273話―おいでませ霊獣の里!
帝都を出たアゼルたちは、霊獣の里へ向かう。ボーンバードを利用しているので、あっという間に目的地へ到着した。
「おー、すげぇ。何て言うか……見違えたな?」
「シャスティ……お前な。もっとこう、感想としていろいろあるだろう?」
「いや、そうは言ってもよ。それしか言い様がないじゃん?」
「……見事に開拓されてますね、あの鬱蒼とした森が」
かつてそこに存在した、木々の生い茂る森は歴史の変化によって完全に別物になっていた。不要な木々は伐採され、あちこちにツリーハウスが建っている。
手作りの橋が木々の枝の間に伸び、狼たちが忙しそうに行き来している。長い時を経ても、霊獣の一族は栄えているようだ。
「凄いねー、アゼルくん。この森一帯ぜーんぶ、あの狼さんたちのものなんだね!」
「そうみたいですね、メレェーナさん。さ、とりあえず降りましょう。いつまでも浮いてたって仕方ありませんし」
「おー! れっつごー!」
森の入り口らしき場所の側にボーンバードを着陸させ、アゼルたちは里に入ろうとする。が、その時だった。里の中から、走ってくる者たちがいたのだ。
走ってきたのは、銀色の髪が特徴的な麻の服を来た二人組の幼い少女だ。頭にはちょこんと狼のような耳が生え、腰にはしっぽがある。
「きたー! にーちゃ!」
「にーちゃ! にーちゃ! あそぶ!」
「え? え? 一体だわぷっ!?」
「ああっ! アゼルが幼女の下敷きに!」
二人組の幼女は、千切れそうな勢いでしっぽを振りつつアゼルに突進する。地面に押し倒し、あろうことか顔をぺろぺろ舐め始めた。
「な、な、な、な、な~!? なんとうらやま……こほん、けしからぬことを! わたくしも混ぜ……ではなへぼぉ!」
「ややこしくなるからおめぇは黙ってろ! カイル、こいつらひっぺがすぞ!」
「任せろシャスティ!」
「た、たひけて……」
「きゅーんきゅーん!」
「くぅーんくぅーん!」
相変わらずなアンジェリカの脇腹を蹴りで抉った後、シャスティはカイルと共にアゼルの救出に取りかかる。
が、思いの外幼女たちの握力が強く引き剥がせない。まるで接着剤でくっつけたかのように、頑としてアゼルから離れようとしなかった。
「こンのー! 離れろってーの……あいたっ! こ、こいつ噛みやがったぞ!」
「がるるるー!」
「ヤバいな、リリン! お前らもてつだ」
「コラ! 何をしている、ムー! ルー!」
いよいよリリンたちも加勢に……と思われたその時。里の方から女の声が響いてきた。声を聞いた幼女たちは、ビクッと身体を震わせアゼルから離れる。
するとそこへ、幼女たちと同じく銀色の髪をした大柄な女性が歩いてきた。腰まで届く長い髪が陽光を反射し、美しく輝いている。
「ままー……」
「ごめんちゃ……きゃいん!」
「その姿で相手を舐めてはいけないと何度言ったら分かる! 我らの恩人が来たからと、舞い上がるな!」
「ごめんなさーい……」
首根っこを掴まれ、アゼルたちから離れたところに降ろされた幼女たちは脳天にげんこつを食らう。目尻に涙を浮かべながら、母親に謝った。
フンッと息を吐いた後、女性はアゼルたちの方にやって来た。アゼルを助け起こし、深々と頭を下げる。
「申し訳ない、アゼル。どうにもやんちゃになってきてしまってな、我が言って聞かせてもいたずらばかりし」
「ちょ、ちょっと待ってください。申し訳ないんですけど……どちら様でしょうか?」
「ん? 我だよ、アゼル。かつてそなたに娘共々蘇生してもらった……鎮守の獣、ムルだ。ほれ」
女性はそう言うと、何やらブツブツ唱える。直後、姿が変わり銀色の体毛を持った美しい大狼へと姿が変わった。
アゼルたちもよく知る、霊獣の森の支配者――鎮守の獣ムルがそこにいた。
「えええええ!? む、ムルさん!? じゃあ、あの子たちは」
「左様。我の娘たちだ。驚いたかな?」
「おいおい、どういうことだ? 人が狼になったぞ」
何が何だか分からず、アゼルたちは混乱してしまう。そんな彼らを見かね、ムルはとりあえず里の中へ招き入れる。
「まあ、立ち話もなんだ。里へ招待しよう、着いてきておくれ。もうすぐ、宴も始まるからな」
「じゃあ、失礼しま……わっ!?」
「にーちゃ!」
「いっしょ、いく!」
ついさっき叱られたのをもう忘れたのか、ムーとルーはアゼルにくっつく。もう怒る気も失くしたようで、ムルはため息をついた。
「済まぬ、アゼル。娘たちの気が済むまでそうしててもらえるか? ボーンバードに気付いてから、ずっとこの調子でな」
「分かりました。それくらいなら別に……」
「羨ましいですわ……わたくしもちいちゃくなればアゼルさまと……」
「貴殿は本当に……。いや、ある意味で大物だなこれは」
血の涙を流して悔しがるアンジェリカを見て、アーシアは呆れ果てる。里に入った一行は、中央の大木に建てられたにある大きなツリーハウスに案内された。
「さ、上がっておくれ。ムー、ルー、アゼルたちに茶を。とびきり上等なやつをな」
「はーい!」
「はーい!」
アゼルから離れ、姉妹はとてとて台所の方へ走っていく。二人が戻ってくるまでの間、アゼルたちは世間話をする。
「そうなんですか、人化の魔法を……」
「ああ。そなたが我らの祖先、ルスタファ様を助けてくれたおかげでな。血の濃さを保てたおかげで、習得出来たのだよ」
ムルの話したところによると、霊獣の一族が全員生存したまま移住出来たことで、長い年月をかけて力を蓄えることが出来たのだという。
その結果、霊獣たちは獣人へ変身する魔法を身に付けアークティカ帝国と友好関係を結べるようになったらしい。そこまで話したところで、ムルは頭を下げる。
「アゼル。これも全てそなたのおかげだ。我ら親子だけでなく、一族丸ごと救ってくれて……本当に、どう感謝すればいいか」
「いいんですよ、ムルさん。こうして、霊獣の皆さんが平和に暮らせているのを見るだけで十分ですから」
アゼルはそう言いながら、窓の外を見る。里のあちこちで、霊獣たちが宴の準備をしている。とても楽しそうな笑顔をうかべながら。
その笑顔を見られただけで、アゼルにとっては十分だった。自分のしてきたことがムダではなかった――その事実が、温かく心を満たす。
「ただ……」
「ただ?」
「広場にあるぼくの像、撤去出来ませんか? 流石にあれは恥ずかしいです……」
が、すぐにアゼルの顔がひきつった。何しろ、広場のド真ん中に高さ十メートルはあるだろう自身の胸像が置かれていたのだから。
「そういうわけにはいかぬ。あの像は我らの……ん、この匂い。どうやら、他の客人が到着したようだ。済まぬが、出迎えに行ってくる」
「ままー!」
「おちゃ、おちゃ!」
「済まんな、娘たち。我は客人の出迎えに行かねばならん。戻るまでアゼルたちに遊んでもらいなさい」
「はーい!」
どうやら、エルフリーデたちが到着したらしい。ムルはお茶を乗せたお盆を持って戻ってきたムーとルーにそう伝え、窓から飛び降りる。
着地しつつ仲間を呼び集め、出迎えに向かった。残った娘たちは、アゼルの方へ視線を向ける。嫌な予感を覚え、アゼルの頬を冷や汗が伝う。
「にーちゃ……ムーと、あそぶ」
「ルーも、あそぶ」
「う、うん。な、何して遊ぶ?」
「おい、リリン。構えとけ」
「任せろ、シャスティ」
嫌な予感を覚えたのはリリンたちも同様だったらしく、すぐに身構える。が、彼らは甘かった。ムルに言われたことを覚えていたムーとルーは、変身を解く。
「きゅうーん!」
「あおーん!」
「ちょ、狼になったら逃げら……アーッ!」
「アゼルぅぅぅぅぅ!! クソッ、全員手ェ貸せ! ひっぺがすぞ!」
「イエスマム! ですわ!」
狼形態に戻ったムーとルーにのしかかられ、アゼルはまたしても顔を舐められる。その後、ムルが戻るまで全員片っ端から舐められまくるのだった。




