247話―反撃のジカン
アゼルたちがフライハイトに連れ去られてから、五日が経過した。夜明け直後の空を、青色の鱗を持つ竜が飛んでいく。
その背中に乗るのは、アゼル奪還作戦に参加する戦士たち。シャスティ、カイル、レミアノール、フェムゴーチェの四人だ。
「ジーク、フライハイトまではあとどれくらいだ?」
『あと少しだと思う。少しずつ、竜の匂いが濃くなってきたから……ん、見えた! あれだよ!』
フェムゴーチェに問われ、巨竜へと姿を変えているジークベルトは空を見上げつつ答える。彼らの頭上、遠い彼方にいくつかの島が見えた。
長く細い金色の結晶で繋がれた、五つの浮島。金雷の竜ヴァールが住まう天空の楽園、フライハイトだ。
『竜変化の魔法も、そろそろ切れそうだ。急いでフライハイトに入ろう。ここで魔法が解けたら、皆仲良くまっ逆さまだからね』
「そりゃ困るな。しかし……お前、竜になれるンだな。早く言えよそういうの。カッケーじゃん」
『ありがとね。凄いでしょ、この魔法。厳しい修行を積んだ竜人だけが使える、とっておきの魔法なんだ』
シャスティに誉められ、誇らしげにしっぽを振るジークベルト。我が事のようにニマニマ笑いつつ、今度はフェムゴーチェが問いかける。
「こほん。それで、どこに侵入する? 一気にヴァールの居城に入り込むか?」
『いや、それは無理だね。ここからでも、強大な結界の気配を感じる。まずは、近付いて様子を見るね。一気に上がるよ、掴まってて!』
ジークベルトは一気に上昇し、浮島群へ接近する。雲塊の中に身を隠し、じっとフライハイトを構成する各島の観察を行う。
ヴァールの居城である『雷帝の寝床』を頂点とし、その下方に四つの島が円を描くように配備されている。五つの浮島のうち、三つが結界に覆われていた。
『むー……やっぱり、直接乗り込むのは無理だね。あの結界はすり抜けられない。破壊すれば強引に入れるけど……』
「間違いなく、敵に悟られるな。ではジーク、残りの四つの島はどうだ? フライハイトの構造には詳しいのだろう?」
『うん、まず奥の方にある二つ……古戦の宝物庫と金結晶の大聖殿がある島は無理だね。城と同じ結界に守られてる』
「じゃあ、あっちの火山がある島はどうなんだ?」
レミアノールにそう言われ、ジークベルトは見たままの感想を口にする。次に質問をしてきたカイルに、考え込みながら答えた。
『あっちにあるのは……焦熱の監獄塔だね。入るのは簡単だけど、まず間違いなく遠回りになるだろうね。重要な拠点だから、ヴァール様の側近もいるだろうし』
「ってこたぁ、一番手前にある浮島に候補が絞られたってわけだな?」
『そうなるね。あそこは絢爛なる天竜街。ヴァール様に仕える者たちが暮らす街だ。あそこなら、簡単に入り込めるね』
「なら、決まりだな。絢爛なる天竜街から、一気にヴァール公の城に侵入する。そして……アゼルくんたちを奪還する」
「へっ、腕が鳴るぜ。よぅし、突撃だ! いけー、ジーク号発進!」
『もう、人を遊園地の乗り物みたいに……まあいいや、行くよ!』
ジークベルトは翼を広げ、猛スピードでフライハイトに接近する。距離を縮めていくなか、フェムゴーチェは大きな影の穴を空中に作り出す。
ここからは、彼女の操る影の魔法を活用して進んでいかなければならない。さもなくば、即座に見張りに見つかってしまうだろう。
「ジーク、シャドウホールに入れ。極限まで気配を薄めて姿を消し、敵の五感から我らを遮断する」
『分かった。さあ、ここからが正念場だよ!』
アゼルを助けるため、ジークベルトたちは絢爛なる天竜街へ侵入する。……が、彼らは知らなかった。すでにヴァールの側近たる雷霆の四肢が動き出していることを。
そして――行動を起こしているのは、自分たちだけではなかったということを。
◇―――――――――――――――――――――◇
同時刻、焦熱の監獄塔の最下層。脱獄を知らせる警報が鳴り響き、待機していた看守たちが鎮圧のため一斉に出動する。
鉄壁の牢獄を破り、外に現れたのは――。
「退くがいい、竜人たちよ。命を散らしたくなければな!」
「向こうにその気はなさそうですわよ、アーシアさん。ならば……無理矢理にでも押し通るしかありませんわね!」
「フッ、それもそうだな」
「脱獄者ども、大人しくお縄につけぇぇぇ!!」
アンジェリカとアーシアだった。精神世界から帰還した二人は、自分たちを閉じ込めていた結晶を牢獄ごと破壊し、一気に二つ上の階層まで脱出したのだ。
四方八方から迫ってくる看守たちを迎撃するため前に出ようとするアーシアを、アンジェリカが制す。代わりに一歩進み、全身に魔力を纏う。
「先手はわたくしにお任せくださいませ。修行の成果を、この方たちに見せて差し上げますわ」
「ふむ、いいだろう。盛大に見せてやるがよい」
「ええ。ではいきますわ。戦技……操気・餓捨髑髏!」
「!? な、なんだありゃ!? まん丸の……しゃれこうべ?」
アンジェリカを包む魔力が形を成し、彼女の頭上に黒くて丸い髑髏が現れる。看守たちがビクついていると、髑髏の目に妖しい光が灯った。
「……キカ」
「へ?」
「コノ怨ミ……晴ラサデオクベキカァァァァァ!!」
「ぎゃああああ!? こ、こっち来るなぁぁぁぁ!!!」
恨み辛みに満ちたおぞましい声で叫びながら、髑髏は看守たちに向かって飛んでいく。情けない悲鳴をあげ、看守たちは狭い通路を逃げ惑う。
その様子を見ながら、アンジェリカは顎の下に手を添えお嬢様ポーズで高笑いする。その隣では、アーシアが真似をしていた。
「おーっほっほっほっ! これが修行の成果その一ですわ! わたくしたちをあんな狭っくるしい場所に閉じ込めた怨み、ここで晴らしてやりますわよ!」
「ククク、逃げろ逃げろ。そいつはアンジェリカの怨みが消えるまで、どこまでも追っていくぞ」
精神世界での修行によって、アンジェリカは三つの戦技を新たに生み出した。その一つ、操気・餓捨髑髏は彼女の抱く負の感情を原動力とし、敵と見なした者を無差別に襲う。
「クソッ、いつまでも逃げてるわけにはいかねえ! お前ら、一斉攻撃でアレを破壊するぞ!」
「よし、せーのっ!」
「……ふっ、かかりましたわね。アーシアさん、障壁をお願いしますわ」
「心得た」
いざ反撃せんと、看守たちが髑髏を槍やブレスで攻撃した次の瞬間。髑髏が急速に膨れ上がり――大爆発を起こした。
「ウ・ラ・メ・シ・ヤ~~~~!!!!」
「おあああああああああああああ!!!!????」
アーシアが防御用の障壁を貼ったおかげで二人は無事だったが、看守たちはそうはいかない。ある者は爆発に巻き込まれ、ある者は崩落した通路の穴から下のフロアに落ちる。
敵襲からたった一分足らずで、アンジェリカは看守の大半を撃退してみせたのだ。ストレスを発散してスッキリしたようで、アンジェリカはニッと笑う。
「ふう、ざまぁありませんでしたわね。さ、上に行きましょうアーシアさん。アゼルさまをお助けしに行きますわよ」
「ああ。油断せず行こうか。とりあえず……こっちの通路はもう渡れないから、向こうに行くとしよう」
邪魔者が消え、二人は悠々と通路を進み監獄塔からの脱出を目指す。だが、二人はまだ気付いていなかった。
遥か上の階層で、焦熱の監獄塔を守る番人が待ち受けていることを。
◇―――――――――――――――――――――◇
「いやー、あっさりと街を抜けられたな。ってか、もぬけの殻だったな、ここ」
「ああ。しかし妙だな……人っ子一人いないなど、どう考えてもおかしい。街の住人はどこに行ったんだ?」
絢爛なる天竜街に侵入したシャスティたちの進軍は、予想以上に楽だった。何しろ、街には警備の兵どころか住人すらいないのだ。
ほぼ全員が、現在金結晶の大聖殿にいるのだが……彼らには知る由もない。不審に思うのも仕方のないことであった。
「ま、いいさ。おかげで影の中を潜って進む必要もないわけだからな。ジーク、ここからどうやって城に入る?」
「うーんと、確か千年前は街の奥にある専用の施設のワープ装置を使ってたっけ。確か場所は……あ、あそこだよ!」
「よし、早速行こう。レミー、哨戒は任せた」
「ああ、任せろ」
ジークベルトとフェムゴーチェを先頭に、一行はワープ装置のある建物を目指す。中に入ると、広大な図書館になっていた……が。
「……おい、なんで床がねえんだ? 下に青空が見えてるぞ」
「これは……だいぶ面倒くせぇな……」
あらゆる建物にあるはずの床が、そこには一切存在していなかった。無数の本棚が天井から吊り下げられ、開いた本の形をした足場がそこかしこに浮遊している。
予想外のことに、シャスティもカイルも面食らってしまう。表情こそ変わらないものの、レミアノールとフェムゴーチェも驚いているようだ。
「あの足場を渡れってのかよ……。落っこちたら一巻の終わ……全員伏せろ!」
遥か遠くにある扉を眺めていたカイルは、殺気に気付き銃を抜く。素早く弾を連射し、遥か前方から飛んできたナイフを撃ち落とす。
「あ~ララ、仕留め損なっちゃった。いいカンしてるんだねぇ、君。うん、いいんじゃな~い?」
「いきなり敵襲か。ま、このまますんなり進めるとは思ってねえけどな」
空間が歪み、一人の竜人の女が姿を現す。淡いエメラルドグリーンの鱗を持ち、露出の多いレオタードを着ている。
女はどこからともなく取り出したナイフを、片手に六本ずつ持ちながらニヤリと笑う。
「よ~こそ、天空の図書回廊へ! あたしはヴァール様にお仕えする雷霆の四肢の一人、『風裂き』のリンベル。よろしくね~」
最初の刺客が、襲いかかる。




