265話―九頭竜が奏でる凍ての音色
「オレ様をコケにしやがったこと、地獄で後悔させてやるぜ! 食らえ! レイジングノイズ!」
「指向性を持った音波攻撃か……くだらねぇ。そんなモン、当たらねえよ!」
ビーゼは手に魔力を込めてギターを掻き鳴らし、円形の超音波を飛ばしてグルーラを攻撃する。翼を広げて飛翔し、グルーラは音波を避けた。
連続で放たれる音波を回避しつつ、両腕を氷のブレードで覆う。攻撃が途切れた隙を突き、地面に向かって真っ逆さまに急降下する。
「次はオレの番だ。めくるめく魅惑のアイスショーを楽しませてやるよ。戦技、フリージング・オン・ステージ!」
「なんだぁ!? 地面が凍りやがっただと!?」
突き刺されたブレードを伝い、氷の魔力が地面に拡散していく。数秒もしない内に、見渡す限りの荒野が全て氷の大地へと変わった。
「戦技、アイススケート・レッグ! 熱いビートが自慢なんだろ? なら、オレのクールなクラシックソウルも燃やしてみやがれ!」
「望むところだ! レイジングノイズ・デッドリーメタル!」
弦を押さえる位置を変え、ビーゼは重厚な低音を鳴らす。先ほどよりも遅いが、威力があるのだろうひし形の音波が放たれる。
「さあ食らいやがれ! そいつはてめぇにブチ当たるまで延々追いかけるぜ! 激しいメタルの衝撃で、バラバラになっちまいな!」
「ほー、おもしれぇ。なら、こっちも対抗してやる。クラシックの妙技、受けてみろ! 戦技、ブリザードスラッシャー・歩くような速さで!」
グルーラが技を発動すると、右腕を覆う氷のブレードが太く短いこん棒のような形状に変化した。もはや剣と呼べないソレを、ゆっくり振り下ろす。
「ギャーヒャヒャヒャ! 何だ? その不恰好な剣はよ。 ハッ、そんなムダなこだわりに、何の意味もなっ!?」
「何の意味も、何だ? まあ、確かになかったな。お前の音波がオレを粉砕するなんて未来はよ」
音波と氷のこん棒がぶつかり合った直後。一方的にグルーラが打ち勝ち、音波を消滅させてしまった。予想外の事に、ビーゼは固まる。
「あ、あり得ねぇ。オレ様のレイジングノイズが!」
「つまんねー技だな。もっとオレを楽しませてくれよ。ヴァール様がようやく正気に戻って、やる気が溢れてんだ。肩透かしで終わ……おっと!」
「黙れ黙れ黙れ! 一度ならず二度までもオレ様をコケにしやがって! なら、これならどうだ! レイジングノイズ・バーンシャウト!」
モヒカンを激しく揺らしながら、ビーゼはギターを掻き鳴らす。今度は小さく丸い音波の塊が連続で発射され、着弾と同時に爆発を起こす。
凍った地面を滑走して爆発を避けながら、グルーラはブレードの形を変化させる。今度は、こん棒から湾曲した刃になった。
「お次はもっとクールに行くぜ! 戦技、ブリザードスラッシャー・もっとも強く!」
「舐めんじゃねぇぇぇぇ!! 粉々になりやがれぇぇぇぇぇ!!」
一旦距離を取った後、真っ直ぐビーゼに向かって突撃していく。真正面から音波の嵐の中に飛び込み、全てを叩き落とす。
力強く優雅な姿に、ビーゼは激しい嫉妬の炎を燃やす。音を鳴らすのをやめ、ギターを両手で掴みバットのように振りかぶる。
「ふざけやがって! オレ様が負けるなんてこと、あっていいわけねえだろうがぁぁぁ!!」
「っと、危ねぇな。ダメじゃねえか、大事な楽器を粗末に扱っちゃあよ」
「うるせぇぇえ!! レイジングノイズ・アッパーテンポ!」
逆上したビーゼは振動するギターを振り回し、グルーラを叩きのめそうとする。音楽家にとって、己の半身とも言える楽器を粗末に扱う様を見て、グルーラはため息をつく。
「……はあ。ちっと期待してみれば、結局雑音を垂れ流すだけだったな。もういいや、遊びに付き合うのは終わりだ。奥義……獄卒ヒュドラの氷牙」
すっかり気持ちが冷めたグルーラは、素早く後ろに下がりながら奥義を発動する。全身を冷気が包み込み、アンジェリカと戦った時同様、姿を変えた。
九つの首を持つ、監獄を統べる巨大竜へと。
「ハッ! 竜になったからなんだってんだ。むしろ、的がデカくなって当てやすくなったぜ! レイジング……がはっ!」
「させねえよ。言ったろ? 遊びに付き合うのは終わりだって……な!」
音波を放とうとするビーゼに、グルーラは首を一つ伸ばして頭突きを叩き込む。別の頭を伸ばし、ギターをひったくって遠くへ放り投げる。
「てめぇ、何をしやがる!」
「あんだけ粗末に扱ってんだ、もう要らねぇってことだろ? ま、要る要らないは別にして、お前はもう何も持てなくなるがよ」
「どういう意味……ぐああっ!」
「こういう事さ。アンジェリカ相手に決めてやるつもりだった技、てめぇで決めてやる。ほぉら、氷の牙は冷たいだろォ? 手足が、凍っちまうくらいに」
グルーラは四つの首を伸ばしてビーゼの両手首と足首に噛み付く。牙を通して冷気が送り込まれ、少しずつ手足を凍らせる。
表面だけでなく、内側の骨や筋肉、血管に神経までもが凍っていく痛みは想像を絶するものがあるのだろう。ビーゼは半狂乱になり、ひたすら叫ぶ。
「ぐあああああああ!! やめろ、やめてくれ! もう帰る、帰るから! もうあんたらに手出しはしねえよぉ!」
「今さらおせぇーんだよ、ボケ。てめぇ、ロギって奴の仲間なんだろ? つまり、ラ・グーの部下ってわけだ。そんな奴を生かして帰すほど、オレは甘くねえんだよ」
「ゆ、許して……」
「ダメだね。戦技……アイスボディ・ジ・エンド!」
グルーラは手足を噛んでいる首を外側に向かっておもいっきり振り払う。完全に凍り付いていたビーゼの手足は、その衝撃で根元から砕け散る。
呆然とした表情を浮かべたまま落下してく本体に、残る五つの首が向かっていく。冷気を湛えた口をゆっくりと開き、そして……。
「あばよ、エセミュージシャン野郎。ハァーーーッ!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!」
冷気のブレスをモロに浴びたビーゼは苦悶の表情を浮かべたまま氷像と化し、地面に叩き付けられ粉々に砕けた。
残骸を足で踏み潰し、グルーラは九つの首を天に伸ばして雄叫びをあげる。雷霆の四肢の本当の強さを、見せつけての勝利だ。
「ハッハハハハハ!! 勝つってのは気分がいいねぇ! 誰も見てねえのが残念だが……ま、別にいいか。他の連中も、オレが手を貸すまでもなく勝ってるだろうなこりゃ」
仲間の勝利を確信しているグルーラは、特に助太刀に行くつもりはないようだ。氷の椅子とバイオリンを作り、優雅に一曲奏で始める。
「最近は忙しくて弾いてる暇がなかったからな。今度久しぶりに、天竜街でコンサートでもやるかねぇ」
寒風吹き荒ぶ最果ての島に、氷のように透き通ったバイオリンの音が響く。とても静かで、心が洗われるような音色だった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「おー? どこからともなく聞こえてくるこの音色。ふっふーん、グルーラってばもう勝っちゃったんだ。やっぱ切り込み隊長は違うなー」
「隙だらけだよ、レオタード女!」
「へへーん、当たりませんよーだ。べー!」
グルーラが勝利を飾った、ちょうどその時。雷霆の四肢の紅一点、リンベルは蚊を擬人化したような姿をした女と戦っていた。
次々と突き出される細い針を、ぬるぬるした動きで避けていく。想い人への告白が叶い、絶好調なようだ。
「チッ、ちょこまか逃げやがって。やりにくいったらありゃしないよ、全く」
「ふふふ、今のあたしは一味違うんだなーこれが。何せ、これまでの人生でサイッコーに幸せだからね! 負ける気なんて微塵もないよ!」
「……へぇ、幸せねえ。なら、その幸せ、全部吸い取ってあげるよ。魔の貴族が一人、このリルスがね!」
女――リルスはそう口にし、針をペロリと舐める。その動きを見たリンベルは、素で引いていた。
「うわ、キモッ。ないわー、針ペロとかマジでないわー。貴族の品性とかゼロじゃん、キモーい。そんなんだと、嫁の貰い手もいないね。かわいそー」
「あ゛? そんな格好したクソビッチに言われる筋合いはないね。何さ、そのエグい食い込みは。おお、嫌だ嫌だ。腐った性根が透けて見えるよ、全く」
「あ゛?」
「あ゛あ゛ん゛?」
互いに嫌味を吐き散らし、火花を散らす。リンベルは恋する乙女がしちゃいけない表情を浮かべ、両手にずらりとナイフを並べ持つ。
「お前……殺すね♥️」
「ハッ、そっくりそのまま返してやるよ!」
世にも恐ろしい女の戦いが今、幕を開ける。




