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266話―押し寄せる幸せの嵐

 島の東にある谷の上で、二人の女が死闘を繰り広げている。縦横無尽に空を飛び回るリルスを仕留めんとばかりに、リンベルは大量のナイフを放つ。


 相手の言動が気に食わないのか、乙女がしてはいけない修羅の表情を浮かべていた。やたらと滑らかな発音で叫びつつ、攻撃を加える。


「うるァァァァァァァァァァァ!!!! くたばりゃこの【ピー】女がァァァァァ!!!」


「ちょ、ま、このっ! 面倒臭いわね、こうなったら……チェンジ、モスキート!」


 ナイフの弾幕を張られて思うように接近出来ないリルスは、蚊そのものに変身する。小ささ故のスピードを利用して、一気に近付く。


「およ? あいつどこいった~?」


「私ならここさ! 隙アリだ、モスキートスティンガー!」


「あだっ! ……ん? あんまり痛くないなこれ」


「ハッ、バカな女め。モスキートスティンガーの怖さはここからさ。蚊が吸うのは血だが、私が吸うのは……お前の幸福な記憶だ!」


 リンベルの背中に腕の針を突き刺したリルスは、吸引し始める。相手がこれまでの人生で得た、ありとあらゆる幸せに関する記憶を。


 リルスは幸せな記憶を奪った分だけ、己を強化する能力を持つ。心をボロボロにした相手を痛め付け、じわじわと殺すのが大好きなのだ。


「さあ、お前からも奪ってやるよ。これまで殺してきた連中のように、幸福な記憶を全部……うっ!? な、なんだこれは!?」


「へーぇ、そんなことするんだ。いいよ、やれるもんならやってみなさいよ。幸せいっぱい絶頂モードのあたしから、全部吸いきれるんならね!」


 いつものように記憶を奪い、相手の精神を痛め付けようとするリルス。が、その戦法をやるにはあまりにもタイミングが悪すぎた。


 リンベルは千年の片思いに踏ん切りをつけ、あとは相手の返事を待つだけ――それも、前向きな答えが来るだろうことが明らかな状態にある。


「あがっ、あがが……! な、なんなのこの記憶の量……!? 吸っても吸っても、どんどん溢れてくる……!」


「あーっはっはっはっ! そりゃあそうさ! いやぁー、今になってさ、昔の楽しかったことをいっぱい思い出したんだよねー」


 その言葉通り、突き刺した針を通してリルスの中に大量の記憶が流れ込む。あまりの膨大さに、頭がパンク寸前なようだ。


 まず流れ込んできたのは、幼少期の思い出だ。


『リンちゃん、リンちゃん。これあげるー』


『なぁに、じーくん。あ、おはなのかみかざり! あたしにくれるの?』


『うん! がんばってつくったんだよ。はい、のせてあげるね!』


『わぁ、ありがとう! ずっとだいじにするね、じーくん!』


 リンベルにとって最も大切な、ジークベルトとの思い出。かつて過ごした日々の、微笑ましいワンシーンにリルスは敵ながらほっこりする。


(ふう、最初はどうなるかと思ってたけど。このレベルならどれだけ流れ込んできても問題ないわね。一気に全部吸い取って……)


 が、彼女は油断していた。この程度の記憶はほんの序の口に過ぎないということを、まだ知らなかったのである。


 いつの世も、軽いジャブの後には強烈なストレートが飛んでくるものだ。場面が変わり、十歳ほどに成長した二人が食後の片付けをしている様子が流れ込む。


『ありゃ、フォークが曲がっちゃってる……。うーん、これはもう使えないなぁ』


『どうしたのジーク……ってあれ、フォークダメになっちゃった感じ?』


『うん。これはもう捨てないとだね。今度、ナイフやスプーンも一緒に買い換えようっと』


『あ、じゃああたしが捨てとくね。他にもゴミが溜まってるし』


『そう? じゃあ、お願いね。お皿片付けてくるよ』


 食べ物を突き刺す部分が曲がってしまったフォークをリンベルに渡し、ジークベルトはキッチンへと向かう。


 自室に戻ったリンベルは、幼馴染みが使っていたフォークをジッと見つめる。少しして、にへらっとだらしない笑みを浮かべた。


『うぇへへ、また一つコレクションが増えたぞーっと。これもしまっとこ。まだお父さんたちは山一つ越えた街まで買い出しに行ったから、もう一個くらい……えへ』


 引き出しの中に入れてある、ジークベルトが使い終わった私物をしまう専用の箱にフォークを納め、リンベルは笑う。


 この時点で、ちょっとベクトルの違う方へ愛が加速し始めていたようだ。のちのレミアノールやフェムゴーチェに通じるものがある。


(甘かった……! なんなのこいつ、ちょっと……いや、マジでヤバ……!?)


 流れ込んでくる記憶にドン引きしていたリルスを、さらにヤバいモノが襲う。とてもではないが、誰にも見せられない。


「おや~? さっきから黙って冷や汗流してるけど、どうしたのかな~?」


「うっさいわこの変態! あんた、こんな……」


「あ、見たんだ。()()()()()()


「……は?」


「いや、ホントにやるわけないじゃん。バレたら村八分確定だし。そう――高度に発達した妄想は、過去の記憶と区別がつかないんだよ」


 ムダにキリッとした表情を浮かべ、リンベルはそんなことをのたまう。いろんな意味で自分が敵う相手じゃないと判断し、リルスは針を抜こうとするが……。


「ちょ、何で針掴んでんのよ! 放しなさいよ!」


「まあまあ。今さあ、幸せ過ぎて止まんないんだよねぇ、妄想がさぁ。だから……しあわせーな妄想を……お・す・そ・わ・け♥️ してあげるね♥️」


「ヒィッ! や、やめろ! こっちにヤバい妄想(そんなもの)を流し込むなァァァーーーッッ!!」


 世にも恐ろしい笑みを浮かべ、リンベルは針を通して凄まじい量の妄想を送り込む。この戦いが終わった後のジークベルトとのあれやこれやに関する、強烈なやつを。


「おごっ! あごっ! ふぁごっ! だ、ダメぇぇぇぇ!! 頭おかしくなるぅぅぅぅぅ!!」


「むー、失敬な! 神聖なる乙女の空想に何てこと言うの! お仕置き! 妄想ヒートアップ!」


「ぐあああああああ!!」


 とても口には出せないアレコレを叩き込まれたリルスは、瀕死の状態に追い込まれていた。どうにかして遮断しようとするも、リンベルがそれを許さない。


 もう片方の腕で反撃するだけの気力も失い、リルスはもうされるがままだ。が、そんな彼女に転機が訪れる。針が流し込まれる妄想の量に耐えきれず、自壊したのだ。


「ありゃ、針が壊れちゃ……ふべっ!」


「チャンス! よくもあんな【ピー】や【ピー】な妄想を送り込んでくれたな! ぶっ殺してやる!」


「ぷー、そんな満身創痍な状態で言っても迫力ないよー? ま、いいや~。早く帰りたいしもう終わらせるね。奥義、暴君ヴリトラの嵐!」


 全身に風を纏い、リンベルは暴風の化身たる竜巻の竜へと姿を変える。無造作に腕を振り、大きな両手でリルスを捕まえた。


「放せ! 出せったら、このっ!」


「やぁーだよ。そんじゃ、ま……サクッと死んでね。奥義、あかしまの大乱刃!」


「何を……!? なんだ、この風の刃は! くっ、やめ……ぐああああ!!」


 リルスを握り込み、逃げ道を奪ったリンベルは手のひらの中に大量の風の刃を作り出す。両手を押し付けて、うごめく刃で相手を切り刻む。


 断末魔の声がしばらく響いていたが、やがて静かになった。そっと隙間を作り中を除くと、そこにはミンチになった肉塊があった。


「うーわ、我ながらグローい。ま、いっか。どうせラ・グーの手下なんだし、殺したって誰も咎めないよね。さっさとヴァール様に報告して、一抜けしよーっと!」


 やるべきことを済ませたリンベルは、元リルスだった肉塊を谷にポイ捨てしその場を去る。彼女の頭の中にはもう、ジークベルトとの蜜月しかなかった。


「待っててねジーク! 今帰るからー!」


 恋する乙女の瞳は、キラキラと輝いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相手が蚊だけに何か吸うと思ったがよもや幸せな記憶とは(,,・д・) 聞く分にはヤバイが吸う中身はもっとヤバかったか(ーー;) 恐らく中身も15禁18禁な内容の良い子には見せられない数々か(…
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