272話―懐かしの故郷へ
フライハイトを発ったアゼルたちは、十日ほどかけて故郷であるアークティカ帝国へと帰還した。久しぶりの帝都に、アゼルたちの心が躍る。
「いやー、リクトセイルに帰ってくると凄い安心するな! まるぜ実家に戻ったみたいだぜ」
「そうですね、シャスティお姉ちゃん。ここには、思い出もたくさんありますし」
「ええ! わたくしとアゼルさまが出会ったのも素敵な思い出の一つですわ!」
街の中に入ったアゼルたちは、思い出話に花を咲かせつつまずは冒険者ギルドに向かう。自分たちの無事を、グランドマスターたちに知らせるためだ。
ソル・デル・イスカに到着してから、ほとんど連絡を取れていなかったため皆心配しているだろう……という考えもあってのことだ。
「こんにちはー。グランドマスターは今会えま……あっ、あなたはカリフさん!?」
「おや、お久しぶりですねアゼルくん。あなたの活躍は私も聞き及んでいますよ」
ギルド本部に入ったアゼルは、受付カウンターに向かおうとして驚きの声をあげる。二階に続く階段から降りてきた人物を見たからだ。
降りてきたのは、かつてアゼルが所属していた冒険者ギルド・ペネッタ支部のギルドマスターをしていたエルフの男性……カリフだった。
「わぁ、久しぶりですねカリフさん! お元気そうで何よりです!」
「ええ、そちらも元気そうですね。いやぁ、今日は本当にめでたい日だ。こうしてあなたに会えましたからね」
「あ、そういえば……カリフさんはどうして本部に?」
リリンたちと出会う前、まだグリニオたちとパーティーを組んでいた頃アゼルはよくカリフの世話になっていた。
奴隷のような扱いを受けていたアゼルを庇い、グリニオたちを諌めてくれていたのだ。もっとも、当時の彼らにはまるで効果がなかったが。
「ああ、実はですね。少し前に処刑されたラズモンド卿の後任として、私が最高幹部に抜擢されたんです。今日はその手続きをしに来ました」
「えっ、そうなんですか!? おめでとうございます、カリフさん!」
和気あいあいと談笑する二人を、リリンたちはちょっと離れたところでぽつんと見守っていた。とてもではないが、会話に割って入れる空気ではない。
「……なんだろう、凄いのけ者にされている気がする」
「気がするじゃねえよ、リリン。されてんだよ今」
「まあ、仕方あるまい。余たちはあの二人の関係も知らぬのだから」
怒られた子犬のようにしゅんとしつつ、リリンたちは話が終わるのを待つ。しばらく雑談が続いた後、カリフはある話を切り出す。
「実はですね、この後ある場所で宴が開かれるんですよ。よかったらアゼルくんたちも参加してみては?」
「宴、ですか?」
「はい。帝都の近くに、霊獣たちが住む里があるのは知ってますよね?」
「え、さ、里!? 森じゃなくてですか?」
カリフの言葉に、アゼルだけでなく離れて話を聞いていたリリンたちも驚く。確かに、リクトセイルから少し離れた場所にムル親子が住む霊獣の森がある。
だが、お世辞でも里と呼べるような場所ではない。内心首を傾げていたアゼルは、一つの可能性に思い至った。
(そうか! ぼくが過去を変えてルスタファさんの一族を全員生き返らせたから、歴史が変わったんだ!)
過去のファルガシール公国における冒険で、アゼルとリジールはムルの祖先である霊獣ルスタファと出会い、死に絶えた一族をよみがえらせた。
結果、良い方向へと歴史が変わったのだ。ムルたちの様子を確かめるべく、アゼルは同行することをカリフに告げる。
「分かりました。せっかくなので、ぼくたちも参加させてもらいます」
「ああ、そうですか。なら、私の方からグランドマスターに連絡しておきましょう。今日の宴は、皇帝陛下たちもいらっしゃいますからね。とても華やかですよ」
「ありがとうございます、カリフさん。このまま里の方に行っちゃっても大丈夫ですかね?」
「問題はありませんよ。先に行ってもらって大丈夫です」
「じゃあ、先に行ってます。皆、行きましょう」
カリフと別れ、アゼルたちはムルたちが住む霊獣の森……改め、霊獣の里へ向かう。大通りを歩きながら、一行は雑談をする。
「しっかし、驚いたもんだなぁ。あの鬱蒼とした森が里になってるんだろ? どんな風に変化してるんだろうな」
「さぁな、自分の目で見ればいい。……それにしても、改変される前の歴史は私たち以外は誰も覚えていないようだな。まあ、それも当たり前か」
「そうだねー。あたしたち以外、みーんな記憶が改変されちゃってるみたいだね」
シャスティやリリン、メレェーナがやいのやいの騒いでいる間、アゼルは一人考え事をしていた。最後の旅を完遂するためには、木箱の封印を解かねばならない。
(封印は残り九個。そのうち一つは、この国の人たちが開けてくれる……って思いたいな。そうじゃないと、恥ずかしい……)
メルシルやカリフ、ジークガルムにアシュロン、皇帝エルフリーデ……そしてムル親子。皆、アゼルと絆を築いた、かけがえのない友だ。
彼らとの絆が木箱の封印を解くのに値すると確信しているからこそ、アゼルは最初にアークティカ帝国を訪れた。故に、封印が解けなかった時のことを考えると……。
「なーに悩んでんだよ、アゼル。これから宴だってのに、そんな暗い顔してちゃ皆興ざめだぜ?」
「あ、兄さん。いえ、宴の席で集まった人たちに木箱を開けてもらえないか頼むつもりでいたんですけど」
「もし封印を解除出来なかったらどうしよう、とか悩んでんだろ? どーせ。大丈夫だって、この国でのお前の活躍はオレも知ってる。これまで築いた絆を信じろ。全部上手くいくさ」
「……そうですね。まずは信じるところから始めます」
「ああ、それが一番だぜ」
カイルに励まされ、アゼルは気を取り直す。気持ちを明るい方に向け、里がどうなっているのか楽しみにしながら帝都の外へ向かう。
が、彼らは知らなかった。人混みに紛れ、これからの一行の動向を探っている人物がいたことを。
◇―――――――――――――――――――――◇
『朗報だ、ジャバル。奴ら、やっぱり帝都に居やがった』
「やはり、か。なら、仕事がやりやすい。で、連中はまだ帝都に居るのか? ベイオン」
『いや、帝都の外に出てくところだ。奴らの話をチラッと聞いたが、霊獣の里に行くらしい』
帝都近郊にあるダンジョン、ロランティマ洞窟。かつてアゼルが霊体派ネクロマンサーの一角、『捻れの魔女』ビアトリクと戦った場所。
その最深部に、一人灰色の服を来た男が一人いた。連絡用の魔法石を使い、何やら相方と話をしている。
「霊獣の里だぁ? ……ああ、そうか。アゼルは例の犬っころどもと仲が良いんだっけな。全員で行ってるのか?」
『ああ。しかもだ、都合のいいことに皇帝とその護衛に加えて冒険者ギルドのトップ連中も集まってバカ騒ぎするらしい。カモがネギと鍋まで持ってきてくれたってわけだ』
「クハハッ、そりゃいいや! んじゃ、早く帰ってこい。奴らを潰す作戦、始めるぞ」
『ああ。俺たち屍肉派とお前ら霊体派の、本格的な共闘だ』
すでに動き始めていた霊・肉同盟が素早くアゼルたちの動向を捉えた。最大の脅威を排除するべく、霊体派ネクロマンサー、ジャバルと屍肉派ネクロマンサー、ベイオンが動く。
「クッフッハッハッ。楽しみにしてな、小僧。楽しいパーティーを滅茶苦茶にしてやるぜ。お前のだぁーい嫌いな奴らを使ってな」
相方との連絡を終えたジャバルは、すぐ側の地面に置いていた人形を拾い上げる。それは、かつてビアトリクが術の媒介に用いていたものだ。
「見せてやるよ。霊体派と屍肉派の芸術的コンビネーションってやつをな。さて、ベイオンの奴が帰ったら早速始めねえとなあ」
ジャバルは心底嬉しそうに、早口で独り言を呟きながらその場をうろうろぐるぐるする。これからの行う計画を実現させるのが、楽しくて仕方ないようだ。
あまりにも激しく歩き回るせいで、腰のベルトに挟んでいた一枚の写真が落ちる。それに気付いたジャバルは、歩くのを止め拾い上げた。
ガルファランの牙の最高幹部が一人、ヴァシュゴルの全身が写った写真を。
「昨日の敵は今日の友ってぇーコトワザがあるが、オレから言わせりゃ……昨日の敵は今日も敵って方がしっくりくるぜ。ヒャーハハハハハ!!」
激突の時は、近い。




