267話―怒りに触れし者の末路
「オラッ、くたばりなジジイ!」
「カッカッカッ、威勢だけは一人前じゃのう。ほれほれ、のろまな槍など当たらぬぞ?」
グルーラ、リンベルが立て続けに勝利を収めていくなか、島の南に広がる草原ではビシャスが敵と戦っていた。
頑強そうな灰色の鎧に身を包んだ四本の腕を持つ巨漢は、それぞれの手に持った槍で途切れることのない連続攻撃を浴びせる。
「食らえぃっ! ふんぬっ!」
「当たらぬのう、かすりもせんわい。わしの千里眼がある限り、ぬしの技は……」
「ぐおっ!」
「わしを傷付けることはない!」
ビシャスは敵の攻撃を全て避け、飛び上がりつつ胸に回し蹴りを叩き込む。反動でふわりと宙に浮き、さらに連続蹴りを放つ。
「ほあたたたたたたたたたたたたた!!」
「ぐっ、ぬっ! フン、攻めてくる相手ほど捕まえやすいとはよく言ったもの。今の貴様は隙だらけだ! このバロウ様の四本腕で捕まえてやる!」
バロウは槍を消し、蹴りを続けているビシャスに向かって腕を伸ばす。が、千里眼の力の一つ『未来視』によって動きを読まれ避けられてしまう。
「カッカッカッ、惜しいのう。あと少しで捕まえられたんじゃが」
「んのジジイ~!!」
「やはり生身の相手はいいのう。千里眼がしっかりと機能するわい」
カイルとの戦いが相当なトラウマになったようで、ビシャスはホッと胸を撫で下ろしていた。霊体の相手は、もうしたくないらしい。
相性が極めて悪い相手であるため、仕方のないことではあるが。
「おのれ~! ならば、絶対に逃げられないようにしてやる! ガジャット・アーム射出!」
「ほお、これは面白い。腕が勝手に空を飛ぶとは、結構な宴会芸ぢゃのう」
「余裕だな、ジジイ。だが、そんなへらへら笑ってられるのも今だけだぜ! ハアッ!」
バロウは上側の右腕を除く三つの腕を、肘の辺りで切り離し遠隔操作し始める。さらに、それらの腕が分裂を繰り返しあっという間に増えていく。
「ふむ、数を増やせばわしを捕まえられる。そう思っておるのじゃな?」
「グフフ、さっきから千里眼千里眼うるせぇからな、その目が何かしら悪さしてんだろ? 老いぼれの目で追いきれねぇ数で! 叩きのめしてやるよ!」
再び槍を呼び出したバロウは、地面に柄の先端を叩き付ける。すると、宙に浮かぶ百近い腕が一斉に動き出しビシャスを襲う。
アリの這い出る隙間も与えんとばかりにスクラムを組み、あらゆる方向から腕が飛ぶ。これでもう逃がさない、そう思っていたバロウだが……。
「なるほど。んでは、叩き落とすとするかの。戦技、タイフーンリボン!」
「ああっ、てめぇ! 俺の苦労を一瞬で水の泡にしやがったな!」
黙ってやられてあげるほど、ビシャスは優しくはない。二本の鞭を呼び出し、襲ってくる腕を全て切り裂き叩き落とす。
千里眼を以てしても避けられない密度の攻撃が来るなら、全部潰してしまえばいい。至極単純な対処法であった。
「カッカッカッ、甘いのう。この程度、対処出来んでは雷霆の四肢は務まらぬわ。どれ、次はこっちの番じゃ。ほーれ!」
「フン、ならお前が対応出来なくなるまで腕を召喚し続けてやる! 勿論、俺自身も攻撃しながらなぁ!」
飛んでくる鞭を避けながら、バロウは再度大量の腕を召喚して攻撃を続行する。今度は自らも踏み込み、直接攻めていく。
「鞭ってのは不便だなぁ、ええ? 自分の間合いにいる間は有利でも、そこを越えられたら何も出来やしねえ。防御にゃ不向きな武器なのさ!」
「だからなんじゃいな。武器の相性だけで決まるほど、戦いというものは単純ではないぞ? 若いの」
「そういう上から目線な態度がムカつくんだよ! まずは喉だ。てめぇの喉を潰して、もう生意気な口きけねぇようにしてやる!」
自分も攻撃しながらでは大量の腕を飛ばせないようで、先ほどに比べて自立行動する腕の数は大幅に減っていた。
が、それでもビシャスの動きを制限し、反撃のチャンスを奪うことは出来る。隙が出来たのを見計らい、バロウは槍を放つ。
「また外れじゃのう。バロウとやら、おぬしはまだ若い。どうじゃ、ここでおとなしく退くのなら見逃してやってもよいぞ?」
「しっぽを巻いて逃げ帰れってか? それは出来ない相談だな! ラ・グー様のために俺はここにいるんだ、そんなことは出来ねえんだよ!」
「ふむ、仕方あるまい。どうやら、わしで最後のようじゃしのう。そろそろ、終わらせるとしようか」
「あ? 何を言って」
その時だった。空から落ちてきたなにかが、ビシャスとバロウを隔てる。直後、二人の頭上を大きな影が覆う。
見上げると、そこには鋼の鎧で全身を覆った巨大な竜が羽ばたいていた。ビシャスは手を振り、竜に呼び掛ける。
「よくわしの居場所が分かったのう、ジゼラ。他の二人はどうじゃったかの?」
「既に終わっている。後は、そこにいる者だけだ。手こずるようなら、我が代わるが?」
「カッカッカッ、よいよい。ぬしはそこで見ておれ。すぐ終わらせるでな」
「な……!? バカな、どうして……ザーズのアニキ、こんなひでぇ姿に……!」
不穏なやり取りをしているビシャスたちを気にもせず、バロウは落ちてきた物体に駆け寄る。謎の物体の正体は、四肢をもがれズタズタに切り裂かれた男だった。
「その者は、ヴァール様を侮辱したからな。故に、我の信条を一時破棄し瞬殺させてもらった。冥土の土産だ!その時の光景を見せてやろう」
「ぐっ!? なんだ、何かが頭の中に……」
ジゼラが吠えると、バロウの頭の中に映像が流れ込んでくる。それは、雷霆の四肢たちを分断した直後の出来事であった。
島の西に広がる砂浜にて、ロギが呼び寄せた魔の貴族の長ザーズとジゼラが対峙している映像がバロウの脳内に流れる。
『貴様か。我をここに飛ばしたのは。ふむ、この様子だと残る者らも似たような状況にあるのだろう』
『ああ、その通りだ。にしても、お前も運が悪いな。ラ・グー様の配下の中でも最強の実力者……このザーズと戦わなきゃならないんだからよ!』
囚人服を着た男、ザーズはニヤリと笑いながら鎖付きの鉄球を呼び出す。対するジゼラは、その場であぐらをかいた。
『何してやがる、お前』
『見ての通り、座ったのだ。最強を名乗るのであれば、我を立たせてみせよ。その自慢の鉄球でな』
『ハッ! ロギの報告通りだな。知ってるぜ、そうやって余裕こいた挙げ句に負けたんだろ? 年端もいかねえガキによ』
ザーズの言葉に、ジゼラは兜の奥で眉をピクリと動かす。それに気付かず、ペラペラと得意げにおしゃべりが続く。
『ざまぁねえもんだな、ええ? 親玉が親玉なら、部下も部下。揃いも揃って情けねえもんだぜ』
『……待て。貴様、今ヴァール様も侮辱したのか?』
『ああ、そうさ。ガキなんぞにやられるようなクソ雑魚ドラゴンどもが、まあ偉そうにしちゃって。そんな奴らに』
『もういい、今すぐその口を閉じろ。じっくり時間をかけて倒すつもりでいたが、今日はやめだ。我に対しては何を言ってもいいが、ヴァール様を侮辱する者は許さん!』
敬愛する主君を侮辱されたジゼラは、鎧に刻まれた鍵穴を光らせる。ただの威嚇だろうとタカをくくったザーズは、小バカにしたように笑う。
自分が破滅へ向かう階段を、一段どころか数段飛ばして登っているということなど知りもせずに。彼の一挙手一投足は、確実に己の寿命を縮めていた。
『言ってろ、鎧野郎! 俺の鉄球で、全身粉砕し』
『錠魔法奥義、全錠封鎖』
『て……あら!? ちょ、何だこの鍵のマークは! 鉄球が動かねえ!』
今から攻撃しようと身構えていたザーズを、錠魔法が襲う。自慢の鉄球と、そこから派生する能力を披露する間もなく封印されてしまった。
『貴様の能力は全て封印させてもらった。竜の逆鱗に触れる愚かさ、その身を以て学び死ぬがいい。奥義……守護者ニーズヘッグの鋼殻!』
『な、なぁ!? クソッ、卑怯だぞ! 自分だけそんな切り札連発し……ま、待て待て待て! やめろ、やめ……ぎゃあああああ!!』
『安心するがよい。一撃では死なせぬ。雷霆の四肢の長として、貴様に刻み込んでやろう。竜の怒りに触れる者の辿る末路をな!』
逃げようとするザーズを踏み潰しながら、ジゼラはそう口にする。静かに燃える怒りを湛えた、恐ろしい口調だった。
「……というのが、これまでに起きたことだ。ビシャス、もう一人のゴミの始末は任せる。遊ぶ必要はない、早々に仕留めよ」
「カッカッカッ、ではそうするとしようかのう。もちろん、地獄を味わわせてよいのじゃろ?」
「構わん。やれ」
バロウ同様、一部始終の映像を見ていたビシャスはグッと背伸びをする。最後の処刑が、始まろうとしていた。




