249話―天空のキャットファイト!
「そ~れそれそれ、海に叩き落としちゃうよ~! 戦技、ジャグリングナイフ!」
「遅いな。私の目には止まって見える。戦技、ピーコックアロー!」
足場の不安定な空中図書館にて、華麗なる射撃戦が展開されていた。リンベルの投げる無数のナイフが、それぞれ違う軌道を描き飛んでいく。
一方、迎え撃つレミアノールは七色の羽根飾りがついた一本の矢を放つ。矢は途中で分裂・拡散し、大きく広がった孔雀の羽根のようにナイフを射ち落とす。
「ひゃ~、相変わらず多芸だね~。そんな曲芸射ち、どうやったら出来るようになるの~?」
「お前の方こそ。純粋な指捌きだけで変幻自在な投てきをやってのけているのだ。その器用さ、あやかりたいよ」
互角。二人の技量は、全くの互角だった。千年という長い時を、己の研鑽に費やしたどり着いた極致。
遥かなる頂に、二人は立っている。故に――種族の違いという、技術では乗り越えられない壁が明暗を分けた。
「確かにさ~、あんたは強いよレミーちゃん。で~もね~? あたしは自由に空を飛べて! あんたは地を這い回ることしか出来ない! その違いが! 勝敗を決めるの!」
「くっ……! まずい、足場が!」
リンベルはとろけきった歪んだ笑みを浮かべ、空中図書館を飛び回りながらナイフを投げ、突風のブレスを吐き散らす。
レミアノールにとっての命綱である足場のほとんどを切り裂き、撃ち落とし、空の藻屑へと変えた。これでもう、レミアノールの動きは丸わかりだ。
「あはははは!! どうどう? これであんたが行ける場所はほとんどなくなっちゃったね~。でも、あたしは違うよぉ? この図書館をぜ~んぶ! どこだって行けるもの!」
「……そうだな。私は空を飛ぶことなど出来ん。足場が無くなれば、海に落ちるしかない」
「そうだよそうだよ! だからさっさと墜ちてよ! どん底の底へさぁ!」
恍惚の表情を浮かべ、リンベルは自身の周囲に数十本の風のナイフを作り出す。襲い来る刃の嵐を迎え撃ちながら、レミアノールは相手を見やる。
リンベルの瞳に、吹き荒ぶ憧憬と怨嗟の風を見た。
「……まだ、根に持っているのか。あの日、私が暗滅の四騎士に選ばれたことを」
「そうさ! あたしの方があんたより強い! ナイフ投げも上手いし、空だって飛べる! 風のブレスはどんな相手も吹き飛ばす! なのに選ばれたのはあんた。あの子が選んだのも……!」
「……そうか。お前も、好きなんだな。ジークのことが」
「――!」
全身を切り裂かれながらも、レミアノールは立ち続ける。魔力を用いて足場に身体を固定し、暴風の刃に立ち向かう。
そんななか、彼女の放った一言にリンベルの動きが止まる。そして――ニヤリと、笑った。
「……そうだよ。ジークから聞いてると思うけどね。あたしは幼馴染みなんだよ、あの子の。どんな時も、ずっと一緒だった。いつまでも一緒だと、思ってた」
そこまで言うと、リンベルはキッとレミアノールを睨み付ける。己の宝を奪った、不届きな簒奪者への凄まじい憎悪がそこにあった。
「別々の部隊に配属されて、次に再会した時にはもうジークの隣にはレミーとフェムがいた。本当は、あたしがいるべきだった場所に!」
思いの丈をブチ撒けた後、リンベルはうつむき肩を震わせる。一瞬、泣いているのかと思ったレミアノールだが、すぐ間違いだと悟った。
彼女は――笑っていたのだ。ゆっくりと上がっていく顔に浮かんでいたのは、狂わしくおぞましい、笑顔だった。
「だからさ、取り戻すことにしたの。この千年、いろいろあってフライハイトを出られなかったんだけど~。まさか、そっちから来てくれるなんて思わなかったよ~」
「……私とフェムを殺すつもりか? そんなことをしても、ジークはお前になびかないぞ。むしろ、心を閉ざすことに」
「はぁ? だ~れがそんなブッソーなことするもんですか。殺すわけないじゃん、バッカバカし~。それに、あんたら殺しちゃったら意味無いじゃん」
「!? どういう、ことだ?」
攻撃の手を止め、リンベルは小バカにするように息を吐く。訝しむレミアノールに、リンベルは己の野望を語る。
「あんたらの目の前でさぁ~、寝盗っちゃう予定でぇ~す☆ 愛しのジークを~、あたしの魅力で包み込んで……ドロドロの愛でトロけさせるの♥️」
「なん、だと……」
「竜はねぇ、一度手に入れた宝は絶対に手放さないの。あたしにとって、ジークは命より大切な宝物。だから取り戻す。そして見せつけるの。あたしとジークの! 愛の日々を!」
ビシィッと指を突き付け、リンベルは宣戦布告を行う。呆気にとられていたレミアノールだったが、すぐに気を取り直しフッと笑った。
「その挑戦、受けて立とう。だが、それにはまだ役者が足りない」
「はぁ? 何を言って」
「ところで、だ。前だけでなく、後ろも気にした方がいいぞ。お嬢さん?」
「なっ――!?」
直後、リンベルの肩に衝撃が加わる。何者かが肩に飛び乗り、グイッと髪を掴んでいるようだ。
「だ、誰!? 勝手にあたしの上に乗るの」
「ドーモ。ワタシ、フェムゴーチェ。オ前、仕置キスル。慈悲ハナイ」
現れたのは……ギンギンに殺意をみなぎらせた、忍装束姿のフェムゴーチェだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
時は少しさかのぼる。無事『雷帝の寝床』に侵入出来たジークベルトたちに、敵が襲いかかっていた。
「む、あれは侵入者!? お前たち、逃げ出した奴らの相手は後だ! まずは奴らを捕まえろ!」
「チッ、なんだこの数の兵士は。街はもぬけの殻だったというのに、これでは計画が台無しだな!」
運悪く、焦熱の監獄塔へ向かう途中の兵士たちと鉢合わせしてしまったのだ。兵士たちを蹴散らしながら先へ進むなか、ジークベルトはフェムゴーチェにささやく。
「ねぇ、フェム。お願いがあるんだ。後戻りして、レミーを助けてあげてくれないかな?」
「正気か? ジーク。あの程度の小娘、奴一人でも」
「さっきは急いでて言いそびれちゃったんだけどね。リンベルは、僕の幼馴染みなんだ」
「!? ああ、そうか。度々言っていた幼馴染みの竜人とは、奴だったのだな」
「うん。再会したのは久しぶりだけど、でも……僕でも分かる。さっきのリンベル、普通じゃなかった。どこか、危うい感じがあったんだ」
大聖殿方面からわらわら湧いてくる敵を切り伏せつつ、ジークベルトはそう語る。ブレードに変化させた脚で敵を迎撃しつつ、フェムゴーチェは耳を傾ける。
「もしかしたら、ヴァール様の狂気が伝播してるのかもしれない。僕が何とかしてあげたいけど……シャスティとカイルを、案内しないと」
「だから、ワタシに?」
「うん。レミーを……リンを、助けてあげて。僕の代わりに」
「任せろ。ワタシに全てな。すぐに終わらせて戻る。レミーと共に」
そう言うと、フェムゴーチェは足元に影の穴を作り出し入り込む。地面の中を進み、空中図書館へ逆戻りしたのだ。そして……。
「お前がリンベルか。こうして顔を付き合わせるのは初めてだ……お?」
「このっ、離れろ! いつまでもあたしの肩に乗ってんじゃない!」
リンベルはフェムゴーチェの足首を掴み、前方へブン投げる。そのまま落下していくかと思われたが、手のひらと足の裏から魔力を噴射し宙に浮く。
そのままレミアノールの方へ近付き、同志を守るように立ち塞がった。
「ずいぶんボロボロだな、レミー。大分苦戦したと見える」
「苦戦というか……まあ、ずっと話してただけな気もするがな。しかし、何故戻ってきた?」
「ジークに頼まれてな。お前も、あそこの竜人も。両方とも、救ってきてほしいと。優しい旦那様だろう?」
「やれやれ、全くだ。私たち以外が妻だったら、後ろから刺されてるだろうよ」
互いを見つめ、レミアノールとフェムゴーチェは笑い合う。同じ男を愛し、夫とする者たちは穏やかな空気を醸し出す。
一方のリンベルは、それが気に入らない。自分からジークベルトを奪った者たちへ、激しい憎悪を燃やしている。
「……へぇ、泥棒猫が揃ってくれるなんてずいぶん気前がいいねぇ~。そんなに、あたしにジークを寝盗ってほしいんだぁ?」
「ほざくな、小娘。出会い方が違えば、共にジークをくんかくんかぺろぺ……コホン、愛する道もあったろうが……今は無理だな」
「おい、今お前のリビドーが半分以上漏れてたぞコラ」
「まずは、その曲がりきった性根を叩き直してやる」
「無視決め込みやがった……」
レミアノールの指摘を華麗にスルーし、フェムゴーチェは影の魔力を全身に纏う。両手の中指をビッと立て、宣戦布告する。
「かかってこいやこの負け犬幼馴染みがーーーッッッ!!!」
「ヤロォ……! てめぇの【ピー】使い物にならなくしてやらぁぁぁぁぁ!!!」
一人の男を巡る乙女たちの聖戦……第二ラウンドの始まりである。




