239話―果たされた贖罪
「お前、本当にリジール……なのか?」
「そう、だよ。三百八十年ぶりだね、リリン」
戸惑うリリンの方を向き、リジールは儚げな笑みを見せる。アゼルはボーンバードをさらに寄せ、相手に近付く。その顔は、かつての美貌を取り戻していた。
アゼルはそっとリジールの手を取り、優しく握る。枯れ枝のように細い腕や指が、これまで彼女がどれだけの苦労を重ねたかを主張していた。
「リジールさん……こんなに、痩せ細って……」
「あたしね? やりきったんだよ。暗域の門を閉じて、大地を浄化して……全部、元通りにしたんだ。でもね……」
そこまで言ったところで、リジールは悲しそうに顔を伏せる。アゼルたちが首を傾げていると、少しして続きを話す。
「あたし、もう人の姿に戻れなくなっちゃった。身体も、もうほとんど動かなくて。これ以上、アゼルと一緒に旅が出来ないの。ごめんね、まだ償いを……」
「……もう、もういいんです。それ以上、頑張る必要はありません。あなたは……償いを、果たしましたから」
「え……?」
アゼルはそっとリジールを抱き締めながら、そう口にする。たった一人で、暗域の驚異から大地を守り抜いたのだ。
三百年以上も、孤独に耐えて。そんな彼女の努力が実り、平和が戻ってきた。これ以上の償いは、もう必要ない。
アゼルは、リジールを許した。
「……私も、お前を許そう。よくやった、リジール。私たちとの約束を守り、アゼルを無事帰してくれただけでなく、こうして大地を守ったのだからな」
「リリンまで……。そっか、あたし……許してもらえたんだ。よかった……本当に、よかったぁ」
ポロポロと涙をこぼし、嗚咽を漏らしながらリジールはアゼルを抱き締め返す。どん底に落ちたその日から、ずっと抱いていた願い。
アゼルへの贖罪を果たしたい。その想いが今、結実し――リジールは、本当の意味で再びアゼルの仲間になれたのだ。
「嬉しい……嬉しいよ。あたし、ちゃんと償えたんだね……」
「ええ。お疲れ様でした、リジールさん。アーシアさんも、きっとあなたのことを誇りに思っていますよ」
「ああ、全くだ。大義であったぞ、リジール。お前のような部下を持てて、余は幸せだ」
「おわっ!? アーシア貴様、いつの間にここに!? というか、よく私たちの居場所が分かったな!?」
泣きじゃくるリジールをアゼルが抱き締めていたその時、背後からアーシアの声が聞こえてきた。仰天したリリンが叫ぶと、アーシアはフッと笑う。
「いやなに、慌ただしく都を飛び立っていくボーンバードが見えたのでな。太陽太陽うるさいバケツ頭に作業を押し付けて、こっそりついてきたのだよ」
「そ、そうだったんですか……」
宙に浮かぶアーシアは、リリンを押し退け部下のところに向かう。真面目な表情を浮かべ、リジールの成し遂げた功績を讃える。
「リジール。課せられた使命を果たし、大地を救った偉業、余は永劫忘れぬ。お前は余の誇りだ」
「アーシア様……う、うぇぇえん……」
「まったく、泣き虫な奴だ。ほら、そんなに泣くとアゼルの身体が鼻水まみれになるぞ」
「あはは、別に気にしませんって。ずっと頑張ってくれたんですから、これくらいはね?」
気が緩んだようで、リジールはアゼルにすがりついたまま号泣し始める。覇骸装が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのにも関わらず、アゼルはリジールの頭を撫でていた。
「……さて、そろそろいいだろうアゼル。貴殿にはまだ、会わねばならない者たちがいるのではないか?」
「それはそうですけど……リジールさんをこのまま置いていくわけには」
「それなら、余に任せておけ。この広場とフレイディーアを繋ぐワープゲートを設置する。そうすれば、いつでも様子を見にこられるだろう?」
しばらくして、アーシアはアゼルにそう告げる。帰りに難儀しないようにと、即席のワープゲートを作り出しながら。
「そう、ですね。リジールさん、ぼくは一度太陽の都に戻ります。やることが終わったら、また来ますね」
「うん、分かった。ゆっくりでいいよ。待つのには慣れてるから」
アゼルたちはワープゲートを通り、フレイディーアへ戻る。城の中に入ろうとすると、一人の騎士が駆け寄ってきた。
「あ、いたいた! ようやく見つけましたよ、アゼル殿。ジークベルト様がアゼル殿をお呼びです。玉座の間へお急ぎください。お仲間方は、皆揃っておりますよ」
「分かりました。じゃあ、すぐ向かいますね」
アゼルはリリンとアーシアを連れ、玉座の間へ向かう。城を上に進み、女王エイルリークとジークベルトが待つ場所に到着した。
玉座の間に繋がる大扉を開くと……床に敷かれたカーペットの奥に、四人の男女がいた。玉座はドーム状のベールに包まれ、中は見えない。
玉座の両脇に二人ずつ、計四人。ジークベルト、レミアノール、ガルガラッド、フェムゴーチェ。暗滅の四騎士が、一人も欠けることなく揃っていた。
「お、やっと来たかアゼル。待ってたんだぜ、お前の帰りを」
「ただいま、兄さん。シャスティお姉ちゃんたちも……よかった、皆元気そう」
「当たり前だぜ、アゼル。そう簡単に死にゃしねえよ、アタシらはな。さ、女王さんがお待ちかねだぜ。行ってきな」
「はい!」
入り口付近で待っていたカイルたちと再会を喜びあった後、アゼルはカーペットの上を進み、玉座へと近付いていく。
ジークベルトは老人ではなく、叙事詩で語られる少年の姿になっていた。暗滅の炎片が失われず、現代まで存続したからだろう。
「ジークベルトさん、その姿……」
「やあ、アゼルくん。君の活躍で、僕もすっかり元の姿に戻れたよ。レミーやガル、フェムがこうして生きているのも、君のおかげさ。本当に、ありがとう」
「久しいな、アゼル。あの時は世話になった。君がいなければ、私は猛毒のせいで命を落としていただろう。感謝してもし足りないよ」
玉座の右側にいたジークベルトとレミアノールは、互いの手を固く握りながら感謝の言葉を述べる。反対側にいるフェムゴーチェは、どこか不満そうだ。
「くっ……じゃんけんに負けたせいでジークの隣に立てなかった……。ま、いい。少年、ワタシからも礼を言わせてほしい。キミのおかげで、ジークとの蜜月の日々を」
「わー、わー! 言っちゃダメだよフェム! 恥ずかしいから!」
「はいはい、夫婦のイチャコラは後にしとけ。にしても、あれから三百年以上経ったってのにまるで昨日のことのように思い出せるぜ。お前に助けられたのが」
「いえいえ。皆元気そうで本当によかった。……ところで、なんで玉座がベールで覆われてるんです?」
相変わらずジークへの愛をぶちまけるフェムゴーチェに苦笑しつつ、アゼルはガルガラッドに尋ねる。すると、それまで沈黙していた女王が叫んだ。
「わたくし自らお教えするわ! さあ、見せてあげる。わたくしの姿を!」
勢いよくベールが吹っ飛び、エイルリークの姿があらわになる。が……玉座に座っていたのは、アゼルとそう歳の変わらない少女だった。
「え、エイルリークさん……なんですか?」
「そうよ! ジークベルトを生き長らえさせるために月光の炎片の力を使っていたから、わたくしも大人になっていたけど……これが本当の姿よ、ダーリン!」
「だ、ダーリン!?」
突如アゼルをダーリン呼びしたエイルリークは、玉座から立ち上がり歩き出す。遠くでそれを見ていたリリンたちは、何かを察知したようだ。
リリン、シャスティ、アンジェリカ、メレェーナの四人はいつでも走り出せるよう身構える。一方、アーシアはワープゲートを作り出し、リジールが顔を出せるようにしていた。
「そうよ、ダーリン。あなたは月光の炎片を受け継ぐんでしょう? つまり……そう! わたくしの夫になるということに等しいわ! というわけで早速式を上げるわよ! 一生の思い出に残る挙式を」
「させるかァァァァァ!! シャスティ、アンジェリカ、メレェーナ! 乙女チックストリームドライブを叩き込むぞ!」
「いや知らねえよそんな技!? でも、ま……新参者に好き勝手はさせねぇぜ! オラァァォ!!」
「式を挙げるのはわたくしの方ですわぁぁぁぁぁ!!!!」
「とりあえずとつげきー!」
「わ、みんな来た!? ちょ、引っ張らな……わぁぁぁ!?」
エイルリークを止めるべく、リリンたちが突っ込んできた。アゼルの奪い合いが始まり、玉座の間が一気に騒がしくなる。
暗滅の四騎士の面々は、巻き込まれないように後ろへ下がる。こっちはこっちで、わあわあイチャイチャしていた。
「やれやれ、モテる男もつらいもんだな」
「ガッハッハッ! 元気があってたいへんよろしいですなぁ!」
「……やれやれ。後で余も混ざるとするか。リジール、ちゃんと見えているか?」
「はい、アーシア様」
静観を決め込んだカイルやソルディオは、好き勝手にそんなことをのたまっている。ワープゲートから顔を覗かせたリジールも、一緒になって笑う。
悲劇は喜劇へと変わり、新たな運命の扉が開かれた。過去を巡る冒険は……大団円を迎え、幕を閉じたのだった。




