238話―さようなら、リジール
死闘の末に、グリニオを撃破したアゼルたち。あとは暗域と繋がる門を封じれば、全てが終わる。そう思っていた次の瞬間、玉座の間が揺れ始めた。
「うわっ! な、なんですかこの揺れは!」
「感じる……ずっと下の方で、強大な闇の力が暴走し始めてるのを」
キョロキョロと周囲を見渡すアゼルに、リジールは緊迫した表情でそう告げる。その時、横たわっていたズィヴノが、僅かに頭を動かす。
「……そう、だ。暗域の門は、我の魔力で繋ぎ止め、安定させている。我が死ねば……制御を欠いた門が暴走し、大陸の半分が吹き飛ぶことになるだろう」
「そんな! ズィヴノ、どうにかして門を閉じることは出来ないんですか!?」
余命幾ばくもない邪竜に、アゼルは問う。このまま門の暴走を許せば、本来の歴史よりも悲惨な未来が訪れることが確定してしまう。
何としてでも、門の暴走を止めなければならない。ズィヴノはしばし考え込んだ後、アゼルとリジールを交互に見ながら話し出す。
「……方法はある。お前たちのどちらかが我と融合し、制御を引き継げばよい。そうすれば、時間こそかかるが門を安定させ、ひいては閉じることも可能だ」
「それ以外に、方法はないんだね?」
「ああ。だが安心しろ。融合するのは肉体だけだ。我が魂が滅びれば、融合した者の人格だけが残る。……もう、時間がない。どうするか急いで決めろ」
ズィヴノが死ぬまで、もう時間はほとんど残されていない。アゼルの額に浮かぶ魔眼も、もうほぼ消えてしまっている。
選べる手段はただ一つ。そして、それを実行出来るのは二人のどちらか片方のみ。リジールはしばし考え込んだ後、何かを決意し頷く。
「……決めた。ダークメタモルフォーゼ、スティンガー・ビー。アゼル……ごめんね」
「リジールさん? 何を……!?」
蜂娘へ姿を変えたリジールは、素早くアゼルに近寄り麻痺毒を撃ち込む。身体が痺れ倒れ込むアゼルに、自分の時空間移動装置を装着させる。
リジールは、自分が過去に残り――全てを、終わらせるつもりなのだ。
「な、んで……」
「ごめんね、アゼル。でも、約束したから。何があっても、アゼルを未来へ帰すって。……ん、これでよし。壊れちゃってる方の装置は、あたしが貰うから」
「ダメ、です。リジール、さんも……一緒、に」
「それは……出来ない。ズィヴノの言った方法は、アゼルにはさせられない。やれるのは……アーシア様に力を貰った、あたししかいないもの」
そう言いながら、リジールは装置を作動させる。元いた時間へ、アゼルを帰すために。何かを言いたそうに自分を見上げるアゼルに、リジールは微笑む。
「大丈夫、約束するよアゼル。三百八十年、あたしはずっと生き続ける。暗域の門を閉じて……必ず、再会するから。だから――未来で、待っててね」
「リジールさん……!」
『時空間移動装置、起動。システムオールグリーン。これよりタイムジャンプを開始します』
装置が作動し、無機質な音声が流れた後アゼルの身体が光に包まれる。少しして光が消えると、そこにアゼルの姿はなかった。
彼は帰ったのだ。仲間たちが待つ、未来へと。リジールはズィヴノに近付き、身体に触れる。竜の命の灯火が、消えようとしていた。
「ズィヴノ、もう時間がない。融合のやり方を教えて」
「……お前が、残ったのか。てっきり、あの小僧を置き去りにして帰るものかと思っていたが」
「しないよ、そんなこと。あたしはね、アゼルに償いをするためにここに残ったんだよ。あたしにしか出来ないことをするために」
「何があったかは聞かぬ。だが、お前の決意は理解した。そのままじっとしていろ。我の全てを受け入れるのだ」
リジールの身体の中に、ズィヴノの魔力が流れ込んでいく。それに合わせて、リジールの身体が少しずつ変化する。
アンコウのように互いの身体が融合し、一つに混ざりあう。一人と一体は、新たな生命体へと生まれ変わろうとしていた。
「これが、アンタの魔力……。これだけあれば、きっと門も閉じられる!」
「だが……それで、終わりではない。闇の瘴気に汚染された大地を……浄化するのに、は……途方もない、年月がかかる。果たして……たった三百年と少しで、終えられるのか……あの世で、見せて……もら、う……」
融合が完了したすぐあと、役目を果たしたとばかりにズィヴノは息絶えた。直後、暴走した門の影響で城の崩壊が始まる。
竜の肉体を得たリジールは床を踏み砕き、一気に城の地下へ降りていく。その途中、死にかけのグリニオの悲鳴が聞こえてきた。
「いや、だ……オレが、こんなところで死ぬなん……げはっ!」
「瓦礫に潰されちゃったか、ざまーみろ。さて……着いたね。これが暗域の門か」
城の地下に、禍々しい門が開いていた。大量の闇の瘴気が暗域から流れ込み、大地を汚さんと外へ溢れ出してある。
リジールは門に手を当て、魔力を流し込む。アゼルとの約束を果たすために、全力を発揮する。
「……最後までやりきったら、アーシア様に誉めてもらえるかな。アゼルにも、許してもらえるかな。もし、そうなったら……嬉しいなぁ」
そう呟くリジールの頬を、一筋の涙が流れて落ちていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ゼル。アゼル、大丈夫か?」
「う……。あれ、ここは……」
「よかった、やっと目が覚めたか。いきなり大広間に出てきた時は驚いたぞ。無事そうでなによりだ」
何者かに声をかけられ、アゼルはゆっくりとまぶたを開く。目の前にいたのは、リリンだった。どうやら、彼女に膝枕されているようだ。
「リリン、お姉ちゃん……? 他の、みんなは?」
「シャスティたちか? 奴らは後片付けをしてるよ。ラ・グーの部下どもが攻めてきて、かなりの激戦になってな。ま、安心しろ。皆無事だ」
「そっか、ならよか……! そうだ、リジールさんを探しに行かないと!」
「おい、どうしたアゼル? どこに行くんだ!?」
完全に意識が戻ったアゼルは、大慌てで広間を飛び出して城の外に出る。城下町では、騎士たちが瓦礫の撤去作業を行っていた。
「サモン・ボーンバード! 急いで南に……」
「どうしたんだアゼル、そんなに慌てて。私も同行するから、何があったのか聞かせてくれ」
「分かりました、とりあえず急ぎましょう!」
アゼルはリリンと共にボーンバードに乗り、都を出て遥か南を目指す。その途中で、二人は情報交換をする。
暗滅の騎士を全員救い、歴史を変えたこと。暗域の門を閉じるため、リジールがただ一人過去へ残ったことをアゼルは話す。
「そうだったのか……。奴め、そんな選択をしたのか」
「はい。リジールさんは……たった、一人で……」
「実はな、アゼルが戻ってくる前に、すでに歴史は変わったんだ。ほら、前を見てみるといい。王国領の先にも、平野が広がっているだろう?」
「本当だ……じゃあ、ぼくたちは」
「ああ。歴史を変えたんだ。アゼルたちは、やり遂げたんだよ」
リリンの言葉に、アゼルは安堵の息を漏らす。過去の世界で見た、禍々しく変容した大地はもうない。三百八十年の時をかけて、リジールが全てを元に戻したのだ。
「戦いの後、書庫に行って歴史がどれほど変わったか確認してきた。旧公国領全域が禁足地に指定されて、三百年以上誰も立ち入っていないらしい」
「じゃあ、誰もリジールさんの消息を知らないってことですね?」
「ああ。生きていればいいのだがな」
一刻も早くリジールの無事を確かめたいと、アゼルはボーンバードを駆る。人の手が入っていないせいで、鬱蒼とした森が大地を覆っていた。
かつての都は跡形もなく森に呑まれ、ズィヴノの城があった場所も分からない。どうやって探そうがアゼルが考えていると、脳裏に声が響く。
――アゼル。あたしは、ここだよ。こっちに来て――
「この声は……よし!」
声に導かれ、アゼルは高度を下げる。森の中へと踏み入り、ゆっくりと南へ進む。
「アゼル、この先にリジールがいるのか?」
「ええ。聞こえたんです、声が。きっと、この先にリジールさんが……! あ、あれは!」
しばらく森の中を進むと、急に二人の視界が開け光が射し込む。大きな広場の中央に、赤茶けた鱗を持つ巨大なドラゴンが鎮座していた。
目を瞑り座するドラゴンの鼻先に、女性の上半身が生えている。祈りを捧げるように手を組み、うつむいているせいで顔が分かりにくかったが……。
アゼルには、その女性がリジールであることが一目で分かった。
「リジール、さん……?」
「……その、声。アゼル……なんだね。あたし……頑張ったよ。ちゃんと……約束、守ったよ」
ドラゴンに近寄り、アゼルは声をかける。祈りを捧げていたリジールは、閉じていたまぶたを開け――柔らかな微笑みを浮かべた。




