感謝し、会釈を返した。
「お父様! お久しぶりですわ、相変わらず元気そうで安心しましたわ」
「おお、アンジェリカ! いろいろ噂を聞いたよ。アゼルくんと一瞬に、大活躍してるんだろう? もちろん、話してくれるだろ?」
「ええ、当然ですわ! わたくしとアゼルさまのめくるめく大スペクタクルを」
『警告! 警告! 闇霊『鳥籠の王』ジャバル接近! 警戒セヨ! 警戒セヨ!』
これから始まる宴を前に、皆の心が浮わつき始めた時だった。突如として、アゼルたちが持つ黒ドクロの水晶が叫びを発する。
里に住む霊獣たちも異常事態を悟り、即座に広場に集結する。狼から人へと姿を変え、エルフリーデたちの護衛につく。
「同胞たちよ、客人を我の屋敷に匿え! 戦士たちは戦闘準備だ、結界を破られた時に備え守りを固めよ!」
「了解!」
ムルの指示の元、エルフリーデたちは樹上にある屋敷へ避難しようとする。その直後、広場に陰が落ちてきた。上を見ると、そこには……。
「な、何だありゃあ!? あんなデカい巨人……いや、ゴーレムなのかアレ!?」
「あれはフレッシュゴーレム!? おかしい、敵は霊体派のネクロマンサーのはず。なのに何故フレッシュゴーレムが!?」
里の外に、とんでもなく大きいフレッシュゴーレムが立っていたのだ。上半身を屈めた姿勢なのを考慮しても、身長三十メートルはあるだろう。
さらによく見てみると、ゴーレムの身体はおびただしい数の死体が組み合わせって構成されていた。もしバラけて襲撃されれば、ひとたまりもない。
「何がおかしいというのだ、アゼル。ネクロマンサーなのだから、死体を操るのは当然だろう」
「ああ、アーシアは知らねえのか。この大地のネクロマンサーはな、三つの派閥に別れてんのさ。スケルトンを操る操骨派、自分の魂をきりはなして活動する霊体派、そして……屍を操る屍肉派だ」
「なるほど。つまり、霊体派のネクロマンサーが死体を操ることは出来ないということか」
「そうだ。おまけに、三つの派閥はみんな仲が最悪だからな。まさか、三つ巴の戦いになるんじゃ……」
カイルはネクロマンサーの派閥について説明をしつつ、フレッシュゴーレムを見つめる。直後、里の入り口が爆破され一人の男が入ってきた。
「チ~っす。とりま邪魔するぜ~。フーン、ここがウワサの霊獣の里か。ハッ、予想図通り獣臭ぇトコだ」
「あなた、屍肉派のネクロマンサーですね? この里に何の用です?」
「おっ、いたいた。お前がウワサのアゼルかぁ。フーン、ただのガキじゃねえの。ま、でも……油断しねえでかかるとするかね」
「だから、何の用だと――!? こ、これは!?」
軽薄そうなニヤニヤ笑いをしながら、男はアゼルの問いに答えることなく指を鳴らす。すると、広場じゅうの地面から数十体のリビングデッドが頭を出した。
「あそこにいるフレッシュゴーレムくんをバラしてよぉ、こうやって侵入させてんだ。いい結界使ってるけどよォ、地中まではカバー出来ねえだろ?」
「まずい! 戦士たちよ、応戦せよ!」
「もうおせぇ! やれ、リビングデッドども!」
完全に虚を突かれた霊獣の戦士たちは、致命的な隙を晒してしまう。そこを見逃さず、男はリビングデッドたちをけしかける。
が、その直後。吹雪が吹き荒れ、ほとんどのリビングデッドを凍結させる。運良く凍らなかった者たちも、一瞬で頭をくり貫かれ風穴が開く。
「ぼくたちのいる前で、させませんよ? そんなことは」
「余を侮るなよ? 凡百の屍術師風情が。この程度の数、殲滅するのは容易い」
「!? バカな、リビングデッドどもが全滅だと!」
歴戦の戦士としての本能が、アゼルとアーシアを動かした。目にも止まらぬ速度でそれぞれの得物を呼び出し、一瞬で返り討ちにしたのだ。
出遅れる形となったリリンたちも、すでに動いている。地中を通る魔力の流れを読み、次の攻撃を迎え撃つ構えを見せていた。
「おい、肉野郎。てめぇ一人でカチコミかけてきたわけじゃねえよな? さっきから黒ドクロの水晶がギャーギャーうるせえんだ。いるんだろ? もう一人」
「ん? てめぇは……ははぁ、お前か。ジャバルが言ってた裏切り者のカイルってのは」
「ああ、そうだ。ついでに言うと、そのジャバルは元オレの舎弟だ」
「何やってたんですか兄さん……」
カイルたちのやり取りを効いていたアゼルは、思わず呆れてしまう。とはいえ、いつまでも呆れてはいられない。次から次へと敵が出てくるからだ。
「まあいいさ、ついでに俺の名も教えておいてやる。俺はベイオン。お前たちを地獄に叩き落とす者だ! 行け、リビングデッドたち!」
「オオォ……アアァ……!」
「さあ、覚悟しな! リビングデッドは全部は万はくだらねぇ、この数を相手に勝てるわ」
「さっきからごちゃごちゃうるさいですわね。親子の団欒を邪魔しないでくださいまし! 戦技、操気……餓捨髑髏!」
再度、地中から百体を越えるリビングデッドたちが姿を現す。……が、何かが逆鱗に触れたらしく突如アンジェリカがキレた。
負の感情をたっぷりと溜め込み、とんでもない大きさになった丸いドクロが呼び出される。あまりの禍々しさに、全員が圧倒的される。
「許しませんわよ……しばらくぶりにお父様と再会出来たというのに、茶々を入れてくるなど! お父様とお話して、宴でアゼルさまといい雰囲気になってから【ピー】と【ピー】な予定がパーに……」
「あの、その、えっと……アンジェリカさん?」
「餓捨髑髏、ゴーですわ! あの不届き者を爆殺なさい!」
「コノ怨ミィィィ……晴ラサデオクベキカァァァァァァァ!!!」
「おあああ!? こ、こっち来るんじゃねぇぇぇ!! リビングデッドども、俺を守れぇぇぇ!!」
怒り爆発状態なアンジェリカの指示を受け、ドクロがカッ飛んでいく。凄まじい殺意を感じ取り、ベイオンは守りを固める。
「リリン先輩たちはリビングデッドの相手をお願いしますわ! あの腐れ【ピー】だけはわたくしがとっ捕まえてはらわた引きずり出してやりますわ!」
「ん、あ……はい」
「わぁすごい。リリンが押されてるぅ」
「ああ……娘が不良になってしまった……うーん」
「ああっ、将軍! し、しっかり!」
急にリーダーシップを見せ始めたアンジェリカに圧倒され、思わずリリンは従ってしまう。流石のメレェーナも冷や汗をかいていた。
一方、アシュロンは娘の変貌っぷりにショックを受け立ったまま気絶してしまった。部下たちに抱えられ、皇帝たちと一緒に避難していった。
「……はっ! あ、アンジェリカさんだけに任せっきりではいけません! ぼくたちも戦わないと!」
「ん、あ……そ、そうだな。戦士たちよ、出遅れるな! 霊獣の一族を敵に回したツケを支払わせるのだ!」
「お、おおーーー!!」
餓捨髑髏の禍々しさに気圧されていたアゼルたちは、やっと我に返り戦闘が始まる。必死の形相で逃げ回っているベイオンは、外にいるフレッシュゴーレムを見上げる。
(ジャバル、早く作戦通りに進めてくれー! このまま捕まれば、死ぬ……! まず間違いなく、普通の死に方は出来ねぇ! そんなのはゴメンだ!)
脂汗をダラダラ流しつつ、ベイオンは柵を飛び越え森の中へ飛び込む。それを見たアンジェリカも、相手を追って走り出す。
「アゼルさま、わたくしはあの男を追いますわ! もう一人の闇霊とリビングデッドたちはお任せしましたわ!」
「あ、はい……どうぞごゆっくり……って、行っちゃった」
アゼルの答えを最後まで聞かず、時間が惜しいとばかりにアンジェリカは餓捨髑髏と共に森の中へ突撃していった。
これ絶対今日の夢に出るな……と、アゼルはそんなことを考えつつリビングデッドに斬りかかっていった。
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「始まったな。それにしてもベイオンの奴、すげぇ俊足っぷりだったなぁ。さて、こっちも仕上げにかかるとするか」
フレッシュゴーレムの頭部内にある空洞で、ジャバルはある作業を行っていた。特殊な器具を使い、死体の顔を整形しているようだ。
「よし、これでいい。ククク、こいつを見たら驚くだろうなぁ、あのガキ。今から楽しみだ。さあ……よみがえれ。牙の三神官が一人、ヴァシュゴル!」
かつての敵が、復活を果たそうとしていることを、アゼルはまだ知らない。




