243話―巨竜との戦い
「ヴァール……!? まさか、貴女は……聖戦の四王の!? いえ、そんなはずありませんわ!」
「小娘、妾ヲ知ってイるのか。まあヨい、そんナのはドうでもイい。我が悲願ノ邪魔はサセヌ! お前タチは他の騎士どもを足止めセよ! こやつラは妾が相手をすル」
「ハッ、かしこまりました!」
アンジェリカの叫びなど意にも介さず、ヴァールは部下たちに指示を出す。アーシアと戦っていた竜人たちは散開し、城下町の方へ向かう。
邪魔が入らないよう、騎士たちを街へ誘き出すつもりなのだ。アーシアは空を見上げ、竜を睨み付ける。圧倒的な強者のオーラに、冷や汗が流れた。
(……気配だけで分かる。奴は強い。恐らく、余がこれまで倒してきた大魔公の誰よりも。全力を出せば互角には戦えるだろうが、それではアゼルに危害が及んでしまう……)
三者共に微動だにしない中、アーシアは思考を巡らせる。背後にいるアンジェリカにアゼルを渡し、逃がそうとも考えたが……。
(ダメだ、少しでもアゼルを身体から離せば奴に奪われる。恐らく、余もアンジェリカもタダでは済まぬ。こうなれば、アゼルを抱えたまま戦うしか……!)
「あーう……あーあ、あーあ」
必死に打開策を導き出そうとするアーシアに、アゼル(赤ちゃん)が声をかける。赤ちゃんなりに、事態を察しているようだ。
そんなアゼル(赤ちゃん)を見下ろし、一瞬だけヴァールは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。が、すぐに
元の冷徹な微笑みに戻った。
「赤子ハいい。穢れナく尊い。グルル……グルアアァァァァ!!」
「アンジェリカ、必死で食らいつけ! 油断すると死ぬぞ!」
「は、はい!」
ヴァールが翼を広げるのと同時に、アーシアは叫ぶ。直後、竜の翼の膜に、雷の魔力が宿り凄まじい勢いでチャージされていく。
「竜魔法……逆鱗ノ矢!」
「左だ、避けろ!」
「かしこまりましたわ!」
六枚の翼から無数の雷撃が放たれた刹那、アーシアはそう叫び右へ跳ぶ。アンジェリカも左へ跳んで攻撃をかわしつつ、強化魔法を自身にかける。
雷撃がテラスの床を砕き、亀裂を走らせる。急いでヴァールを退けないと、テラスが崩落しアゼル(赤ちゃん)の身に危険が及んでしまう。
「避けられたのはいいですけれど……わたくし、遠距離攻撃が全く出来ませんわ! アーシアさん、どうすればいいんですの!?」
「待っていろ、今武器を渡しに」
「させヌわ! 竜魔法……逆鱗ノ鉄鎚!」
「くっ、面倒な!」
アンジェリカを手助けしようとするアーシアに、ヴァールは雷のハンマーを叩き込む。攻撃を避けるため後退し、二人の間に距離が出来てしまう。
このままでは、反撃手段のないアンジェリカが一方的になぶり殺されてしまう……アーシアがそう考えていた時、アゼル(赤ちゃん)がもぞもぞ動く。
「うー……だうあうあー!」
「へ? ちょ、なんですの!? 覇骸装が……きゃあああ!!」
アゼル(赤ちゃん)が叫ぶと、アンジェリカが抱えていた覇骸装ガルガゾルデがひとりでに動き出した。アンジェリカの身体を、服ごとタイツが包む。
「まさか……アゼル、そうなのか? あの者のために……貴殿も、戦うというのだな?」
「あーあ!」
「こ、この姿! わたくしもアゼルさまのようになれましたわ! 大興奮ですわぁぁぁぁぁぁ!!」
赤ん坊の身体では、覇骸装を着て戦うことは出来ない。故にアゼル(赤ちゃん)は、アンジェリカが覇骸装を着て戦えるよう魔力を送ったのだ。
全身タイツをドクロの鎧が包み、その上にローブが羽織られる。その様子を見ていたヴァールは、身体をよじり、ブツブツ何かを呟く。
「あレは、ジェリドの……違ウ、妾は知ラぬ。そのヨうな者など、記憶になイ……いや、違う。知ってイる、知らヌ、ぐ、うう……」
「なんだ? 突然苦しみ出したが……まあいい、仕掛けるぞアンジェリカ!」
「かしこまりましたわ! ふふ、前からやってみたかったのですわ、これ。出でよ、ヘイルブリンガー! ですわ!」
憧れのアゼルと同じ戦い方が出来るとあって大興奮のアンジェリカは、右手を頭上に掲げノリノリで叫んだ。すると、ヘイルブリンガーが現れ……。
「え、ちょ、おも……へぶっ!」
「何をやっておるのだ……まあいい、今のうちだ! ダークネス・ストラトス!」
あまりの重量に片手では支えきれず、斧の柄がアンジェリカの顔面に直撃した。呆れたようにため息をつきながら、アーシアは先に攻撃を行う。
槍に闇の魔力を注ぎ込んで高速回転させ、螺旋状の衝撃波を放つ。攻撃は見事命中し、雷で出来たヴァールの左腕を吹き飛ばす。
「や、やひまふわね。ひゃら、わはふひもいきはふわ! ていりゃあああ!!」
「あうあー!?」
「バカ力め、ヘイルブリンガーを投げつけるとは!」
多少ふらつきながらも、アンジェリカは狙いを定めヘイルブリンガーをおもいっきりブン投げた。狙うのは、ヴァールの喉。
「グル……そんナもの、当たるモのか!」
「避けましたわね。でもムダですわ! 戻りなさい、ヘイルブリンガー!」
「なニ……グッ!」
我に返ったヴァールは、真上に飛翔してヘイルブリンガーを避ける。それを見たアンジェリカは、クイッと指を曲げ斧を呼び戻す。
Uターンして返ってきたヘイルブリンガーは、黄金の竜の翼を一枚、途中からぶった斬ってみせた。今度はちゃんとキャッチし、アンジェリカはドヤ顔する。
「おーっほっほっほっ! 見まして? アーシアさん。わたくしでもヘイルブリンガーを使いこなすことが出来ていますわ!」
「アゼルが専用の調整をしてくれているから、ということを忘れるな。そうでなければ、本来は」
「グルアアァァァァ!! 妾の翼ヲ、よくも斬ッてくれタな! 許さヌ……! 竜魔法……逆鱗ノ鉄鎚!」
左腕を再構築し、ヴァールは再び雷の鉄鎚を叩き込む。腕が振り下ろされる直前、アゼル(赤ちゃん)は覇骸装にさらに魔力を送る。
「あう! ぶぶーぶ!」
「これは……! ありがとうございますわ、アゼルさま! アーシアさん、こちらへ! いきますわよ、ガードルーン……イジスガーディアン!」
アゼル(赤ちゃん)がさらに魔力を注いだことで、アンジェリカでもルーンマジックを使えるようになった。
ヴァールの攻撃を防ぐべく、アンジェリカはバリアを作り出し仲間ごと身を守る。一発目は受け止められたが、バリアに亀裂が走り軋み出す。
「二発は無理ですわね……。アーシアさん、今のうちにドデカイのをお願いしますわ!」
「ああ、任せろ。次撃が来る前に決める! アゼル、済まないが耐えてくれ。奥義……ダークネス・グランドリラー!」
魔槍グラキシオスにありったけの魔力を集め、アーシアは先ほどよりも巨大な、渦を巻く螺旋状の衝撃波を作り出す。
衝撃波は槍へと姿を変え、攻撃体勢に入っていたヴァールの胴体に直撃する。強固な竜の鱗を貫き、心臓ごと胴体を消し飛ばしてみせた。
「や、やりましたわ! それにしても、凄まじい威力ですわね」
「フッ、この程度は序の口だ。アゼルを抱えている状態では、全力を出せぬからな」
「誰ガ、誰ヲ倒したト? ムダなことダ。妾は不死身なのダカラ」
「――!?」
ヴァールを葬り、勝利の余韻に浸るアーシアたち。だが……彼女らの目の前で、あり得ないはずの事態が発生した。
心臓ごと胴体を消し飛されたはずのヴァールが、生きていたのだ。アーシアたちが与えた傷も、一瞬で再生している。
「バカな、あり得ん! 余の攻撃が確かに、貴様の心臓を消し飛ばしたはず!」
「もう、茶番ハ終わりダ。赤子ヲ渡さぬト言うノならバ、貴様ラごと連れてイく。竜魔法……逆鱗ノ雷糸!」
「ぐうっ! こ、これは……」
「身体が、動か……」
ヴァールは右手を伸ばし、人差し指をアーシアとアンジェリカに向ける。細い雷の糸が伸び、あっという間に二人を絡め取って動きを封じてしまう。
「仕上げダ。竜魔法……逆鱗ノ牢獄」
「ぐ……うおっ!?」
さらに竜魔法が発動し、アーシアたちの足元に魔法陣が浮かび上がる。直後、円筒状の鉄格子が魔法陣から生え、彼女らを包囲した。
鉄格子の上部に取っ手付きの魔法陣が現れ、天井となって脱出を封じる。ヴァールは取っ手を掴み、ゆっくりと翼を羽ばたかせる。
「守り人たチよ! 目的ハ果タした。撤退スるぞ!」
ヴァールがそう叫ぶと、竜人たちが集結し北の空へ飛んでいく。黄金の竜も部下たちの後を追い、空高く舞い上がった。
「安心シろ。次の新月ノ夜マでは何モしナい。それマでハ、牢獄の中デ大人しくシているのダな」
「クッ……プッ!」
もはや逃げ場なしと悟ったアーシアは、唾液に魔力を混ぜてテラスの床に吐き捨てる。少しずつ唾液が固まり、黒いクローバーのブローチへ変化していく。
「よウやく、我が悲願ガ叶う。ギャリオントの約束ヲ、永遠ニ果たし続ケられル……」
満ち足りた表情を浮かべ、ヴァールはそう呟く。揺れる牢獄の中で、アゼル(赤ちゃん)は不安そうにもぞもぞしていた。




