254話―アイス・オン・ステージ
全てが凍てついた部屋の中に、硬いモノがぶつかり合う音が響く。グルーラの腕を覆う氷のブレードと、強化魔法により鋼の強度を得たアンジェリカの腕がぶつかっているのだ。
「ふぅん、ほっそい腕だがなかなかパワーがあるな。オレと互角に打ち合える奴に会ったのはよぉ、久しぶりだぜ!」
「あら、そうでしたの。竜人という種族は膂力に優れた殿方が多いと聞いていましたが……案外、たいしたことないのですわね」
「あぁん? そりゃ聞き捨てならねぇな。あんまり舐めたクチ利いてると、後で恥かくぜ! 戦技、アイスナイフ・ショット!」
アンジェリカの実力を測るべく、グルーラは一旦距離を取る。左腕にも氷のブレードを纏い、両腕をゆっくりと頭上に掲げた。
何か強力な攻撃を仕掛けてくる。そう判断したアンジェリカが身構えた直後、グルーラが攻撃を放つ。両腕のブレードを分解し、大量の氷の刃を投げる。
「さあ、どうするよ! 避けきれるモンなら、全部避けてみやがれぇ!」
「避ける? いいえ、わたくしはそんなことはしませんわ。見せて差し上げますわ、精神世界での修行でより強くなったわたくしを! 戦技、ミリオンダラー・キックキャスト!」
凍り付いた床を動き回るのは得策ではない。そう判断したアンジェリカは、片足を上げ連続キックで氷の刃を迎撃する。
目にも止まらぬ速度で繰り出される蹴りの嵐が、飛来する氷の刃を粉砕していく。ただの一つも撃ち漏らすことなく、全ての攻撃を凌いでみせた。
「……ほぉ。なかなかどうして、やるじゃねえか。口先だけじゃあないってわけだ、てめえの実力は」
「ええ、もちろん。そうでなければ、一人でここに残りませんことよ」
「言うねぇ。じゃあ、もっと見せてくれよ。お前の実力ってぇやつをよぉ! フリーズ・ブレス!」
「まずいですわ……なら!」
グルーラは息を吸い込み、凍てつく冷気のブレスを吐き出す。いくらアンジェリカでも、蹴りでブレスを防ぐことは出来ない。
そこで、彼女は天井から垂れ下がるツララに向かって跳ぶ。ブレスをやり過ごした後、一気に敵に向かって飛び込むつもりなのだ。
……が。
「ハーッ!」
「ひいっ!? つ、冷たいですわぁぁぁ!!」
「アホか、ブレスの向きくらい普通に変えられるっつーの」
「よ、よくもやりましたわね! お尻が凍り付くところだったではありませんの! レディに対する無礼な仕打ち、許しませんわよ!」
目論見が外れ、冷気のブレスと尻餅のダブルパンチを食らったアンジェリカは怒りをあらわにした。床を踏みつけて氷を砕き、足場を確保する。
「いきますわ! 戦技……操気・餓捨髑髏!」
「おお? なんだなんだ、変なのが出てきたな」
「わたくしの怒りは頂点に達していますわ! いきなさい餓捨髑髏! わたくしのお尻の仇を討つのです!」
「コノ怨ミ、晴ラサデオクベキカーーッッ!!!」
アンジェリカの怒りや怨みのボルテージが高まるほど、餓捨髑髏はその力を増していく。物凄いスピードで、怨みの玉が飛んでいった。
「ケカカーーッ!!」
「おーおー、こりゃおぞましいね。ま……オレの敵じゃあないがな。戦技、アイススケート・レッグ!」
「ムダですわ、餓捨髑髏からは絶対に逃げ切れませんわよ! オーッホッホッホッ!」
滑走しやすいように足の裏に氷のブレードを装着したグルーラは、部屋じゅうを駆け回り餓捨髑髏から距離を取ろうとする。
ただ単に逃げ回っているだけだと思い込んだアンジェリカは、高笑いをする。が、グルーラにはある狙いがあった。
「いつまで逃げ……まずいですわ、この配置は!」
「へへへ、これで真っ直ぐ並んだなぁ。オレとお前、そして自慢の餓捨髑髏とやらがよぉ! 行くぜ、戦技メガアイス・ライナー!」
餓捨髑髏を挟んで、アンジェリカとグルーラが一直線に並んだ。その機を逃さず、氷を操る竜人は真っ直ぐ滑走する。
怒りのパワーで大きくなった餓捨髑髏が災いし、アンジェリカからは相手の姿が全く見えない。このまま迎え撃つのはかなり難しいが……。
「なるほど、では消しますわ。さあ戻りなさい、餓捨髑髏」
「はあ!? ちょ、そんなのアリか!? せっかくの作戦が……」
「そんなのは知ったことではありませんわね。その速度では、もう止まれないでしょう? カウンターを叩き込ませてもらいますわ! 戦技、閃光魔術!」
相手の勢いを利用して、アンジェリカは強烈な膝蹴りを食らわせようと予備動作に入る。もう止まることも曲がることも出来ないグルーラは、直撃を食らう。
……かに思われた。
「させっかよ! 戦技、フローズン・デコイ!」
「! 僅かに手応えアリ、ですわね。完全には捉えきれませんでしたか。悔しいですわ」
アンジェリカの攻撃が炸裂する直前、グルーラは自身のすぐ目の前に己の姿を真似た氷像を作り出し身代わりにしようとする。
氷像を押して、無理矢理軌道を変えることで膝蹴りから逃れようとするグルーラ。完全には避けきれず、脇腹に膝がかすった結果、あらぬ方向へすっ飛んだ。
「げふっ! ……んのアマ、やってくれるじゃねえか」
「オーッホッホッホッ! ざまぁありませんわ。これでお尻の仇は討ちましたわよ!」
「ああ、そうだな。つまり、もうあの餓捨髑髏とかいう丸いのは使えねえわけだ」
「……ハッ! それもそうですわ!」
餓捨髑髏は、アンジェリカが敵だと認識している相手への負の感情が強いほど力を増す。だが、逆に言えば相手への負の感情が薄いと使えないのだ。
「っつーわけでだ、怨みつらみを抱く暇なんざ与えねえ。速攻でケリつけてやるよ! 戦技、ブリザードブレード・ツインハンダー!」
「この……きゃっ!」
部屋の中央付近にいたことが災いし、アンジェリカは前後左右から凍てつく斬撃の嵐に見舞われる。あまりの冷たさに、怨みつらみを蓄積する暇もない。
「つ、冷たいですわ! 痛いですわ! くっ、足場さえ万全なら当たりませんのに!」
「ハハッ、強がりも程々にしときな。オレの攻撃は変幻自在。チョウのように舞い、ハチのように刺す! ほぉら、また一撃!」
「あうっ! くっ、仕方ありませんわね。まだとっておくつもりでしたが、カードを一つ切らせていただきますわ! 戦技……操気・禍魔囲太刀!」
「ハッ、またヘンテコ玉を召喚か? 何を出そうがすぐに攻略してや」
『おいコラてめぇ、よくもアンジェリカの姐御を痛め付けてくれたな! これ以上のおイタは、わっちらカマイタチ三兄弟が許せねえぜ!』
『そうだそうだ!』
『ぐー……すぴー……』
精神世界での修行で身に付けた、三つの新奥義の一つをアンジェリカは発動した。現れたのは、風船のようにまん丸に膨らんだ三匹のイタチだった。
「なぁんだ、こりゃまた。ずいぶん……路線が変わったなオイ」
『あぁーん? てめぇ、わっちらにケチつけようってぇーのか? カマ二郎、カマ三郎、そんな無礼は許しちゃおけねぇよなぁ!』
『そうだぜカマ一郎のアニさん! ワイらが強くてオソロシーってのを教え込んでやるべきだ! 身体に! 身体に!』
『ぐかー……むにゃむにゃ……』
「おい、三男まだ寝てるぞ」
「そうですわよ、いい加減起きなさいこの寝坊助!」
アンジェリカの頭上をぐるぐる飛び回りつつ、カマ一郎、カマ二郎と呼ばれた個体はわちゃわちゃと喚き散らす。
一方、呑気に眠りこけていた三男坊は、アンジェリカに頭をひっ叩かれてようやく目を覚ました。戦いの在中にも関わらず、大あくびをする。
『ふわあ~あ。いちろーにーちゃん、じろーにーちゃんおはよー。あ、アンジェリカさまもおはよー』
『だぁーもう、コラカマ三郎! わっちらの初舞台だってぇーのになぁに寝惚けてやがる! シャキッとややがれシャキッと!』
『ふわぁーい……』
『おいおいサブちん、はぇえとこ目ぇ覚ましな。アニさん、怒るとこえぇぞー』
「なぁ、敵のオレが言うのもアレだけどこいつら大丈夫なのか? 役に立つ?」
「ノープロブレム! ……のはずですわ! そう思い込みたいですわ!」
のっけから兄弟オンリーの世界でぎゃあぎゃあやっている三匹を見て、グルーラは敵ながら心配になってきてしまったようだ。
対するアンジェリカも、不安そうにしている。が、いつまでもそうしているわけにもいかないので、とりあえず号令をかけた。
「せいれーつ! 禍魔囲太刀三兄弟、集合ですわ!」
『よっしゃ! いち!』
『に!』
『さぁん!』
「……あなたたち、しっかり戦ってくださいましね。初戦闘で大敗を喫するようなことがあれば、二度と呼びませんわよ」
『安心してくれや、姐御。わっちら三兄弟の名にかけて、あの鎧野郎をぶっ倒してみせまさぁ!』
かくして、カマイタチ三兄弟による悪竜退治の幕が上がったのであった。




