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240話―ローブへ託す想い

 数日後。リリンたちとエイルリークによる大乱闘が行われたあと、ようやくアゼルは月光と暗滅の炎片を継承することが出来た。


 ……が、アゼルに元気はなくずっと部屋に閉じ籠っていた。スケルトンを操るためのタリスマン、そしてボロボロのローブ。


 両親の形見として受け継いだ大切な品を両方ともグリニオに奪われ、失った。使命を終えて気が緩んできたところで、その事実を実感し気落ちしているのだ。


「……あれから、ずっと出てこねえな。メシもまともに食ってねえんだろ?」


「ああ。何度か呼び掛けてみたんだが、全く反応がなくてな……。まあ、気持ちは分かる。大切な形見だと言っていたからな、あのローブは」


「辛いだろうなぁ、アゼルも。何とか立ち直らせてやりてぇけど、どうしたらいんだろな……」


 事態を重く見たリリンやシャスティたちは、度々城の会議室に集まり相談をしていた。どうすれば、アゼルが元気を取り戻せるか。


 何度も話し合ったが、これだという案は出なかった。時にはジークベルトたちを交えて意見を貰ってみたものの、答えは出ない。


「これでもう三日ですわね……。部屋の前に置いた食事を採ってはいらっしゃるようですが、ほとんど残してしまっていますわ……」


「なんとかして、アゼルくんを元気付けてあげたいよ。アゼルくんがしょんぼりしてると、あたしも悲しいよ……」


 今日もまた、会議室にリリンたちが集まっていた。しばらく静観していたソルディオが、咳払いしてから話し出す。


「アゼル殿に元気がないのは、形見のローブを失ってしまったから、でしたな? なら、我々で新しいモノを手作りして贈る……というのはどうでしょう」


「それも考えたんだけどよぉ。アゼルにとって本当に大切なのは両親の思い出が残るローブなわけだろ? アタシらが作ったモンで代わりになるわけが……」


「俺はそうは思いませんな。確かに、今は亡き両親との思い出の品は失くなった。でも、それで思い出そのものまで失われることはない」


 臆するシャスティに、ソルディオはそう語る。年長者だからこそ、そして、アゼルの友人という目線だからこそ言える言葉があった。


「思い出が詰まった品が失われたのなら、新しい器にまた思い出を詰めていけばいい。両親との思い出だけでなく、我々との思い出も」


「……ふっ。言われてみればそれもそうだな。アゼルが受け取ってくれるかは分からぬが、やってみる価値はある」


「そういうことなら、オレに任せてくれないか? あのローブの原料になる布くらいは、同じモノを用意してやりてぇんだ」


 リリンが同意すると、今度はカイルが話し出した。着ていたコートを脱ぎ、机の上に置く。


「カイル、なんで脱ぐ。露出癖でもあるのか?」


「違うわ! このコートはな、オレが家を飛び出す時に持ち出したオヤジのお気に入りのやつなんだよ。嫌がらせにパクってやろうと思って持ってったんだが……」


「うわー、サイテー。いーけないんだいけないんだ、神さまに言っちゃ……あ、あたし神さまだったね! てんちゅー、てんちゅー!」


「いたっ、いたっ! こらメレェーナてめぇ、ローキックすんのやめろ!」


 解決策が見えてきたことで、沈んでいた空気が明るくなる。とてとて歩いてきたメレェーナに脛をローキックされつつ、カイルは話を続ける。


「で、だ。このコート、アゼルが着てたローブと同じ材質なんだよ。オヤジとおフクロの特注品、この世で一つしかない品だ」


「なるほど、そのコートを再利用してローブを仕立てよう、ということか」


「ああ。アゼルの背が伸びたら、譲ろうと思ってたんだ。思ってたのと形は違うが、いいきか……って、いい加減蹴るのやめろ! さっきからいてぇんだよ!」


「わー、怒った怒った! にーげろー!」


 カイルに怒鳴られ、メレェーナはケラケラ笑いながら席に戻る。そこから先は、トントン拍子に話が進む。


「これじゃ丈が長すぎるな。アタシが裁断するわ、孤児院のガキんちょの服繕うためにやってたし」


「じゃあね、あたし染色やるー! 元のローブの色に染めちゃうもんね!」


「では、わたくしとリリン先輩でコートをローブに仕立てますわ。こう見えて、お裁縫は習っていますのよ!」


「得意とは言わないのか……。まあいい。そうと決まれば、早速取り掛かろう。あ、男どもは手出しするなよ? 手先が不器用な者には任せられん」


「……はい」


 手伝う気満々だったソルディオとカイルは、リリンに釘を刺された。二人とも自分が天才的なぶきっちょであることを自覚していたので、文句はなかった。


「……あの二人、そこまで不器用なんですの?」


「ああ。昨日も似たような案が出てな、試しに縫い物させたら自分の指と布が一体化してたぜあいつら」


「それは無理ですわね」


 気落ちするカイルたちを横目に、シャスティとアンジェリカはこそこそそんなことを話す。リリンはコートをひっ掴み、拳を天に突き出した。


「お前たち! 乙女の本気を出す時が来たぞ! アゼルのために今日から徹夜だ! 気合い入れていけ!」


「おおーーー!!」


 こうして、リリンたちの戦いが幕を開けた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……寒いな。あのローブじゃないと……ぜんぜん、あったかくないよ。お父さん、お母さん……」


 リリンたちが動き始めてから数日後、アゼルは一人ベッドに寝転がり、毛布にくるまっていた。かつてのような快活さは鳴りを潜め、悲しみに満ちた表情を浮かべている。


 毛布ごと己の身体を抱き締めるも、震えは止まらない。どんなに辛い時も身体を暖めてくれた形見は、もう存在しない。その事実が、心を締め付ける。


「……タリスマンも、ローブも、失くなっちゃった。もう、お父さんたちを思い出せるものが、なんにもないよ。うう、うぇぇ……」


 たった一人で閉じ籠り、部屋の中で嗚咽を漏らすアゼル。心の中では、いつまでもうじうじしていてはいけないと分かっている。


 だが、心と頭では理解していても、感情が伴ってはいなかった。悲しみに押し潰され、一人では立ち直ることが出来ない。


 そんな自分に自己嫌悪し、形見を失った悲しみを思い出しては涙をこぼす。その繰り返しを、ずっと続けていた。


「ひっく、う、ぐすっ」


 アゼルの心情を汲み取り、エイルリークは極力部屋に人を近付けないようにしていた。いつか、時間が悲しみを癒すだろうと信じて。


「……アゼル。アゼル、起きているか? 大切な話があるんだ。部屋に入れてくれないかな」


 今日もまた一人泣いているところに、外からリリンの声が聞こえてくる。この数日、全く声をかけてこなかったことを疑問に思ったアゼルはのそっと起き上がる。


「……リリン、お姉ちゃん」


「よかった、寝てはいなかったか。……どうだ、落ち着いてきたか?」


「分から、ないです。自分のことなのに、自分じゃ一つも……」


「……そうか。辛いだろうな、アゼルも。でも、何時までもそうしているわけにいかないことは分かっているんだろう?」


「ええ、分かってます。でも……まだ」


「いいんだ、別に責めているわけじゃない。ただ、今日はアゼルに渡したいものがあってな。鍵、開けてくれるか?」


 しばらく迷った後、アゼルはベッドから降りてドアに近寄る。鍵を開け、扉を開くと……そこには、目の下に濃いクマを作ったリリンたちがいた。


「み、みんなどうしたんですか? そのクマは……」


「ふふ、これか? なに、アゼルが気にすることはないさ。今日は……これを、渡そうと思ってな」


「アゼルさま、これを」


「これは……ローブ? ! も、もしかして……」


「ああ。アタシらが徹夜で作ったんだぜ。不恰好になっちまったけどさ、アゼルに元気出してほしくて」


 アンジェリカが手渡したのは、全員で真心込めて作った新しいローブだった。カイルの助言を受け、色褪せてしまう前の鮮やかなオレンジ色に染まっている。


「これって……」


「せめて、失ってしまった形見の代わりになれば……と思ってな。カイルに元がどんな色だったのか聞いて、出来るだけさいげ……!? アゼル、どうした!? そんな泣くほど嫌だったか!?」


 リリンが話している途中で、アゼルはポロポロと大粒の涙をこぼす。余計なお世話だったか、と慌てるリリンたちに、首を横に振る。


「いや、なんかじゃ……ひぐっ、ないです。ぼくのために、ここまで……みんなが、してくれるなんて……ぐすっ、ぼく、うれしくて……うれ、しくて……うう、うわぁーん!」


 仲間たちの優しさに触れ、アゼルは号泣しながらその場に座り込む。そんなアゼルを見て、リリンたちの涙腺も決壊してしまった。


「へへ、なんだよ。そんなこと言われたらよ、こっちまで……グスッ、泣けてきちまうじゃねえか」


「アゼルさま……ア゛セ゛ル゛さ゛ま゛ぁ゛~゛!」


「もー、みんな……泣き虫さん、ひっく、なん、だからぁ~。びえー」


 全員その場に座り込み、涙の大合唱が始まる。後ろの方にいたカイルとソルディオも、もらい泣きしているようだ。


 リリンはそっとアゼルを抱き締め、優しく頭を撫でる。母親が我が子にするように、慈愛を込めて。


「……これまで紡いできた思い出と、これから歩む未来を共にこのローブに込めよう。アゼル」


「……はい!」


 涙を拭い、アゼルは満面の笑みを浮かべる。その手に、仲間との絆を抱き締めて。



◇―――――――――――――――――――――◇



「……燃やせ。もっとだ。鱗を捧げよ、我が同胞たち。決して、逆鱗の炎を絶やしてはならぬ。かつての盟友との誓いのために」


 同時刻。大地のどこかにある古びた搭の中に、竜たちの絶叫がこだまする。自ら鱗を剥がし、燃え盛る真っ赤な炎の中へ投げ込んでいく。


 その様子を、遥か天空より眺める者がいた。三対六枚の翼を持つ、四肢の無い黄金の竜。翼を羽ばたかせながら、狂気に満ちた眼で竜は眼下を見下ろす。


「渡さぬ……何者にも、渡さぬ。この逆鱗の炎片を守るのは妾だ。ギャリオンとの約束は、永劫に違えぬ。そう、絶対に……『金雷の竜』ヴァールが、守り続けてみせる!」


 黄金の竜はそう呟いた後、頭をもたげ雄叫びをあげる。炎を巡る旅路の終わりが、近付いてきていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誰も彼も失った時は誰だって悲しいさ(ーー;)でもその悲しみを知るから守りたい思いが強くなる( ´-ω-) しかしローブは良いがタリスマンはどうするんだ? よし、エリクシールよアゼルの嫁さん…
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