234話―アサシン・キリング・ショー
フェムゴーチェが両腕を上げると、彼女の足元に黒い影が現れる。サッと腕が振られると、影は三つに分裂して地を這うように移動していく。
「ガルガラッド、ここからはワタシ一人で戦る。その中に入ってろ。他の二人と一緒にな」
「おっけー。んじゃ、そうしとくわ」
「え、ちょ……きゃっ!」
丸い影がガルガラッドとリジール、合流しようと向かってきているアゼルの足元に移動して三人を中に落とした。
黒い影の世界は、まるで水の中にいるような心地よい浮遊感があった。入り口は違えど落ちる場所は同じなようで、アゼルたちはすぐに合流出来た。
「無事フェムの奴を助けられたみてぇだな。ありがとよボウズ」
「それはいいんですけど、大丈夫なんですか? 一人で戦うなんて。ぼくたちも加勢した方が……」
「問題ねえよ。あいつはつえぇから。それ以上に……今のあいつと一緒に戦うと、たぶんお前らのトラウマになるからやめとけ」
「???」
ガルガラッドの言葉に、意味が分かっていないアゼルとリジールは首を傾げた。だが、彼らはすぐ理解することになる。
何故フェムゴーチェが三人を影の世界に避難させたのかを。
『さて、覚悟してもらおうか。貴様らの所業、決して許さぬぞ』
『ぐぬぬ、いつの間に……! これではあっちらの計画がぱーではないか!』
「あ、声は聞こえるんですねここ」
「そうみたいだね」
どこからともなく、フェムゴーチェと邪竜ショウホウの声が聞こえてくる。外の様子は見られないが、音声は聞くことが出来るようだ。
そんな彼らを他所に、たった一人で敵と対峙するフェムゴーチェは怒りに燃えていた。濃い闇を纏いながら、一歩ずつ前へ進む。
「貴様らは大きな罪を犯した。ワタシを傷付けたことだ。ジークのモノであるワタシを」
「……ん? んん??」
「何をきょとんとしている? 当然のことだろう。ワタシはジークの恋人だぞ? ならばこの身も心も全て彼のモノだ。違うか?」
「えっ? ……えっ??」
フェムゴーチェの言葉に、ショウホウとズイホウは呆気に取られてしまう。よく分からない理屈を聞かされ、思考が停止しているようだ。
「ワタシは彼に全てを捧げた。お前たちが想像しうる全てを。具体的には【ピー】や【ピー】だ。その過程で、同じ想いを抱く同志も出来た。勿論二人でジークを」
「待て待て待て待て待て!! 誰もんなこと聞いちゃいねえよ! ノロケてんじゃねえぞ人形野郎が!」
「よくわかんねえけどなんかムカつくのは分かった。こいつ潰すぞショウホウ!」
これ以上好き放題に語らせるのはいろいろまずいと判断した邪竜たちは、左右に別れて突進する。フェムゴーチェを挟み撃ちにするつもりだ。
が、そんな幼稚な作戦が通用するほどフェムゴーチェは弱くない。両手の指に影を纏い、無造作に腕を振る。
「ワタシのジーク談義を邪魔するとはいい度胸だ。魔影忍法、影鋼斬糸の術! ハッ!」
「死ぃね……えぇっ!?」
「げえっ、絡まっちまった! で、出れねえ!」
次の瞬間、指先から影の糸が伸び部屋中に張り巡らされる。真っ直ぐ突っ込んでいったショウホウとズイホウは、クモの巣にかかった蝶のように絡め取られた。
「さて、まずは最初の贖罪をしてもらおうか。貴様らは、ワタシの髪を切った。ジークが綺麗だと誉めてくれた、この髪を。だから……貴様らも切り刻んでやる」
「おい、待て、まさか!」
「死ね」
「うぎ……ぎゃあああ!!」
フェムゴーチェは拳を握り、糸を絞る。すると、頑強な鱗が一瞬で切り裂かれ、二体の竜は細切れの肉片と化した。
声しか聞こえていなかったが、アゼルとリジールは何が起きたのかをすぐに察し、恐ろしさに身体が震える。ようやく、ガルガラッドの言葉の意味を理解したようだ。
「こ、怖い……。さっきまでと雰囲気が全然違いますよこれ」
「ジーク絡みになると人が変わるからなぁ、あいつ。まあ、それはレミーも一緒なんだがよ……」
『聞こえているぞ、ガルガラッド。あまり余計なことは言うなよ?』
「イエス、マム!」
ドスの利いた声で釘を刺され、ガルガラッドは即座に敬礼する。やれやれとかぶりを振った後、フェムゴーチェは糸を消す。
「……それで、いつまで死んだふりをしているんだ? 言っておくが、全てお見通しだぞ」
「チッ、バレてやがるのか! 仕方ねえ、こうなりゃ最後の手段だ、やるぞズイホウ!」
「任せろショウホウ!」
細切れにされて死んだと思われた二体の竜は、まだ生きていた。実際には細切れにはされておらず、幻惑の香を使い死んだように見せかけていたのだ。
肉片が消え、全身を切り刻まれたショウホウとズイホウが現れる。このままでは勝てないと、二体の邪竜は合流し融合し始めた。
「くっくっくっ、あっちらが一つになればお前なんかには負けないぞ。なんせ」
「魔影忍法、影法縛りの術!」
「おあっ!? てめぇ、卑怯だぞ! こっちが変身してる時に攻撃しやがって!」
「何を言う。絶好の機会を前にして黙って待てとでも? お断りだな! 魔影忍法、飛び影クナイ!」
足元から影を伸ばして敵を拘束しようとしたフェムゴーチェだったが、咄嗟に回避されてしまう。抗議の声を無視し、影で出来たクナイを数十発投げる。
「もう怒ったぞ! 八つ裂きにしてやる!」
攻撃を避けつつ、ショウホウとズイホウは融合を進め人型の姿へ変化していく。筋骨隆々の大男になった邪竜は、ニヤリと笑う。
「ダーハハハ! 見たかこの筋肉! これこそがわっちらの真の姿、ズール……」
「チッ、うるさい。耳障りだ、黙っていろ。魔影忍法、下肢斬月剣!」
自信満々に笑うズールに舌打ちし、フェムゴーチェは両足に影を纏わせる。膝から下を鋭利な刃へ変化させ、猛スピードで走り出す。
あっという間にズールの懐に飛び込み、連続回し蹴りで剥き出しになっている胸板を切り刻む。
「げっ、いつの間……ぎゃああ!」
「次のお前たちが償う罪は、ワタシの身体を傷付けたことだ。陶器のようになめらかで綺麗だと、ジークはワタシにそう言った。その肌を電撃で焼いた罪を……贖え!」
「あぐっ、うぐっ、げぐっ! くそっ、調子に乗るんじゃねえ、このっ!」
鮮血を撒き散らしながらも、ズールは反撃に出る。フェムゴーチェを捕まえ、頭突きを叩き込む。が、全く堪えていない。
「何だ、今のは? 全く効かないな、こんなものは。模擬戦闘の時に食らったジークの攻撃の方がこうふ……もっと効いたぞ?」
「クソッ、このアマ……! なら、絞め殺してやる!」
打撃は効かないと判断したズールは、ベアハッグでフェムゴーチェを締め付ける。メキメキと人形のボディが軋む音が、煙の中にこだまする。
「ふははは! どうだ、痛いか? 苦しいか? 降参するなら、命だけはッ!?」
「……愚か者め。暗殺に特化した自動人形に密着するなど、自ら死にに行くようなものだというのに」
得意げになっていたズールの腹を、刃が貫通していた。フェムゴーチェの体内に格納されていた、暗殺用の武器が起動したのだ。
刃には返しが付いており、引き抜くことは出来ない。もし無理矢理引き抜けば、ズールの身体が裂けて死ぬことになる。
「うぐ、あが……」
「ワタシは自身の身体を、暗殺のための武具へ改造している。ほら、こんな風に」
「げえっ!? ゆ、指がドリルに!」
「ま、そんなわけだ。そろそろ、終わりにさせてもらおう。最後の贖罪の時間だ。……未来に産まれてくるワタシとジークの子を殺そうとした罪、死によって償え!」
フェムゴーチェがそう叫ぶと、ズールを貫いている刃から返しが消える。直後、刃の向きが横から縦へと変わり、さらに内臓を破壊していく。
だが、それだけでは終わらない。冷徹な暗殺者の怒りは、こんな程度では収まらない。両手の指をドリルに変え、ズールの肩を掴み肉を抉る。
「ぐああああ!!」
「さらばだ、邪竜よ。魔影忍法……断骨昇刃波!」
「ぎ……げえっ! そんな、バカな……」
フェムゴーチェは腹から突き出している刃を上へスライドさせ、ズールの身体を縦に両断した。両足を元に戻しつつ手を離し、相手の身体を蹴って床に倒す。
断末魔の呟きを漏らし、邪竜の化身は息絶えた。華麗な宙返りを行いながら、暗殺者は刃を格納しつつ着地する。
「……完璧な勝利だ。地獄に落ちろ、愚者よ」
ズールの遺骸を見下ろしながら、フェムゴーチェはそう口にした。




