241話―アゼル、赤ちゃんになる(二回目)
新しいローブを送られた翌日。アゼルは――赤ちゃんになっていた。
「ぶー」
「いやちょっと待ておかしいだろ!? 昨日まで普通だったじゃねえか!」
「まあ、原因は大方予想出来るが……うむ、元凶どもに聞いてきた方が早いな」
いつまで経っても起きてこないアゼルを心配し、様子を見に向かったリリンとシャスティは頭を抱える。とりあえず、アゼルを連れて玉座の間へ向かう。
「あー、今日も平和ね。憂いなく飲む紅茶は美味し」
「討ち入りだオラァァァァァ!!」
「クイーン・オブ・ザ・ビッチ、貴様の命もここまでだ!」
玉座に座り、のへーっと紅茶を啜っていたエイルリークは、突然の襲撃に思わず飲み物を吹き出してしまう。
警備の騎士たちは、鬼のような形相を浮かべてエントリーしてきたリリンたちを見て身体がすくんでいた。何人かはちびっている。
「失礼ね、誰がビッチよ! わたくしはマイダーリンひとす……あら可愛い赤ちゃん! ……どっちかの隠し子?」
「違うわ! アゼルだよアゼル! 今日いきなり赤ちゃんになってたんだよ! どう考えても過去に行ったのが原因だろが!」
とんでもない速度で玉座に近寄り、シャスティは文句を並べ立てる。彼女とリリンは、アゼルが過去の世界に行った副作用であるからね化したと考えていた。
「あー、そういえば過去に行く実験してた時にたまにあったなー、赤ちゃんになっちゃうの。そっかー、マイダーリンもなっちゃったかー」
「なっちゃったかー、じゃないわ! アゼルは元に戻れるのか? もし戻れんなどと抜かしたら、貴様の【ピー】と【ピー】にサンダラル・バンカーをぶち込まねばならん」
「だいじょぶだいじょぶ。これまでの事例だと、みんな数日で元に戻ってたから。だからマイダーリン抱っこさせて? ね? ね?」
「断る。涎垂らしながら息を荒くしてるような奴にアゼルは渡さん」
「そう。なら……実力行使させてもらうわ! アチョーッ!」
問題なく元に戻れることが判明し、リリンたちはホッと胸を撫で下ろす……暇もなく、アゼル(赤ちゃん)を巡る戦いが始まった。
ドレス姿にも関わらず縦横無尽に暴れまわるエイルリークに難儀していると、玉座の間の扉が開く。騒ぎを聞き付けたアーシアがやって来たのだ。
「全く、朝っぱらから何をやっているのだ。他の者たちの迷惑に……ん? あれは……」
「さあ、早くマイダーリンを渡しなさい! わたくしはダーリンの妻兼ママになるのよ!」
「はー? ションベンくせぇガキが舐めたこと言ってんじゃねえぞ! アタシがママになるんだよオラァ……!? って、身体が動かねぇ!?」
「こら、危ないではないか貴様ら。赤ん坊を抱えたまま戦うな、愚か者め」
アーシアは束縛魔法でリリンたちの動きを止め、その間に近付いてアゼル(赤ちゃん)を助け出す。きょとんとしていたアゼル(赤ちゃん)はアーシアを見上げ……笑った。
「あう?」
「!!!?!!???!!?!!?!!?!!?」
「いや、驚きすぎだろ。つか、そんな反応前にもどっかで見たぞ」
「な、なんだこの赤子は……。何故こんなにも、愛しい気持ちが沸き上がる……? ああ、アゼルだからか」
「気付くの早いなお前!?」
「フン、左目を見ればそのくらい分かるわ。大暴れした罰だ、貴殿らはしばらくそうしていろ」
フッと笑った後、アーシアはリリンたちをパンツ丸出しの情けない格好に固定して玉座の間を去る。心なしか、ウキウキしているようだ。
「おい待てコラ、せめて体勢だけは変えてから帰れ! おい、待て~!」
「うぐぐぐ……一国の女王ともあろう者がこんな辱しめを……! ……ちょっといいかも」
「お前は少し黙ってろ!」
ぎゃあぎゃあ喚く三人を尻目に、アーシアは廊下に出る。ちらっとアゼル(赤ちゃん)を見下ろし、デレデレした表情を浮かべた。
「よしよし、アゼルよ。元の姿に戻れるまで余が面倒を見てやろう。心配はいらぬぞ、きちんと世話をするからな」
「あーあ! あーあ!」
「ふふ、あーあが好きか? よしよし、まずはミルクを飲ませてやるからな。さ、行こうか」
「あーあ!」
るんるん気分でスキップしつつ、アーシアは調理場へ向かう。その様子を、窓の外から一体の翼竜が眺めていたことを、誰も知らなかった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ヴァール様、ヴァール様! ご報告致します。例の少年は現在、致命的なまでに無防備な状態にあります。誘拐するなら、今がチャンスかと!」
「……そう、カ。なれバ、すぐニ行動した方がヨい。ギャリオンより託さレた炎片は、全て……妾ガ守り抜く。ジェリドノ末裔には任せラれぬ」
大きな研究室で書き物をしている黄金の竜の元に、部下から知らせがもたらされる。聖戦の四王最後の一人――いや、一体であるヴァールは、作業を止めた。
「誓ったノだ。ギャリオンに。妾ガ、炎片を守るト。未来永劫、炎を絶やさせハしないと。『鱗無しの守り人』たチに準備をさせヨ。これより、ソル・デル・イスカ王国へ向カう!」
「ハッ、お任せを!」
竜人の男は頷き、研究室を去る。ヴァールは魔法で動かしていた羽根ペンを置き、六枚の翼を広げ雄叫びをあげた。
研究室の窓がひとりでに開き、竜はそこから外へでる。己の居城たる巨大な監獄を後にし、眼下を見下ろす。
遥か下の方にある大海原を見ながら、ヴァールは再び咆哮する。すると、雷雲が竜の身体を包み、ほとばしる雷が手足へと変化する。
「ギャリオンよ。安心しロ。汝との約束ハ、決して違えヌ。妾の命がアる限り、希望は絶やさぬ。そうダ、後継者などイラナイ。妾ガ、必ず」
そう呟くと、ヴァールは南へ顔を向ける。狂気が宿った瞳を輝かせ、纏った雷雲と共に猛スピードで飛翔する。
「かつての想い人、ギャリオン。汝との恋は実らなかったが……永遠の誓いだけは、実らせてみせようぞ」
ほんの一瞬、ヴァールから狂気が消える。強い決意が籠った口調でそう呟くと、再び瞳に狂気が宿る。アゼルを拐うため、狂乱の竜は空を翔ていく。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……なんということだ。我が軍団が全滅、だと?」
「はい。僅かな生き残りからの報告では、三百八十年前に死んだはずの暗滅の騎士たちが、途中から参戦して形勢逆転を許した、とのことです」
「グリニオめ、しくじりおったな! 使えぬ……本当に使えぬゴミクズめ!」
同時刻、ラ・グーもまた配下からの報告を受け、怒り狂っていた。ソル・デル・イスカ攻略にほぼ全ての戦力を投入し、敗北した。
その結果、残る部下は目の前にいるロギを含めた五人の大魔公のみとなってしまったのだ。目も当てられない結果に、苛立ちが募っている。
「こうなれば、何としても残りの炎片を先に手に入れねばならぬ。ロギ! 今回はお前に動いてもらう。よいな?」
「抜かりはありません、ラ・グー様。私はすでに、聖戦の四王の一人ヴァールの居城を特定し裏工作を行っています。じきに、逆鱗の炎片を手に入れてみせますよ」
「ククッ、流石だ。お前の変身能力を用い、奴らを翻弄してやれ。失敗は許されん、確実に炎片を奪うのだ!」
「お任せを。ラ・グー様のご期待に、必ずや応えてご覧に入れます。この『変幻の万面相』ロギが、ね」
そう言うと、タキシード服姿の男は指を鳴らす。直後、面識がないはずのアゼルの姿に変身してみせた。誰にも見分けがつかないほど、完璧に。
「では行って参ります、ラ・グー様。吉報をお待ちください。それでは……」
深々とお辞儀をした後、アゼルの姿をしたロギは城を後にする。狂乱の雷と、変幻自在の魔手がアゼルに伸びようとしていた。




