257話―当たらずの竜と見えざる霊魂
「なかなかよい攻撃だった、他の者が相手ならのう。じゃが、わしを相手取るにはちと足りんかったなぁ」
「!? なっ、こいつ……逆鱗で全弾、受け止めやがった……!」
相手の不意を突き、一撃で仕留めるつもりだったカイル。だが、予想外の事態が起きた。たった一枚の鱗で、攻撃を防いでみせたのだ。
「あり得ねえ、逆鱗はお前たち竜人の弱点のはず! なのにどうして」
「カッカッカッ、確かに普通はそうぢゃの。だがの、若者よ。わしはヴァール様の側近、雷霆の四肢の頭。修行に修行を重ね……致命的な弱点を、最強の武器へ作り替えたのじゃ」
「そんなのアリかよ……なら!」
クイッと顎を上げ、ビシャスは下顎の付け根に一枚だけ生えた逆向きの鱗……逆鱗を見せつける。カイルはバックステップで距離を取った。
二丁のリボルバー拳銃に魔力の弾丸を装填し、次の攻撃に向けて備える。対するビシャスは、両の眼を輝かせた。
「何をするつもりかは知らぬが、ムダなことじゃ。わしには見えるのぢゃよ。千里眼の力があれば、ぬしの行動を先読み……」
「出来るもんならやってみろ。ありもしねぇ呼吸や筋肉の動きでも見てやがれ!」
そう叫ぶと、カイルは一気に跳躍し距離を詰める。ビシャスは相手の呼吸や筋肉の動きを千里眼で解析し、行動を読もうとするが……。
「!? バカな、見えぬ! あり得ぬ、わしの千里眼ならばどんな生物が相手でも解析出来るというのに!」
「残念だったな。霊体化した闇霊にゃ筋肉なんてねぇ。息だってしねえし、わざわざ目を動かさなくても相手を捕捉出来る。それが……」
カイルはビシャスの方を見すらせず、引き金を引いた。放たれた二発の弾丸は、大きな丸ノコに変化し高速で回転しながら敵へ迫る。
「オレの力さ。バレットスキン、ツインソーサー! 真っ二つにしてやるよ、ビシャス!」
「ぬうっ! 戦技、ブレードリボン!」
左右から挟み込むように迫ってくる丸ノコを避けた後、ビシャスは鞭を振るい両断してみせた。今度はカイルを攻撃しようとするが、またしても居ない。
気配すらも完全に殺し、姿を眩ませたのだ。キョロキョロ周囲を見渡していると、左足に激痛が走る。背後から、銃撃されたのだ。
「ぬぐうっ! おのれ……若造め!」
「はっはっはっ、どうしたよジイさん。先読み出来なきゃ、まともに戦えねえのか? ん?」
「舐めるでないぞ! 戦技、スパイラルリボン!」
小バカにされたビシャスは、振り向きながら手首にスナップを利かせ、鞭を螺旋状に回転させつつカイルの方へ伸ばす。
さらに、もう片方の鞭を頭上から叩き込むことで二重の攻撃を放つ。対するカイルは、その場から動かず装填をしていた。
「避けすらせぬとは。そのまま死にたいようじゃな!」
「死ぬ? いやいや、死なねえよ。だってオレ……霊体だぜ? バラバラに切り刻まれようが、ブレスで消し炭にされようが……滅びることはねえ」
ビシャスの攻撃が炸裂し、カイルは八つ裂きにされてしまう。だが、すぐにまた元の姿に戻った。本体が無事である限り、決して滅びない。
闇霊の長所を最大限に活かし、戦いを有利に進めていた。ここにきてようやく、ビシャスは相手の厄介さに気付く。
(ふむ……闇霊、か。千里眼で地上を監視し、かような者どもがおることは知っておったが……よもや、ここまで厄介なものとは想わんかったわい)
この千年間、ビシャスは千里眼の力を用いて大地を監視し続けてきた。主であるヴァールに禍が及ぶことがないように。
だが、フライハイトに入り込むことが出来るほどの力を持った邪悪な存在は、ついぞ現れなかった。結果、竜人たちは怠ってしまったのだ。
「……わしらの知らぬ力を持った者どもに対抗するすべを得る。そんな当たり前のことを、しなくなってしまっておったのう」
「ん? なんだ、何か言ったか!?」
「カッカッカッ、気にするでない。老いぼれの独り言よ」
放たれた計六発の弾丸を叩き落としつつ、ビシャスは頭脳をフル回転させる。長い間、彼は千里眼の汎用性を過信していた。
どんな存在が相手でも、この力があれば負けることはない。その驕りが、今回の劣勢を招いた。その事を猛省しつつ、反撃の策を練る。
(さて、どうするかのう。千里眼のもう一つの力……『十秒先までの未来を視る』能力はこのまま使うとしてもぢゃ。決定打がなければ意味がないわいな)
千里眼が機能不全に陥っているのにも関わらず、カイルの攻撃に対処出来ている秘密がビシャスの切り札の一つ、『未来視』だ。
(避けるばかりでは勝てぬ。とはいえ、霊体を滅しても意味がないとなれば……ううむ、どうしたものかの)
十秒という極めて短い時間ではあるが、未来を『視る』ことで相手の行動を把握する能力だ。とはいえ、未来視そのものは攻撃の回避にしか使えない。
千里眼のもう一つの力、相手の呼吸や筋肉、視線の動きを解析して次の行動を察知する『観察眼』と組み合わせて初めて、攻撃に転じられるのだ。
(……おかしい。ヤツの千里眼はほぼ完全に封殺してるはず。なのに何故こうも攻撃が避けられる? まさか……オレの知らない効果が、まだあるってのか?)
一方、カイルの方も違和感を抱いていた。霊体の特性をフル活用し、常に相手の死角から攻撃を行っているのにも関わらず全て防がれているからだ。
(チッ、やべぇな。威力の高い攻撃をブチ込みまくっても、こうも防がれ続けちゃ意味がねぇ。このまま膠着状態が続けば、そのうちガス欠になっちまう)
方法は違えど、両者共に相手の攻撃が当たらない状態にある。どうにかしてこの均衡を崩さなければ、勝利は得られない。
しかし、カイルの方が多少は有利な状況にいる。攻撃が当たりさえすれば、ビシャスを撃沈することが可能なのだから。
「にしても、タフなジジイだな! いい加減ヘバったらどうなんだコラ!」
「カッカッカッ、老いぼれだからとてそう簡単にスタミナが尽きたりはせんぞ? そんなザマでは、ヴァール様の側近など務まらんからのう!」
弾丸と鞭が乱れ飛び、ホールを支える柱がいくつも壊れていく。このまま戦いが続けば、天井が崩落しワープ装置のある部屋への道が閉ざされる。
「クソッ、大技をぶっ放せば仕留められるだろうが当たらなくちゃ魔力のムダだ。どうにかして……ん? 待てよ……」
活路を見出だそうと思考を巡らせていたカイルは、ふと思い出す。かつて霊体派のネクロマンサーとして活動していた頃の、師とのやり取りを。
『カイル。お前は筋がいい。ここまで飲み込みが早いのは、儂が覚えている限り一人もおらん』
『ありがとうございます、老師ゾア』
『……お前にならば、使いこなせるかもしれんのう。歴代の高名な闇霊たちが習得を断念した、あの魔法を』
『あの魔法? 老師、それはどんな魔法なんです?』
『言葉で伝える事は出来ぬ。直接体験することでしか理解出来ぬモノだ。さあ、近寄れ。お前にも体感させてやろう。この魔法をな……』
そこまで思い出したところで、カイルは思案する。師によって体験させられた禁忌の魔法を、彼は会得してみせた。
だが、禁忌というだけあって使用には強烈なリスクが伴う。下手をすれば、カイルという存在そのものが消えてしまいかねないのだ。
「……老師からも、自殺したい時でもなきゃ実戦で使うなって言われたっけか。……へっ、今さら迷うことなんざねえだろよ、オレ。アゼルを救うために……何でもするって決めたんだからな!」
覚悟を決めたカイルは、一旦ビシャスから距離を取る。そして、禍々しい魔力の塊を作り出し、弾丸に変えて装填した。
「カッカッカッ、自分に銃を向けて何をするつもりじゃな?」
「お前を倒すための、切り札を使うのさ。よーく見とけよジジイ。こいつを使うのは……たぶん、あんたが最初で最後だからな。死霊魔術、奥義……感覚簒奪」
銃口を己のこめかみに押し当て、カイルは引き金を引く。高位の闇霊ですらも恐れた、禁断の魔法が今……目覚める。




