258話―簒奪の魔法
カイルのこめかみを、禁忌の弾丸が貫く。直後、魔力が身体じゅうを駆け巡り、禍々しいオーラがほとばしる。
「なんじゃ、この魔力は……。おぬし、一体何をしたのじゃ!?」
「禁術を、使ったのさ。こいつは長く使っちゃいられねぇからよ、手早く済ませるぜ。ジャック・ワン……ノーズ!」
「! はや……ぬっ!」
銃をホルスターに戻し、カイルは恐るべきスピードでビシャスに接近する。未来視の能力をもってしても避けきることが出来ず、手がかすった。
その直後、ビシャスの身体に異変が起こる。これまで嗅ぎ取れていたカイルの匂いが、分からなくなってしまったのだ。
「鼻が……おぬし、わしに何をした!?」
「……闇霊の禁術、感覚簒奪は相手の五感を奪う。そして、奪った感覚に対応する自分の五感ごと……破棄するのさ」
「なんじゃと!?」
よく見てみると、カイルの鼻がまるで腐ってしまったかのようにドス黒く染まっていた。勿論、ビシャスのソレも同じようになっている。
「一つずつ、順番に。最初は嗅覚、次に味覚だ。まあ、この術を極めようとしたヤツは、オレと老師以外そこまでしか会得出来なかった。何でか分かるか?」
「知りたくもないのう、そんなことは! フレア・ブレス!」
「教えてやるよ。五感を捨てた結果、狂うのさ。捨て去った感覚を取り戻せなくてな。ジャック・ツー……タン!」
ビシャスはバックジャンプで距離を取りつつ、火球型のブレスを吐き出す。スライディングでブレスを避けながら、カイルは再度接近する。
そして、二つ目の感覚を奪うべく手を伸ばした。逃げることに必死になっていたビシャスは背後にある柱の存在を失念し、逃げ場を失う。
「……盗った!」
「ぐ、うおお……! おのれ……」
「安心しな、ここまでは命に別状はねぇ。オレが魔法を解除すりゃ、感覚は戻る。まあ、時間が経てば経つほど戻せなくなる確率は上がるけどな」
「狂っておる……こんな、おぞましい魔法を平然と使うなど! 戦技、ウィップラッシュ!」
鞭の直撃を食らい、カイルは遠くへ吹き飛ばされる。床を転がりながら、かつて師に言われた忠告を思い出す。
『よいか、カイル。十分だ。仮に感覚簒奪を使うなら十分以内にカタをつけろ。それ以上の時間魔法を使えば、失った感覚は決して戻らぬ。そのまま相手ともども廃人になると知れ』
(……まだ五分も経ってねぇ。このまま押しきれば、タイムリミットまでにイケる。次に奪うのは聴覚……オレも相手も、かなりヤバイことになるな、こりゃ)
霊体化した闇霊にとって、五感のうち最も重要なのが聴覚だ。肉体を捨てた時点で、嗅覚と味覚、触覚は機能していないも同然。
視覚自体は、仮に無くなったとしても工夫すればカバー出来る。だが、聴覚だけは別だ。本体との繋がりを維持するために使われているからだ。
(……こっからはスピード勝負だ。本体の心臓の鼓動を聞けなくなると、闇霊の精神は急速に蝕まれる。廃人になる前に、ヤツを仕留めねえといけねえ)
闇霊にとって、切り離された本体が生きているという実感はとても重要だ。己の心臓の鼓動を『聞く』ことで、精神の安定を保っている。
肉体から魂を取り出すという行為は、本来著しく精神を損耗させる。故に、霊体化のネクロマンサーたちは聴覚を失うことを酷く恐れているのだ。
「さあ、どんどん行くぜ! 次は耳だ、覚悟しなジジイ!」
「これ以上やらせはせぬぞ! 奪えるものならば奪ってみせい! 奥義……預言者ウロボロスの輪廻!」
ビシャスは魔力を解き放ち、己の姿を巨大な蛇竜へと変化させた。ホールの半分を埋め尽くすほどの巨体が、カイルを威圧する。
「こりゃまたでけえな。だが、あんたは戦略ミスをやらかしたぜ。そんだけデカけりゃ、触れるのは楽なんだよ! ジャック・スリー……イヤーズ!」
「させぬわ! 戦技、ウィップテール!」
カイルの言った通り、ビシャスは焦りから戦略を間違えた。霊体であるカイルには普通の攻撃は意味をなさず、図体が大きくなった分回避が困難になる。
感覚を奪われ、失うという恐怖が冷静と戦略眼すらも奪い去ったのだ。カイルはその場から動くことなく、頭上から落ちてくるしっぽに触れた。
『これで、お互い聴覚を失った。……三分だ。三分でケリをつける!』
『黙れ! 小僧ォォォ!!』
聴覚を失い、声が聞こえないためカイルたちは魔力の波長を飛ばしテレパシー染みた方法で会話を行う。半狂乱に陥ったビシャスは、ひたすら身体をうねらせ暴れる。
自分の中にある『何か』が壊れていく焦燥感を感じながら、カイルは走り出す。一刻も早く、視覚を奪い抵抗を封じる必要があった。
(急げ、急げ! 想像以上にヤバい、この状態が続くとマジに狂っちまう! はええとこ終わらせないと共倒れだ!)
感覚簒奪を発動してから、すでに五分が経過している。さらに五分経過すれば、もうカイルとビシャスは元に戻れない。
『来るな! 来るな! 来るなァァァァァ!!』
『安心しろ、全部は奪わねぇ。これで勘弁してやるからよ。ジャック・フォー……アイズ!』
『ぐっ……あああああ!! 眼が、眼がァァァァァ!』
カイルにとって本命となる、視覚の簒奪がついに成った。本来、この後に触覚も奪うことで魔法が完成するのだが今回はそこまでやらない。
というより、霊体であるカイルが触覚を奪うことにメリットがないのだ。元々ないものを奪っても、全くの無意味なのだから。
『やれやれ、しんどいな……この状態は。んじゃ、さっさと終わらすか。もう、時間もねえからな』
『それはこちらの台詞よ! 戦技、ボルス・キャノン!』
『足掻いてもムダだ。今度こそ、てめぇを貫く! 戦技、フルバーストスリンガー!』
銃を引き抜いたカイルは、魔力反応を頼りに全ての弾丸を発射する。ありったけの魔力を込めた一撃は、見事ビシャスを貫いた。
『ぐう……オアアアアアア!!』
『じゃあな、ジイさん。逆鱗以外も、鍛えとけ……よ、な……くっ、マジでヤバい! 感覚簒奪、解除!』
ギリギリのところで、カイルは禁術を解く。失っていた嗅覚以下四感が戻り、目や耳が一気に機能し始める。崩れ落ちたビシャスが、視界に映った。
全身からドッと脂汗が流れ、カイルはその場に倒れてしまう。防衛本能が働いているようで、魂が本体の方へ引っ張られていく。
「もう二度と使わねー、こんなクソ魔法なんざよ……」
そう呟いた後、カイルは気を失ってしまった。彼の勝利によって――雷霆の四肢は、全員が敗れ去ることとなった。
残すは……狂乱の竜ヴァールのみ。
◇―――――――――――――――――――――◇
「着きましたか。ここが、金結晶の大聖殿……ってあれ? フラフィさん? どこ行っちゃったんですか?」
その頃、アゼルは一足早く逆鱗の炎片が安置されている神殿に到着していた。が、共に来たはずのフラフィの姿がない。
ワープ装置から離れ、うろうろ探し回っていると、装置が作動する。フラフィが遅れてやって来たのかと思ったアゼルだが……。
「やれやれ、ようやくとうちゃ……む、アゼル! 無事であったか」
「アーシアさん! そちらも無事だったんですね!」
「ああ。後でアンジェリカも追ってくる手筈になっている。それにしても、元気そうでよかった」
現れたのは、アーシアだった。フラフィが来る気配はなかったが、心強い仲間が現れたことに変わりはない。
先へ進む前に、フライハイトへ連れ去られてから何をしていたのかについて情報交換を行う。
「なるほど、そのフラフィという竜人に手助けしてもらった、と」
「そうなんですよ。でも、ここにきてはぐれてしまったみたいで……アーシアさんは見てませんか?」
「いや、見ていないな。先に神殿の中に向かった可能性もある、まずは先へ進んでみるとしようではないか」
「そうですね、行きましょう。ヴァールとの決戦までもう少しです!」
「ああ。前回のリベンジは、キッチリと果たさせてもらう。そのために、精神世界で修行をしたのだからな」
ヴァールを倒し、狂気から解き放つために。アゼルとアーシアはワープ装置のある部屋の外に出る。最後の炎片を守る女帝との戦いの時が、近付いていた。




