260話―狂乱の竜ヴァール
「グルァァァァァッッ!!!」
「アーシアさんに手出しはさせない! てやあっ!」
金結晶の大聖殿・最深部。炎の欠片が安置された場所で、アゼルとヴァールが激しい戦いを繰り広げていた。
雷の魔力で出来た太い腕が振り下ろされ、目障りな侵入者を叩き潰そうとする。対するアゼルは、目にも止まらぬ速度で動き回り相手を撹乱する。
「目障りナ子どもメ! 我が雷ニ焼かれルがいい!」
「そうはいきません! 戦技、ボーンブレイド!」
鎧を剣骸装モードに切り替えたアゼルは、大きさのハンデをものともせず果敢に斬りかかっていく。攻撃を避け、しっぽへ斬撃を見舞う。
「グルル……ムダなことヲ。妾は不滅ダ。永遠に滅びルことなク、炎の欠片を守リ続けるノだ! ギャリオンのために!」
「くっ、今のでもダメですか。本当に厄介ですね、あの再生能力は!」
アゼルの放った一撃は、ヴァールのしっぽを両断してみせた。しかし、痛みに顔を歪めることもなく新たな尾が生えてくる。
どれだけ攻撃してもまるで堪えない生命力と再生力を前に、アゼルは冷や汗を流す。この状況を打破しない限り、勝利はない。
(っと、冷静になれ、ぼく。今はとにかくヴァールさんを引き付けて……アーシアさんが不死の秘密を暴くまでの時間を稼ぐ! それがぼくの役目だ!)
一瞬焦りを覚えるアゼルだったが、すぐに我に返りスケルトンの群れを呼び出す。一つの流れ弾も、アーシアに届かせない。
そう決意を固め、総勢二十体にも及ぶスケルトン軍団と共に巨竜へ挑む。ヘイルブリンガーで前方を指し示し、突撃命令を下す。
「行きなさい、スケルトンたち! 全力であの竜を足止めするのです!」
「下ラぬ。ジェリドのマネゴトか。そんなモのども、蹴散らシてくレるわ!」
アゼルが命懸けで時間を稼いでいる間、アーシアは少年の遥か後ろでしゃがんでいた。両手を床に着けて魔力を拡散しているのだ。
「ふむ……見えてきたぞ、奴の不死の秘密が。あの禍々しい炎片が関わっていると踏んでいたが、やはり当たりだったようだな」
部屋全体に流した魔力を用いて、アーシアは解析を進める。最初に見た時から怪しいと感じていた逆鱗の炎片を真っ先に調べた結果、あることが分かった。
「それにしても、おぞましい数の糸が伸びているな。炎片を発生源として、ゴブレットで増幅……そしてヴァールの身体に繋げる。ああやって、生命の力を取り込んでいたわけだ」
金雷の竜、ヴァールの不死の秘密。それが今、アーシアの手で暴かれた。炎とヴァール自身を常時無数の魔力の糸で繋ぎ、生命力を補充しているのだ。
その結果、致命傷となる攻撃を受けても絶命する前に傷が癒える。さらに、平時は余ったヴァールの魔力が炎片に還元され、その勢いを保つ。
そのサイクルこそが、不死を維持するための鍵なのだ。
「……秘密は暴いた。だが、問題はここからだ。どうやって……奴の再生能力を封じる?」
不死のカラクリこそ判明したが、問題はここからだった。再生能力を封じるにはどうすればいいか。普通なら、炎を消せばいい。
だが、そんなことをしてしまえばこれまで積み重ねてきた苦労が全て無意味になる。アーシアとしても、その選択をするつもりは微塵もなかった。
「あの糸を全部切るか? ……いや、無理だ。頭から尾までビッシリ……軽く見ても数百本はある。全部を一気に切るなど無理だ。となれば……あのゴブレットを壊すしかない!」
思考を巡らせた末に、アーシアが導き出した答えは一つ。炎とヴァールを結ぶ触媒である、ゴブレットを破壊することだ。
「アゼル! ゴブレットだ! 祭壇の上にあるゴブレットを狙え! アレさえ壊せば、奴は再生出来ぬ!」
「ゴブレットですね? 分かりました! スケルトンを向かわせ」
「させヌ! 竜魔法……逆鱗ノ奔流!」
秘密を暴かれたことを瞬時に察し、ヴァールは六枚の翼を広げ電撃の津波を巻き起こす。ほとばしる雷は、先んじて祭壇へ向かっていたスケルトンを消し炭へ変える。
次に狙われるのは……アゼルだ。
「まずい! アゼル、掴まれ!」
「は、はい! うわっ!」
アーシアは素早く己の魔力を練り上げ、ロープを作り出した。それを前方に投げ、アゼルが掴んだ瞬間勢いよく引き戻す。
アゼルは救出出来たが、逃げ場がない。結局は攻撃を食らうまでの時間を伸ばしただけに過ぎない……アゼルもヴァールも、そう思っていた。
「ありがとうございます、アーシアさん。でも、このままじゃ二人とも……!」
「案ずるな、アゼル。相手の攻撃の威力が高ければ高いほど……利用し甲斐があるというもの。こんな風にな! 冥門解放……壱の獄、『万魔鏡』!」
片腕でアゼルをグッと抱き寄せつつ、アーシアはもう片方の手を前に伸ばす。そして、叫びと共に横に振り払う。
すると、二人の背後に大きな六角形の鏡が現れる。前に進み出た鏡の中に、アゼルとアーシアは呑み込まれた。
「何をスるかと思えバ、下らぬことヲ。鏡の中に逃れタとて無意味。我が雷ニ焼かれ……!? グオアアア!!」
「えっ!? い、一体何が!? 雷が、跳ね返され……た?」
雷の津波が、鏡に触れる。為すすべなく呑み込まれる……かに思われたその時。雷が跳ね返り、ヴァールへ襲いかかる。
何が起きたのか理解出来ず、唖然としているアゼルの頭を撫でながら、アーシアは不敵な笑みを浮かべた。
「素晴らしい技だろう? 我が父……かつての魔戒王、グランザームより受け継いだ秘技の一つだ」
「凄い……凄いですアーシアさん! こんなに強力な技を隠し持ってたんですね!? ふわあああ……」
「ふふ。切り札というものは、常に隠しておくものなのだよ。本当に必要となる、その時までな」
キラキラ目を輝かせながら見上げてくるアゼルに、アーシアはまんざらでもない様子でそう答える。誉められたのがよほど嬉しかったのか、ドヤ顔していた。
「ガルルル……グルァァァ!! おのレ、妙な魔法ヲ使いオって……! 許サぬ、そノ鏡ごト砕いてクれるわ!」
必殺の一撃を返され逆上したヴァールは、素早く鏡の前に躍り出て拳を叩き込む。それでも鏡は割れず、ダメージが跳ね返り続ける。
「ムダだ、ヴァール。どれだけこの鏡を攻撃しようとも、余たちにその拳が届くことはない」
「ガルァァアアァ!!」
「……聞こえていない、か。凄まじい狂気だ、本当に」
頭に血が昇っているヴァールにはアーシアの声が届かず、再生能力に任せての攻撃が繰り返される。やれやれとかぶりを振るアーシアに、アゼルが声をかけた。
「アーシアさん、窮地は脱しましたけど……どうやってゴブレットを壊します?」
「ふむ……すぐ目の前くらいなら、鏡の中に居ても攻撃出来るが……。ゴブレットは遠すぎる。外に出ないことには壊せん」
鏡の中の世界には、移動出来る距離に限界がある。ヴァールの巨体が災いし、どこに出ても相手の射程距離に入ってしまう。
どうにかしてヴァールの注意を反らし、攻撃が止まった瞬間を見計らい、一気に射程外へ離脱する。それ以外に、ゴブレットに近付く方法はない。
「まずいな。いくら奴が狂っているとはいえ、この技のカラクリに気付かないとも限らん。何とかしなければ」
「こうなったら、最悪死者蘇生の力を使っ……ん? 何でしょう、この音。上からなにか来てる……?」
「あれは! ……ック、ハハハ。シャスティめ、ド派手な入場だな!」
どうやってこの状況を切り抜けるか、アゼルたちが考えていたその時。ヴァールの開けた天井の穴から、一体のドラゴンが降りて……否、落ちてきた。
頭の上には、シャスティが乗っている。愛用のハンマーで角の付け根を殴りつつ、ドラゴンに指示を下しているようだ。
「オラッ! もっと丁寧に降りやがれこのクソドラゴンが! 散々人を追いたててくれたんだ、荷馬車の代わりくらいしっかりやれや!」
「ガルッ、ガルルゥッ!」
「貴様……我が同胞ニ何をスる!」
とんでもない方法でエントリーしてきたシャスティに注意が向き、ヴァールの攻撃が止まった。その機を逃さず、アゼルたちは外に出る。
「アゼル、今だ!」
「はい! それっ!」
全力で疾走し、二人はヴァールの攻撃範囲から逃れ背後へ回り込む。その時、ドラゴンの頭から放り出されたシャスティが落ちてきた。
「おああーーっ!? 落ちる落ちるぅーーー!!」
「危ない! サモン・スケルトンポール!」
「おっ、アゼル! 助かったぜ、さんきゅ!」
間一髪、アゼルは骨の柱を作り出しシャスティを受け止める。床に降りつつ、シャスティはお礼を言う。
「ふむ、三人になったか。戦力が増えるのは心強い。シャスティ、貴殿も手を貸せ。あの竜を倒すためにな」
「ああ、任せとけ!」
頼もしい仲間が到着し、反撃の準備は整った。ヴァールとの戦いが、佳境に入ろうとしていた。




