242話―雷、襲来
一時間後、調理場で赤ちゃん用のミルクを調達してきたアーシア。彼女は、城の北四階にあるテラスでアゼル(赤ちゃん)にミルクを与えていた。
「んむ、んむ」
「ふむ、いい飲みっぷりだ。よしよし、たくさん飲んで早く大きく……いや、数日で元に戻るのだったな。まあ、可愛いからどうでもよいか」
「んく、んく……けぷっ」
「おお、全部飲んだか。結構な量があったが……ふふ、食いしん坊め」
「あーう、きゃっきゃ」
ミルクを飲み終えたアゼル(赤ちゃん)を、アーシアは笑顔であやす。しばらく遊んでいると、おもむろに闇の魔力でゆりかごを作る。
その中にアゼル(赤ちゃん)をそっと入れ、同じく闇の魔力で作ったヒモで己の身体に固定した直後。斜め前方に向かって、魔法の槍を投げた。
「何者かは知らぬが、いただけないな。無垢な赤子を襲おうなどとは、な!」
「ギィ……アァ……」
槍は途中で見えない何かを貫き、そのまま中庭へ落ちていく。その途中、透明化の魔法が消え侵入者の正体が明らかになる。
まだ年若い、竜人の青年だった。心臓を貫かれた青年は、頭から中庭へ落ち息絶える。嫌な予感を覚えたアーシアは、城内に戻ろうとするが……。
「見つけたぞ、あの赤ん坊だ! 全員で囲め、赤ん坊を奪うのだ!」
「!? これは……なんという数だ。数十……いや、数百は下らぬな。フレイディーアには新しく結界が張られているはず。邪悪な者が侵入出来るわけ……おっと」
「その魔力……貴様、闇の眷属だな? 悪いことは言わん、その赤ん坊をこちらに渡して即刻この都を去れ。さもなくば、恐ろしい目に会うぞ」
「断る。余の辞書に敵前逃亡の四文字はないのでね。アゼルを奪うつもりならば……」
空を埋め尽くすほどの武装した竜人たちが現れ、アーシアに警告を発する。不敵な笑みを浮かべ、アーシアは己の得物、魔槍グラキシオスを呼び出す。
「まずは余を始末してみせるのだな。もっとも……大魔公たる余を、貴様らが狩れるのであれば、だが」
「大魔公だと? フン、ハッタリを! 全員、かかれェーッ!」
「おおーーっ!!」
「来い。全員、胸に風穴を開けてやる」
肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべ、アーシアは竜人たちの群れを迎え撃つ。が、彼女はまだ知らない。すでに城の中にも、竜の魔の手が伸びていることを。
◇―――――――――――――――――――――◇
時は少しさかのぼる。アーシアがアゼル(赤ちゃん)を連れて玉座の間を出ていってから四十分後、暗滅の四騎士とメレェーナ、カイル、ソルディオが新たに集まっていた。
「あー、やっと身体が動くようになったわ。全く、パンツ丸出しにされるなんて女王の威厳失墜するじゃいのよ、もう」
「まあまあ、落ち着いてください女王陛下。それで、我々を集めたのはどういう理由が?」
「あっ、そうそう、そのことなんだけどね。なんと、昨日の夜ヴァール公の使いから手紙が届いたの! 今日、久しぶりに謁見したいってね」
「なんと、あのヴァール公が!? なるほど、そうですか。それは喜ばしいことですね、陛下」
二人できゃいきゃい盛り上がるエイルリークとジークベルト。そんな彼らを他所に、メレェーナはちょいちょいとシャスティの肩をつつく。
「ねぇ、ヴァなんとかってのは誰なの?」
「ん? ああ、お前は知らなくても当然か。ヴァール公はな、聖戦の四王の最後の一人……『金雷の竜』の異名を持つドラゴンの女帝なのさ」
「へー。あっ! ってことはもしかして」
「ああ。アゼルが集めてる炎の欠片を持ってるやつでもあるのさ」
金雷の竜ヴァール。千年前、単眼の蛇竜ラ・グーと戦った大いなる王の一人にして、数多のドラゴンを束ねる雷の女帝。
竜族の中でも最も神に近いとされる、六枚の翼と黄金の鱗を持つ神秘の竜にして、地上最強の守護者と称えられる存在なのだ。
「じゃあじゃあ、今回の話ってさ」
「まあ、間違いなく炎片のことだろうな、メインは。……お、早速お出ましのようだぜ」
こそこそ話をしていると、玉座の間の扉が開き年老いた竜人が入ってくる。床に着きそうなほど長い真っ白なアゴヒゲと、深緑色のゆったり服が印象的だ。
「これはこれは、お久しゅうございますエイルリーク様。あれから千年……相も変わらず、可憐ですじゃ」
「こちらこそ、お久しぶりね。ヴァール公の右腕、『千里眼』のビシャス」
老人――ビシャスは、ニッコリと目を細め恭しくお辞儀をする。好好爺という言葉がピッタリな穏やかな雰囲気を醸し出しており、リリンたちも親しみを抱く。
「おお、暗滅の騎士たちもみなお揃いで。……ん? はて、そこの三人の訃報を遠い昔に聞いたような……」
「いや、そんなはずはないだろうご老公。私やフェム、ガルはこうしてピンピンしているぞ?」
「ホッホ、そうですな。老体ゆえ、記憶もあやふやになってきておりますじゃ。いや、歳は取りたくないものですわい。カッカッカッ」
レミアノールの言葉に、ビシャスは笑いで応える。少しして、ビシャスは懐から小さな水晶玉を取り出し、その場にひざまずく。
「エイルリーク様。本日、無理を言ってこの場に参じましたのは、我が主ヴァール様からの伝言をお伝えするためにございます」
「ほう。その水晶玉に、ヴァールからの伝言が詰まっておるのだな? ささ、はよう聞かせておくれ。久々に友の声を聞きたいわ!」
「かしこまりました。では……」
エイルリークに促され、ビシャスは水晶玉に魔力を込める。すると、威厳に満ちた低い声が水晶玉の中から聞こえてきた。
『親愛なる我が友、ギャリオンの娘エイルリークよ。この言葉を汝が聞いてくれていることを、妾は願う。今日、ビシャスを使いに送ったのはある目的があるからだ。それを、我が言葉で伝えよう』
「一体何かしら? お茶会の誘いだったら嬉し」
『妾の目的ハただ一つ。汝の元に身ヲ寄セる炎片の継承者を誘拐すルことダ。炎片を守るノは、妾だケでヨい。他の者ニなド、断じて渡サヌ! 妾自ラ……ウバイトッテクレヨウ』
穏やかな口調から一転。激しい憎悪と怒り、そして狂気に満ちた声が水晶玉から発せられる。直後、城の外に強大な魔力反応が現れた。
フレイディーアに接近しているヴァールが、無理矢理結界をこじ開けたのだ。都から遥か遠く離れた、海の上から。
「ビシャス、一体どういうことなの!? ヴァール公は何を」
「申し訳ありませぬ、エイルリーク様。そして、お集まりの方々。わしの目的は一つ。ぬしらを……この部屋に釘付けにし続けることのみ!」
問い詰めようとしたエイルリークの言葉を遮り、ビシャスは目を見開く。すると、玉座の間全域が強固な結界に覆われ、外界から遮断された。
事が済むまでの間、リリンたちに妨害をさせないようにしているのだ。結界が発生した直後、エイルリークを除く全員が即座に仕掛けた。
「……残念だ、ビシャスさん。あなたには多くの恩があるけれど、陛下に害を成すならば成敗しなければならない!」
「どこのトカゲの骨とも知れぬ奴らに、アゼルを渡してなるものか! 老トカゲ、今ここで消し炭にしてやる!」
「カッカッカッ、それは無理というものよ。わしには見えるのじゃよ、ぬしの思考。息遣い。筋肉と視線の動き。そして……『未来』がな!」
ジークベルトとリリンの放った攻撃を、ビシャスは皮一枚で避けてみせる。直後に放たれたシャスティたちの連続攻撃も、完璧に見切りかわす。
「そうだった、忘れてたよビシャスさん。あなたは……千里眼で未来が見えるってことをね」
「カッカッカッ。守りに専念するわしは強いぞ? ぬしらでは倒せぬ。諦めるのじゃな」
「断る。アゼルは決して渡さん。……アーシア、アゼルを頼むぞ!」
今ここにいない仲間に向けて、リリンは小さな声でそう呟いた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「フン、弱いな。あれだけ大口を叩いておきながら、五分弱で半分死ぬとは」
「つ、強い……! こいつ、化け物か!? だが、我らはまだまだ尽きぬ! 援軍は無限にいるぞ!」
「……チッ。数の優位で押し潰す気か。空飛ぶトカゲ風情が無駄知恵を」
玉座の間での戦いの最中、アーシアもアゼルをまもるため戦っていた。圧倒的な実力の差はあるものの、数のアドバンテージを覆すまでには至らない。
次々と現れる援軍を前に、流石のアーシアも疲労を隠せないようだ。が、その時。廊下の方からやかましい声が聞こえてくる。
「遅刻ですわぁぁぁぁぁぁ!! 急いで玉座の間に……って、なんですのこの竜人の群れは!?」
「む、アンジェリカではないか。ちょうどいい、トカゲどもの殲滅を手伝……貴様、何故アゼルのローブとタイツを持っている?」
現れたのは、何故か覇骸装とローブを抱えたアンジェリカだった。寝坊したのか、玉座の間への招集に間に合わなかったらしい。
「これはその、あの、け、決してアゼルさまの服をくんかくんかするためでは……」
「……はぁ。まあよい、折檻は後だ。今はこいつらを……!?」
「ククク、お互いちょうどいいタイミングで援軍が来たようだな。ヴァール様、こいつです! この女が抱えている赤ん坊です!」
「よクやっタ。ほウ、この赤子が。炎片ヲ継承セし者か……」
青空を雷雲が覆い、その中から黄金の鱗と六枚の翼を持つ竜――ヴァールが姿を見せる。バチバチと電流がほとばしり、火花を散らす。
「デは、奪おウか。我が愛シキ者ガ残しタ、命ヨリ大切な炎を」
ヴァールの顔に、ぞっとするような冷たい笑みが広がった。




