263話―本当の敵は
「お前、は、一体……いつから、入れ替わって……」
「ソル・デル・イスカに襲撃をかけた時にね。大勢いたからねぇ、入れ替わるのは楽だったさ。本物は今頃、一人ぼっちで泣いてるだろうねぇ。ククク」
祭壇の上に陣取り、ロギはアゼルを見下ろしながら答える。最後の最後で盤面をひっくり返すことに成功した愉悦に、心から浸っているようだ。
「そこからは実に簡単だったよ。そこに倒れている竜は狂っているから、多少の違和感は覚えても私の正体を見抜けない。君を利用出来る立場になるのは、簡単だったよ」
「逆鱗の炎片を奪うために……騙していたんですね。ぼくを、皆を!」
「ああ、そうとも。君に語った言葉は全部ウソ。あんなことは、欠片も思っちゃいない。……ああ、君に感謝しているのは本当だよ? こうして、目的のモノを手に入れられたんだから!」
刺された腹を押さえ、苦しそうに顔を歪めるアゼルを嘲笑いながら、ロギは祭壇の上で燃える逆鱗の炎片に手を突っ込む。
すると、炎が腕を伝い全身を包み込む。その身を焼かれることなく、ロギの身体に力が宿る。千年の間注がれてきた、ヴァールの力が。
「クフ……クハハハハハハ!! 素晴らしい、これがファルダ神族が作り出した炎の力か! たった一つの欠片だけでこれなのだ、全て集めれば……」
ロギの視線に晒され、アゼルの背中を冷たい汗が流れる。自分が所有している四つの炎片をも奪おうとしていることに、気が付いたのだ。
「……どれほどの力を、得られるのだろうなぁ?」
「クッ、まずい! 逃げろアゼル!」
「クソッ、手足さえ動けば! 早く元に戻りやがれ、チクショウめが!」
未だ手足が黄金化したままのアーシアたちには、叫ぶことしか出来ない。ヴァール戦での消耗が祟り、満足な威力の遠距離攻撃も不可能な状態だ。
「安心するといい。一人だけ殺すなんて可哀想なことはしない。皆纏めて! 始末してあげるよ!」
「!? 炎が、形を変えて……!」
ロギは炎を取り込み、その力を本格的に用いる。全身から炎を吹き出させ、自身をヴァールそっくりの黒い竜へと変化させた。
ドス黒い光沢を放つ炎の鱗に包まれた邪竜が、生まれたのだ。ヴァール本人よりも、巨大な存在となって。
「なんつーデカさだ……アタシらが万全でも、勝てるか分からねえ」
「フフフ、そんなことを考える必要はないのさ。ここで全員、消し炭になるからね。君たちの冒険はこれで終わり。ゲームオーバーだ!」
ロギは口元に黒炎を溜め、アゼルたちを焼き付くそうと構える。アゼル一人なら逃げられるだろうが、仲間を見捨てることになってしまう。
アーシアたちを見捨てて逃げる。そんな選択肢を取れるほど、アゼルは非情ではない。腹を押さえながら立ち上がり、斧を向けた。
「来るならこい! ぼくは、最後まで絶対に諦めない! 例え全身を焼き付くされようとも、何度でもよみがえって抗ってやる!」
「ハハハハハ!! それじゃあ、もう二度と生き返れないように! 魂までも焼き付くしてあげようじゃあないか! 死ね、アゼル! ブラックフレ……」
「そうは……させぬわ!」
ロギの顎が開き、地獄の炎が放たれようとしたその時。倒されたはずのヴァールが起き上がり、ロギの首に噛み付いたのだ。
「ガアアアアッ! バカな、貴様何故生きて!?」
「愚かな。竜の生命力を舐めるでないぞ。倒されこそしたが、息絶えるほど妾は弱くないわ!」
「ヴァール、さん……もしかして、正気に戻ってる?」
再度雷の手足を作り出し、ヴァールは噛み付いたままロギの身体を壁に叩き付ける。その様子を見たアゼルは気付く。
これまでヴァールの言葉の端々にあった、狂気に満ちたノイズが消えていることに。千年の狂気を打ち払い、偉大なる王が帰ってきたのだ。
「ぐうう……ガハァッ!」
「なんだ、堪え性のない。その程度でブレスを吐いてしまうとは。子竜でもまだ、我慢出来るというのに」
「黙れ! この死に損ないが!」
「グウッ……!」
痛みに耐えかね、ロギは天井の穴に向かってブレスを暴発させてしまう。嘲笑うヴァールを渾身の力で引き剥がし、床に叩き付ける。
「チィッ……まだ完全に炎片が馴染んでいないか。ならば……打つ手は一つ。逃走のみ!」
「あっ、ズリいぞてめぇ! 逃げるな、コラー!」
「バカめ、私の目的は炎を奪いラ・グー様の元に持ち帰ること。貴様らを殺すことではない。目的を果たした私の勝ちさ! ハーハハハハハ!!」
想定外の状況に追い込まれたロギは、迷わず逃げの一手を打った。罵るシャスティにそう返しつつ、天井の穴から逃げてしまう。
「ぬう……やはり、損耗した状態ではまともに勝てぬ、か。仕方あるまい……とっておきを使うとしよう。ガァァァッ!!」
天井の穴を悔しそうに睨んだ後、ヴァールは雄叫びをあげる。すると、ゴブレットの破片が一つに集まって玉となり、空中に浮かび上がった。
そして、シャボン玉のように弾け、黄金の雨になってアゼルたちに降り注ぐ。すると、刺された腹や黄金化していた手足が元に戻った。
「ヴァールさん、これは?」
「炎片との繋がりを断ち切られた時に備え、治癒の魔力をゴブレットに宿らせておいた。それを使い、全員の負傷を治したというわけだ」
「ふむ……戦闘中に使われていたら危なかったな。だがまあ……助かった。礼を言おう、ヴァール」
アーシアは感謝の言葉を口にするが、ヴァールは首を横に振る。そして、深く頭を下げ謝罪の言葉をアゼルたちにかけた。
「礼を言う必要はない。逆に、妾が謝らねばならぬ。汝らには、多大な迷惑をかけてしまった。これも全て、妾が弱かったが故……本当に、済まなかった」
「いえ、いいんです。あなたを狂気から救えて、本当によかった」
「そなたは、心が広いのだな。妾を罵りもせぬとは。……こんなことを言うのも情けないが、頼みがある。炎片を取り戻すために、力を貸してくれぬか?」
「ええ、もちろん! ぼくの力でよければ、いくらでも!」
ヴァールの言葉に、アゼルは力強く頷く。このままロギを逃がすことは出来ない。炎の欠片がラ・グーの手に渡れば、大地の存亡の危機が訪れる。
それは、次代の王たるアゼルにとって見逃すことの出来ない災いだ。故に、彼は立ち上がる。己の為すべき使命のために。
「アタシらだってまだやれるぜ。手ェ貸してやるよ」
「いや、その必要はない。これ以上、汝らの手を煩わせるわけにはいかぬ。妾とアゼル、そして……雷霆の四肢の六人で、ロギを滅ぼす」
そう口にすると、ヴァールは翼を広げ大きく息を吸い込む。次の瞬間、透き通った声で雄叫びをあげる。
「……これでよし。すぐに妾の配下が迎えに来る。汝ら二人は、ここで待っているといい」
「分かった。アゼル……これを持っていけ」
アーシアは頷いた後、床に転がっていた魔槍グラキシオスをアゼルに手渡す。受け取ったアゼルは、槍を見つめる。
「この槍は……アーシアさんの」
「余の代わりだと思え。闇の魔力を補充してある。ヘイルブリンガーと融合させれば、一時的に強力な武器へ出来るだろう。使いどころを誤るでないぞ?」
「ありがとうございます、アーシアさん。シャスティお姉ちゃん、行ってきますね!」
「ああ。踏ん張ってけよ、アゼル! 大丈夫、お前なら勝てる!」
シャスティの声援を受けたアゼルは、力強く頷く。見守っていたヴァールは頭を床スレスレまで下げ、乗るよう促す。
「さあ、アゼル。妾の頭の上に乗るがいい。在りし日のギャリオンのように」
「えっ、いいんですか! 分かりました、それじゃあ失礼します!」
ワクワク気分でヴァールの頭の上によじ登り、アゼルはちょこんと座る。魔力の糸で身体が固定されたあと、ヴァールは頭を上げ、翼を羽ばたかせる。
「では行こうか。妾より炎片を奪った、逆徒を滅しに」
「はい! いつでも行けます!」
「うむ! 行くぞ!」
ヴァールは天へと舞い上がり、天井の穴から神殿の外に出る。アゼルに耳を塞いでいるよう忠告した後、凛とした声で招集の叫びを放った。
「今こそ集え、雷霆の四肢よ! 妾と共に、逆徒を追うのだ!」
遥か天の彼方まで、偉大な竜のとどろきが響き渡る。フライハイトの各地にいる側近たちに、ソレが届く。
敵として戦った守護者たちが、今度は――共に戦う、仲間となる。




