250話―恋の嵐は歯止めが効かず
「くたばりゃこの【ピー】ドラゴンが! ワタシへのジークの愛を奪おうなんぞ1万年早いわ!」
「は~? っせ~んだよこのゆるガバクソ【ピー】人形と腐れ【ピー】オーガがよぉ!」
「……よし、決めた。お前の【ピー】を【ピー】してやる。死ね。いろいろな意味で死ね!!!」
フェムゴーチェの参戦により、空中図書館での戦いは熾烈を極める……というより、ただの罵詈雑言吐き散らし合戦となっていた。
汚い言葉でぎゃあぎゃあ相手を罵りながら、それぞれが得意とする攻撃をひたすら敵にぶつけまくる。風の刃と影の槍、拡散する矢が乱れ飛ぶ。
(クソッ、クソクソクソッ! あんな奴らに……あんな奴らにジークを盗られたなんて……本当に許せない! あたしが一番、ジークと一緒に居たのに……)
悪鬼羅刹のような猛攻撃を仕掛けてくるレミアノールとフェムゴーチェを捌きつつ、リンベルは遠い過去を思い出す。
まだ戦争とは無縁だった、幼い頃の記憶を。
◇―――――――――――――――――――――◇
『やーいやーい、かたうでジーク~』
『てがかたっぽしかないから、ボールあそびもきのぼりもぜんぜんできないでやんの~。おらっ、くやしかったらなぐりかえしてみろよー』
『うう、やめてよぉ……』
辺境にある寂れた村の端にある子どもたちの遊び場で、三人の竜人の子どもがいた。そのうち二人が、残りの一人を囲んでいじめている。
木の棒でつついたり、蹴りを入れて嘲笑う。その時、一人の竜人の少女が駆け寄ってきた。いじめられている少年を守るべく、いじめっこに飛び蹴りをかます。
『コラ~! ジーくんから離れろ、わるガキたちめ!』
『ぐえっ! や、やべぇ! ぼーりょくおんながきた! にげろー!』
『にっげろー!』
『ふ~んだ、よわむしなのはどっちなんだか。ジーくん、だいじょうぶ? ほら、おうちにかえろ? てあてしてあげる』
『ありがと、リンちゃん』
生まれつき左腕がなかったジークベルトは、村の悪ガキたちにいじめられていた。そんな彼を助け、守っていたのがリンベルであったのだ。
両親を含めた周りの大人たちが見て見ぬフリをする中で、彼女だけが唯一のジークベルトの味方であり、安らぎを能えてくれる人物だった。
『ごめんね、いつもたすけてもらってばかりで。ぼくが、もっとつよかったら……ちゃんと、りょうほうのうでがあれば、みんなとなかよくできるのに』
『きにしないで、ジーくん。だいじょうぶ、あたしがずっとジーくんをまもってあげるから。でも、もしジーくんがつよくなったら……こんどはあたしをまもってね?』
『うん! じゃあ、ぼくやくそくする! たくさんつよくなって、こんどはリンちゃんをまもるんだ!』
『わぁ、たのもしいな~。ありがとね、ジーくん。ふふっ、たのしみだな~。ジーくんにまもってもらうひがくるの』
仲が良かった二人だったが、十歳になった時に転機が訪れる。ギャリオンがラ・グーへの反乱を決起し、各地で騎士の募集が始まったのだ。
その知らせを聞いたジークベルトは、決意した。村に居場所がないのならば、騎士となって立身出世し……世界を救う偉大な騎士になると。
『ねぇ、ジーク。本当に行くの?』
『うん、もう決めたから。このまま村に居ても、僕のやれることなんてたかが知れてるし、皆も鬱陶しいだろうからね』
『あたしはそんなこと思ってないよ! 村を守ってくれてるジークに、ホントは皆感謝してるって!』
『……そうだと、いいんだけどね。まあ、そこは置いといて。僕はね、もっと強くなりたいんだ。この四年、独学で剣を学んできた。皆を守るために』
幼い頃に交わした約束を果たすべく、ジークベルトは四年をかけて我流の剣術を編み出した。そのおかげで、そこいらの魔物くらいには負けない力は手に入れた、が。
『でも、僕は知ったんだ。村の外の世界には、たくさんの人たちがいてラ・グーに苦しめられてる。この村だけが平和になっても、それじゃ意味がない』
『だから、行くんだね? この大地を、丸ごと救いに』
『うん。もっともっと強くなって、ラ・グーを倒す。そのために、僕は騎士になる。ギャリオン王の下で、戦うんだ』
ジークベルトの決意は固かった。引き留められないと悟ったリンベルは、とんでもないことを言い放つ。
『そっか~、分かった。じゃ、あたしもついてくね』
『ええっ!? な、なんでそうなるの!?』
『だって、あたしはジークの幼馴染みだも~ん。二人一緒ならさ、どんな困難も乗り越えてけるよ? だから着いてく! 決定!』
『もう、いつもそうやって決めちゃうんだから……分かったよ。じゃ、一緒に行こう! 何があっても、僕が守ってあげるからね!』
『うん! もちろん、あたしもジークを守るから! 二人でお互いを支えあうの! ふふふ』
そんなこんなで、二人は生まれ育った村を飛び出しギャリオンの配下に加る。眠っていた才能が目覚め、二人ともトントン拍子に出身していった。
そこまでは、確かに順調だった。だが……運命は、二人が共にあることを許さなかったのである。ギャリオンの配下となってから一年半、二人に辞令が出た。
『え、リンちゃんが……』
『ヴァール様の部隊に引き抜き!? ちょっと、そんなの聞いてないんだけど!』
『ええ、たった今通知しましたからね。この前のカラン峠での戦いをヴァール公が視察に来られていてね、君の実力を気に入ったようだ。七日後、部隊を移ってもらうよ』
直属の上司から、リンベルの転属が伝えられたのだ。王直々の指名とあっては断れず、二人は泣く泣く別れることとなった。
(……そう。ジークと離ればなれになった後、あたしは決めた。次にジークにあった時に告白しようって。ちっちゃい時から、ずっとずっと好きだったって。なのに……!)
意識を引き戻し、リンベルは眼前に陣取る二人の敵を睨み付ける。数十本のナイフを放ちつつ、心の中で怒りをたぎらせる。
(ジークが暗滅の四騎士に選ばれたって聞いて、お祝いと告白をしに行ったら……もう、あの子の隣にはあいつらがいた。本当なら、あたしがいる場所だったのに!)
彼女の恋は、半ばで終わってしまったのだ。その元凶たるレミアノールとフェムゴーチェを、ずっと憎んできた。幼馴染みを取り戻したいと、渇望した。
だが、そのチャンスはこの千年巡ってくることはなかった。フライハイトを守護する役目を与えられ、外へ出ることは許されない。だが……。
「感謝してるよ。そっちの方からジークを連れてきてくれるんだからね~! あんたらを倒して! ジークを取り戻すから!」
「ワタシたちを倒す? 無理だな、小娘。お前とは潜り抜けてきた修羅場の数が違う。ジークへの愛の深さもな! レミー、アレをやるぞ」
「そうだな。身の程知らずの小娘に、仕置きをしてやろう」
「やってみなよ。あたしの方が! あんたたちなんかよりずっと! ジークのことが大好きなんだ! 奥義……暴君ヴリトラの嵐!」
互いの消耗も大きく、身体も心もボロボロになっている。一撃で決着をつけんと、リンベルは切り札を解き放つ。
彼女の身体を風が包み込み、暴風の竜へと姿を変える。嵐の力をもって、敵対者たちを空の藻屑にせんと襲いかかる。
風に呑まれる寸前、レミアノールたちは見た。リンベルの瞳に、ヴァールと同じ狂気が宿るのを。
「グルアアァァァ!!」
「いくぞ、レミー。シャドウタクティクス……」
「……シャドウゲート・アロー!」
レミアノールが矢を放つのと同時に、フェムゴーチェがリンベルを囲むように無数の影の門を作り出す。矢が門を通る度に、数が増えていく。
「グルッ……ガァッ!! 舐めるな、テンペスト・ブレス!」
「まず……ぐあっ!」
「ぐうっ、まずい、足場が……」
「ははは、当たった……当たったぞ! このまま、倒して……う、かはっ」
無数の矢に貫かれながら、竜は暴風のブレスを吐き出し攻撃する。レミアノールが乗っている足場を破壊し、二人も甚大な傷を負う。
このまま暴風に呑まれ、切り刻まれてしまうかと思われた。が、次の瞬間……竜の核であるリンベルを、矢が貫いた。
「……悪いな。負けられないんだ。ジークに頼まれたものでね。キミを、救ってほしいと」
「あん、たら……。結局、あたしは……勝てな、かった……」
竜を形作る暴風が消え、リンベルの姿があらわになる。そのまま力尽き、海に落ちていく。フェムゴーチェに抱えられたレミアノールは、弓を構える。
「死なせはしない! 戦技、クラッチアロー!」
「え? ふあっ!?」
「はい、捕まえた。さて、リンベルと言ったな。お前に一つ聞きたいことがある」
レミアノールはリンベルの落下を阻止し、ついでに自分たちの元に引き寄せる。空いている手でレオタードを掴み、フェムゴーチェは質問を投げ掛けた。
「な、何さいきなり」
「キミはジークのことが好きなんだろう? その言葉に偽りはないな?」
「あるわけないさ。一欠片だって嘘はついてない! でも、今さら……あんたらがいるのに、告白なんて出来るわけな」
「ん? すればいいじゃないか。というより、むしろしたまえ。そして共に嫁になれ、リンベル」
「……は?」
フェムゴーチェの言葉に、リンベルはぽかーんとしてしまう。チラッとレミアノールの方を見ると、何故か誇らしげにドヤ顔していた。
「キミはジークが好きで、ワタシとレミーもジークが好き。なら、キミもジークの嫁になればいい。共に愛そ」
「いやいやいや……おかしいでしょ、それ。っていうか、そっちはそれでいいわけ? そんな倫理観もへったくれもないようなことさぁ」
それまで抱いていた殺意は雲散霧消し、リンベルは困惑する。フェムゴーチェはもうダメだと判断し、レミアノールに助けを求めた。
が、リンベルは直後悟ることになる。両方とも凄まじい地雷だったことを。
「私もフェムも全然問題ないぞ? むしろ大歓迎するよ? 何故かって? 君がジークの幼馴染みだからだよ」
「えっ」
「幼馴染みということは、だ。ワタシたちが知らない過去のジークの全てを! 一人占めしているということだ! うらやまけしからんぞ貴様ァァァ!! 後でたっぷり! 幼少の頃のジークについて聞かせてもらうからな!! 八時間ほどかけて!!」
「……えっ」
「では早速、ジークのところに行こう。なに大丈夫、ジークだって拒みはしないさ。年上幼馴染みの告白なんて誰でも嬉しいからな。む、いかん。嬉し恥ずかしフェイスのジークを想像すると涎が……」
抵抗虚しく、リンベルはフェムゴーチェとレミアノールに連行され雷帝の寝床へと連れていかれてしまった。
崩落寸前の図書館に、彼女の悲鳴がこだまする。
「え? ちょ、ま、まって! せめて心の準備をさせてぇぇぇぇぇ!!!」
――雷霆の四肢、リンベルVSレミアノール、フェムゴーチェ。双方の和解(?)により決着。




