253話―灼熱から極寒へ
「はあ、よかったぁ……。覇骸装がちゃんと保管されててホッとしました」
「よかったですね、アゼルさん。……それにしても、にわかには信じられませんね。ただのタイツが鎧になるなど」
「後で実際に変身してみせますね。とりあえず、着替えてきます」
古戦の宝物庫に保管されていた覇骸装ガルガゾルデを取り戻したアゼルは、破損がないかチェックした後安堵の息を漏らす。
丁寧にしまわれていたおかげで、特に問題は見つからなかった。着替えを済ませ、これまで着ていた服をタイツの上から身に付ける。
「これでよし、と。フラフィさん、ぼくの用事は終わりました。ヴァールさんのところへ行きましょう!」
「分かりました。着いてきてください、金結晶の大聖殿へ案内します」
万全の体勢を整え、アゼルはフラフィの案内の元ヴァールが待つ地へ向かう。千年に渡る狂気から、竜の女帝を救うために。
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「相変わらずあっついですわね……。全身汗まみれで気持ち悪いですわ」
「もう少しの辛抱だ、アンジェリカ。だいぶ登ってきたからな、もうすぐ外に出られるだろう」
その頃、焦熱の監獄塔からの脱出に向けて動いていたアンジェリカとアーシアは、塔の上層まで登り詰めていた。
通路を進んでいると、分かれ道に出くわした。右と左、どちらに進もうか考えていると、左の通路から大勢の足音が聞こえてくる。
「いたぞ、あそこだ! 脱獄者たちを捕らえろ!」
「やれやれ、また来たのか。懲りないものだね、本当に」
二人が脱獄してから、ちょうど十回目の敵襲だ。アーシアは一歩前に進み、魔槍グラキシオスを呼び出し構える。
「いちいち眠らせるこちらの身にもなってもらいたいものだね、全く。……ナイトメア・フォロウ」
「かか……うっ、何だ? ね、眠気が……」
「だ、ダメだ。立っていられな……すやあ」
槍から黒い波動が放たれ、兵士たちを貫く。すると、強い睡魔に襲われバタバタと倒れていった。大いびきをかき、グッスリ寝ている。
最初は一人ずつ峰打ちで気絶させていたアーシアだったが、襲撃回数が増えるにつれ段々面倒臭くなってきていた。そこで、纏めて眠らせることにしたのだ。
「踏んづけて起こすなよ、アンジェリカ。また眠らせるのは面倒だからな」
「心得ていますわ。とりあえず、右の通路に進みましょう。倒れている人たちが邪魔ですので」
「そうだな。もう少し数が少なければ、左に行ったのだがね。たぶん、こっちが最短ルートなのだろう。惜しいことだ」
左の通路が近道なのだろうと考えたアーシアだったが、ところ狭しと兵士たちが倒れているせいで進むのを断念した。
仕方なく右の通路へ進み、脱出を目指す。しばらく歩いていると、上の階へ繋がる階段にたどり着いた。
「やっと見つけましたわ! さあ、早くのぼ……アーシアさん? どうしましたの?」
「いや、心なしか少し肌寒くなってきたように感じてな。こんな、あちこちマグマが流れる場所だというのに」
「言われてみれば、確かに少し寒くなってきましたわね……不思議ですわ」
凶悪な囚人を捕らえておくために作られた焦熱の監獄塔は、屈強な竜人ですら一日で音をあげるほどの過酷な牢獄だ。
活火山から流れ込むマグマの熱が肌を焼き、思考力を奪う。そんな場所で、肌寒さを感じることなどあり得ないはずなのだ。
「まあ、行ってみれば分かりますわ。いつまでもここにいるわけにもいきませんし」
「確かにそうだがな……貴殿はもう少し緊張感と警戒心を持ちたまえ。……いや、小言は後だ。まずはここを脱出しようか」
いい加減、暑いのが嫌になったアーシアは先頭に立って階段を登る。螺旋状の階段を登り終え、次のフロアに足を踏み入れると、そこには……。
「よう。どこに行くんだい、お嬢さんたち。こっちには出口しかないぜ? あんたらが行くべきなのは、下の方だ」
「貴様は……! なるほど、先ほどから感じていた肌寒さの原因、貴様だな?」
「ああ、そうだぜ。オレはグルーラ。ヴァール様の側近、雷霆の四肢の一人……『氷鎧』のグルーラだ。よろしくぅ」
階段の先にある大部屋は、壁も床も天井も、全てが凍り付いていた。天井からは、鋭く尖ったツララがいくつも垂れ下がっている。
その部屋の奥、外へ繋がる扉の前に氷で出来た肘掛け椅子とテーブルを並べ、ワインを飲んでいる男がいた。この塔を守る、最後の番人なのだろう。
肩や胸に氷の装飾が付いた青い鎖かたびらを身に付け、優雅に酌をしている。
「いやぁー、あんたらのお仲間さんだいぶやるじゃんよ。ついさっき、ビシャスの爺さんから連絡があってさ。リンベルもジゼラも、やられちったらしいのよ」
「知らんな、そんな奴らは。どいてもらおうか、余たちはここを出ねばならぬ」
「まあまあ、そうカッカしなさんなって。もっとクールにいこうぜ? 身も心も……ヒエヒエでよ!」
「アーシアさん、危ないですわ!」
グルーラは椅子から立ち上がり、右腕を氷のブレードで覆う。直後、アーシア目掛けて勢いよく滑走していく。
「あんたらに怨みはねえけどよぉ、これも仕事なんだわ! 悪いが、ボコボコにして牢屋に戻さしてもらうぜ! 戦技、ブリザードスラッシャー!」
「させぬ! ハッ!」
間一髪のところで槍を突き出し、攻撃を防ぐことが出来た。反撃を叩き込もうとするも、その前にグルーラは離れてしまう。
「チッ、厄介だな。ここは奴のホーム……やりにくくて仕方がない」
「ええ、こうも足場がつるつる滑ると、やりにくいことこの上ないですわね。……ということで、ここはわたくしに任せてくださいませ、アーシアさん」
「……正気か? アンジェリカ。床が凍って動きにくいのは、貴殿も変わらないだろう?」
「問題ありませんわ。勢いよく……踏み砕くので!」
身体強化の魔法をかけた後、アンジェリカは床を覆う氷を勢いよく踏み抜く。とんでもない力業ではあるが、滑らない足場は確保出来そうだ。
「それに、修行の成果を披露するいい機会でもありますわ。精神世界での鍛練で得た力を、あの者に見せつけてやりますわ」
「分かった、そこまで言うならここは任せよう。余は先に行く。必ず追い付けよ」
「ごちゃごちゃ何言ってるんだい? オレも混ぜてほしいなぁ!」
部屋じゅうを滑走して加速していたグルーラは、再びアーシアたちに襲いかかる。先ほどの比ではない速度で接近し、ブレードを振り下ろす。
「今度こそ直撃させてやる! 戦技、ブリザードスラッシャー!」
「そうはいきませんわよ、ハッ!」
「なっ!? ブレードを掴みやがっただと!?」
「アーシアさん、今のうちに脱出してくださいませ!」
アンジェリカは氷のブレードを白刃取りの要領で掴み、グルーラの動きを封じる。相手が動けないうちに、アーシアは外へ続く扉へ向かう。
「済まない、アンジェリカ。外に行くついでだ、一撃見舞ってやろう。ダークネス・ストラトス!」
「当たらねえっての! 戦技、アイスウォール!」
「……まあ、だろうな。背後の守りはバッチリか。まあいい、外で待っているぞ、負けるでないぞアンジェリカよ!」
脱出するついでに一撃叩き込もうとしたアーシアだったが、グルーラが無防備なわけもなく防がれてしまった。
やれやれとかぶりを振った後、アンジェリカに激励の言葉をかけつつ扉をブチ破り脱出を果たした。グルーラはブレードを解除し、アンジェリカから離れる。
「あーあ、逃げられちったぜ。まあいいや、もう片方を仕留めてからでも間に合うだろ。っつーわけで、オレには時間がねえからよ。さっさと終わらせるぜ」
「そう簡単にはいきませんことよ。パワーアップしたわたくしの力、見せて差し上げますわ!」
雷霆の四肢、第三の刺客との死闘が幕を開けた。




