237話―違えた道の先に
死闘を繰り広げるリジールとグリニオを横目に、アゼルは拘束から逃れようともがいていた。今は互角に戦えているが、それもいつまで保つか分からない。
故に、急いで触手から脱出しなければと酷く焦っていた。ようやく片手を外に出せたその時、アゼルの脳裏に何者かの声が響いてくる。
(小僧……。小僧、聞こえているか?)
「?? この声は……? 一体、誰?」
(我だ。貴様がよりかかっている竜……ズィヴノだよ)
グリニオに敗れ、倒れた邪竜はまだ生きていたようだ。うっすらとまぶたを開け、アゼルの方へ目を向ける。
瑠璃色の瞳に見つめられ、アゼルは吸い込まれそうな感覚を覚える。直後、体内で炎の欠片が燃え盛り、その熱で正気に戻った。
(ほう、我が愛獄の魔眼が効かぬとは。あわよくば、貴様を隷属させてグリニオを始末させようと思ったが……無理なようだ)
「用件はそれだけですか? ぼくは忙しいんです、負け犬は引っ込んでてください」
(まあ待て、そうつれないことを言うな。貴様とあの男は敵同士なのだろう? なら、我が力を貸してやろうではないか)
「あ、そうですか。別にいらないです」
つっけんどんな態度を取るアゼルに、ズィヴノはそう語りかける。あまりにも胡散臭い話に、アゼルは聞く耳を持たない。
(全く、本当につれないヤツだ。なに、裏など何もない。我はじきに死ぬ。どうせなら、我の野望を挫いたあの男に一矢報いてやりたいと思ってな。貴様に、我が愛獄の魔眼を譲ってやろうではないか)
「愛獄の魔眼?」
(そうだ。先ほど貴様に使ったものだ。目を合わせた相手の心を操る力がある。それを使えば、あの男との戦いを優位に進められるとは思わぬか?)
「それは……」
(我とて、散々邪魔をしてくれた貴様に協力するのは癪に障る。だが、それ以上にあの男が許せぬのだ!)
ズィヴノの言葉に、アゼルの心が揺らぐ。今ここで、なんとしてもグリニオを仕留めねばならない。その助けになるなら、何でも利用したいところではある。
――のだが、かと言ってズィヴノを信用することも出来ない。本当に裏がないのか、アゼルには判断のしようがないのだ。
「ぼくは……」
「ぐ、ああああ!!」
「ハハハハハ! ざまぁねえなリジール! 残り四本の腕も、みんな引きちぎってやるよ!」
思い悩んでいたその時、アゼルの耳にリジールの絶叫が響く。左右の腕を一本ずつちぎられ、甚大なダメージを負ってしまったのだ。
(早く決めろ、小僧! 我が完全に息絶えれば、魔眼の力は使えなくなる。仲間を助けたくはないのか!)
「くっ……分かりました。でも、これだけは言っておきますよ。もし邪な意思で協力してることが分かったら、その瞬間トドメを刺しますからね」
(構わぬ。さあ、受け取れ。愛獄の竜ズィヴノの魔眼を!)
ズィヴノはアゼルの身体に爪を触れさせ、魔力を流し込む。すると、アゼルの額に第三の眼が浮かび上がる。
邪竜の力が加わり、アゼルの身体に活力がみなぎってくる。力任せに触手を引きちぎり、少年は立ち上がった。
「さあ、捕まえたぞクソビッチめ。まずはその仮面を剥ぎ取って、ボロボロの素顔を拝んでやるよ」
「ぐ、うう……」
「そうしたら、てめぇの目玉をほじくり出してやる。もう二度とオレに逆ら」
「グリニオ! お前の相手はぼくだ! こっちを見ろ!」
リジールの髪を掴み、じわじわいたぶろうとしているグリニオに向かってアゼルは叫ぶ。その声を聞いたグリニオは、後ろへ振り向く。
すかさずアゼルは魔眼を見開き、その魔力を発揮する。罠だと気付いたグリニオだったが、もう遅かった。
「てめぇ、その眼は……! あのクソトカゲ、まだ生きてやがるのか!」
「リジールさんを放しなさい、グリニオ。早く!」
「ぐ……クソ、身体が、勝手に……!」
アゼルに命じられ、グリニオはリジールを遠くに放り投げる。傷を癒すため、入れ替わりでリジールは戦線離脱した。
「一つだけ命令します。リジールさんの傷が癒えるまで、手を出すな。それ以外は好きにしなさい」
「なんだと? てめぇ、分かってるのか? その眼の力があれば、オレを自害させることなど簡単に」
「出来るでしょうね。でも、それじゃぼくの気が収まらない。あの日の因縁に終止符を打つためにも、この手でお前を倒す!」
「……ハッ、身の程知らずが。てめぇみてえなガキに、オレが倒せるわきゃねえだろ! 邪戦技、デモリッションストーム!」
グリニオは全身に力を込めて、棍棒を床に叩き付けた。闇の波動が放たれ、アゼルへ襲いかかる。ヘイルブリンガーを逆手に持ち、アゼルは構える。
「チェンジ、重骸装モード! 本当に身の程を知らないのはどちらなのか……ハッキリさせてあげますよ、グリニオ!」
「アゼル、危ない!」
「ヒャハハハ、バカだろこいつ! 自分からデモリッションストームに飛び込んで……!?」
アゼルは右腕を前に突き出し、ゆっくりと歩き出す。盾でデモリッションストームを受け止めながら、一歩ずつ確実に。
「あり得ねえ……闇の波動の中を歩けるわけがねぇ! 普通のヤツなら、とっくに身体がバラバラになってるはずだぞ!?」
「こんなの、痛くも痒くもありませんよ。ぼくは今までに、多くの強敵と戦ってきました。ガルファランの牙、堕天神、闇霊、そして聖戦の王たち。彼らと比べれば、お前なんか全然強くない!」
「このガキ、言わせておけば! なら、こいつはどうだ! 邪戦技、デモリッションブレード!」
遠距離攻撃では効果が薄いと考えたグリニオは、棍棒に闇の力を纏わせ大剣へと変化させる。波動によって動きが鈍っているアゼルに、勢いよく斬りかかった。
「三枚に卸してやるよ、アゼルゥゥゥゥ!!」
「棍棒の次は剣ですか。なら、こっちもそうさせてもらいますよ! チェンジ、剣骸装モード!」
「なっ!? 鎧がさらに変わっただと!?」
アゼルは覇骸装を変化させ、軽量化させることで闇の波動から華麗に脱出しつつグリニオの攻撃をかわした。
本来は両腕にブレードを装備するが、今回は左手にヘイルブリンガーを持っているため右腕だけに装着している。
「斧と剣の二刀流ってか? くだらねえ小細工しやがって! ぶった切ってやる!」
「本当にくだらないかは、これを受けてから言ってほしいですね。戦技、ツインブレイド・ワルツ!」
アゼルはグリニオに肉薄し、踊るように武器を振るい連続攻撃を仕掛ける。対するグリニオは、肉体の頑丈さに任せて致命傷になりうるものだけを捌く。
「くっ、このっ! アゼルのクセに、何だこの一撃の重さは!?」
「あなたには分からないでしょうね、グリニオ。今この場にはいない仲間たちの思いが、ぼくに宿ってる。長い旅の中で築いてきた絆が、ぼくに力を与えてくれるんだ!」
「ぐっ! まずい、剣が……」
「今だ! パワールーン、シールドブレイカー!」
右腕のブレードでグリニオの大剣を跳ね上げ、致命的な隙を作る。相手が守りを固めるよりも早く、アゼルはルーンマジックを発動した。
ヘイルブリンガーが赤く輝き、全てを破壊する一撃が放たれる。グリニオの胸板を切り裂き、遠くへと派手に吹き飛ばす。
グリニオの手から離れた大剣が宙を舞い、床に落ちるのと同時に砕け散った。
「がはあっ! バカな、オレが押されるだと……? こんな、貧相な風体のガキなんかに、このオレが……」
「もう諦めろ、グリニオ。お前はぼくに勝てない。絶対にね」
「舐めた口利いてんじゃねぇ! オレは、ま……だ!?」
「もう終わりだよ、グリニオ。二対一で勝てるわけないでしょ?」
「リジール、てめぇ……」
壁に叩き付けられてなお立ち上がるグリニオ。憎悪を剥き出しにしてアゼルを睨み付けた次の瞬間、脇腹に剣が突き刺さった。
傷の再生を終えたリジールが、虚を突いて不意打ちを仕掛けたのだ。トドメとばかりに剣を捻り、内臓にも深いダメージを与える。
「ぐ、がはっ」
「ごめんね、アゼル。あれだけ勇ましいこと言って、結局手を借りちゃった……」
「いいんです、リジールさん。お互い助け合うのが、ぼくたちの戦い方ですから」
アゼルはリジールの元に向かい、グリニオを見下ろす。虫の息となったかつての仲間に、静かに声をかける。
「グリニオ。何か言い残すことは?」
「ク……はは。オレを倒して大団円。そう思ってるんだろ? だが、本当にそうなると思ってるのか? ラ・グーがオレを過去に送るだけで、他に何もしないとでも?」
「……なに?」
「クッククク。今頃、元の時間軸の太陽の都は灰になってるかもなぁ。なんせ、ラ・グーの全戦力をほぼ全部投入して、大規模な侵攻をしてるんだからな!」
「な……」
グリニオの言葉に、アゼルとリジールは目を見開く。かの都には今、ラ・グーにとって脅威となる者たちがほぼ全員揃っている。
纏めて叩き潰すには、またとないチャンスと言える状況だ。グリニオは口から血を吐きながら、ニヤリと笑う。
「お前たちの努力も、ムダになるかもなぁ。せっかく過去を変えたのに、肝心の未来が」
「黙れ! リリンお姉ちゃんたちは絶対に負けない! ラ・グーの軍団なんて、返り討ちにしてるさ!」
「出来やしねえよ。そうさ、出来やしねぇ。お前たちだって……オレには勝てねえ!」
「しま……うわっ!」
「きゃっ!」
一瞬の隙を突き、グリニオは右腕でアゼルたちを薙ぎ払う。その際、アゼルが着ていたローブを掴み奪い取った。
床に叩き付けられた拍子に、アゼルが身に付けていた時空間移動装置が破損してしまう。だが、アゼルは奪われたローブに夢中で気付いていない。
「! 返せ、それは」
「知ってるぜ、お前の両親の形見だろ? オレの邪魔をしやがった罰だ。こんな薄汚ねぇボロきれ……こうしてやる!」
アゼルが止める間もなく、グリニオは力任せにローブを引きちぎった。この世でたった一つの、大切な形見を。
「あ……あ……」
「ひゃはははは! そうだ、それだよ。オレが見たかったのはそのひょげはっ!」
絶望の表情を浮かべるアゼルを嘲笑っていたグリニオは、次の瞬間床に倒れていた。目にも止まらぬ速度で飛び掛かってきたアゼルに、叩き伏せられたのだ。
「……さない」
「ぐうう……」
「……許さない。しね、しね、しね! しねぇぇぇぇぇぇ!!」
「ま、やめ、ぐ、がああ!」
手元にヘイルブリンガーを呼び寄せ、アゼルは勢いに任せて斧刃を叩き付ける。何度も、何度も。簡単には息絶えないように、絶妙に手加減しながら。
「や、やめろ、やめてくれ! 腕が……オレの腕が! また、潰されて……う、うああ……」
「……黙れ。ポイズンルーン、アポトーシスルイン」
「うぐ、がああああ! 身体が、溶ける……嫌だ、こんな死に方だけは嫌だぁぁぁ!!」
「死ね。じわじわと苦しみながら……たった一人で、朽ち果てろ」
猛毒を打ち込まれ、グリニオの身体が少しずつ内側から溶けていく。移植された右腕も斬り刻まれ、もはや用をなさない。
生来の傲慢さ故に、グリニオは致命的なミスを犯した。ムダにアゼルの怒りを買った愚者は、自業自得の末路を迎えたのだった。




