226話―時乱しのソウリュウ
霊樹の森を出たアゼルたちは、一路南へ進む。森の外は濃い闇の瘴気に包まれており、そこかしこに獣や魔物の死体が散らばっている。
あまりにも強すぎる闇の力は、大地に住まう数多の生命を脅かす猛毒なのだ。あまりの痛ましい光景に、アゼルは悲しそうにうつむく。
「こんな酷い光景が、この国のあちこちで起こっているんですね……」
「そうだ。こうなる前にズィヴノを倒せればよかったのだが……奴はラ・グーの末裔の中でも最強と言っていい存在。我らの力をもってしても、簡単には倒せなかった」
「いえ、レミアノールさんたちのせいではありませんよ。悪いのは、ズィヴノ……!? な、なんですかあれは!?」
ルスタファの背中に乗りながら、そんな話をしていたアゼルたちの眼前に巨大な竜が現れた。いや、正確には竜の骸だ。
「おっきい……。しかも、二体もいる……」
「ああ、こいつらはズィヴノの部下だった竜どもだ。カガとアカギ……ソウリュウと同じく、暗域で用いられる空中戦艦から名を取ったらしい。本人がそう自慢していた」
ちょっとした小山ほどの大きさがある骸を見上げ、リジールは思わず呟く。すると、レミアノールからそんな答えが返ってきた。
彼女曰く、エルザールへ向かう途中で襲いかかってきたため返り討ちにした、とのことだった。よく見ると、周辺には大量のクレーターが出来ている。
「こっちの黒い竜……カガの方は、重力を操る力を持っていた。広範囲を重圧で押し潰したり、逆に重力を軽くして空に浮かせたところを相方に仕留めさせたりと……面倒な相手だった」
「話を聞くだけで、だいぶ強そうですね。じゃあ、あっちの赤い竜は?」
「向こうのアカギは、目に見えない気弾を放つ能力があった。触れたモノを問答無用で消滅させる、これまた面倒な奴だ」
『そのような者たちを相手に、よく勝てたものだ。流石は暗滅の騎士、と言ったところか』
話を聞く限り、二体の竜はとんでもない力を持っていたようだ。アゼルの持てるパワーをフルに使っても、勝てるか怪しい。
そんな相手を倒し、エルザールまで進軍出来たレミアノールたちの実力を改めてアゼルとリジールは認識させられる。
「かなり犠牲を出してしまったがな。精鋭百二十人のうち、死傷者が三十人ほど。戦いに犠牲は付き物とはいえ、悲しいことだ」
ルスタファに先へ進むよう促しつつ、レミアノールは悔しそうにそう語る。よくよく見ると、カガとアカギの骸の周辺に手作りの墓標が立てられている。
生き残った騎士たちが、せめてもの弔いにと建てたものだろう。それを見たアゼルは、ルスタファの背から降りようとするが……。
「いい。気持ちは嬉しいが、おそらくムダだろう。時間嵐気流の影響が、ここまで到達している。君の力をもってしても、生き返らせるのは無理だ」
「そんな……。でも、試してみないと分かりませんよ! ターン・ライフ!」
先へ進みながらよく観察してみると、いくつかの墓標や、骸の一部が不自然なまでに朽ちていた。レミアノールの言う通り、時が歪められた結果風化したのだろう。
それも、百年単位で。そうであれば、死者蘇生の制約に引っ掛かってしまう。それでも、アゼルは炎を飛ばし墓標の下に眠る騎士たちの蘇生を試みる。
……だが、何の反応もなかった。レミアノールの言う通り、時の嵐に呑まれた者は蘇生させることが出来ないようだ。
「そんな……こんな、ことって……」
「アゼル……」
気落ちするアゼルを、リジールが後ろから抱き締める。気まずい雰囲気の中、一行はどんどん南へと下っていく。
『む? おかしい……エルザールまでは、霊樹の森からだとわらわの足でも数日はかかるはず。なのに何故、もう見えてきているのだ?』
「何だと? 不味いな……時間だけでなく、空間の繋がりにまで悪影響が出ているようだな。急いでソウリュウを討伐しないと、大変なことになるぞ」
少しして、異変が起こった。森を出てからまだ三時間も経っていないというのに、首都エルザールが見えてきたのだ。
訝しむルスタファに、レミアノールが焦りながら答える。アゼルたち持つ時空間移動装置のブザーも、警告するかのように鳴っている。
「ここからは、気持ちを入れ替えないといけませんね。騎士さんたちを救えなかった分……せめて、災いの根は絶たないと!」
「そうだね、アゼル。あたしも本気でやるよ!」
遠目に見える朽ちた都をまっすぐ見つめ、アゼルとリジールはそう決意を固める。敵の待ち伏せを警戒し、ルスタファは速度を落としゆっくりと進む。
「闇の気配が濃くなってきたな。ルスタファ、ここでいい。君はここで待っていてくれ。これ以上進むと、時間嵐気流に呑まれるからな」
『分かった。皆、気を付けるのだぞ』
「よし、行くぞ。準備はいいな? アゼル、リジール」
「はい!」
エルザールまであと数キロ、という場所まで到達したアゼルたちは、ルスタファを残し先へ進む。少しして、異様な光景が彼らを出迎えた。
「こ、これは……数字?」
「時間嵐気流って……そういうことなの?」
「ああ。私も、最初見た時は驚いたよ。ま、この程度は序の口だったわけだがな」
首都全域を嵐が包み込み、突風が吹き荒れている。風に混じって、0から9までの数字が乱舞していた。シュールな光景に、アゼルたちは困惑する。
その時、嵐の中から何者かの声が響く。雷鳴がとどろき、より一層突風が強く吹き荒れる。
「クッハハハハハ!! 何者かと思えば、我が相棒に撤退させられた騎士ではないか! せっかく拾った命をみすみす棄てに来るとは、酔狂な奴め」
「戻ってきてやったぞ、ソウリュウ。お前を倒すためにな。今度は不覚を取らん。部下は失ったが……代わりに、心強い仲間を連れてきた!」
「仲間だと? ……ん? その小娘、我らと似た匂いがするな。貴様、闇の眷属か?」
嵐の中から、ソウリュウはリジールに問いかける。一歩前に進みながら、リジールは力強く答えた。
「あたしの名はリジール。偉大なる魔の貴族、アーシア・ディ・バルバトリアの忠実なるしもべよ!」
「フン、誰の部下だろうがまあよいわ。ズィヴノ様の野望を邪魔する者ならば容赦はせん。時の嵐に呑み込み、朽ち果てさせてくれようぞ!」
「そうはいきません。ぼくたちは、ズィヴノを倒して未来を変える。そのために……ソウリュウ、まずはお前を倒す! 二人とも、行きますよ!」
アゼルと共に、リジールとレミアノールは時間嵐気流の中に突入する。すると、時空間移動装置からバリアが展開されアゼルたちの身体を覆う。
時の乱れから守るための仕掛けなのだろう。これがあれば、問題なく戦えそうだ。
「風が強くて視界が悪いですね……。レミアノールさん、ソウリュウがどこにいるか分かりますか?」
「奴はズィヴノの城を守る番人だ。正門から動くことはまずない。このまま真っ直ぐ進めば……二人とも、危ない!」
「挨拶代わりだ。叩き潰してやろう!」
先へ進もうとするアゼルたちに、ソウリュウの先制攻撃が叩き込まれる。先端が尖った数字の1が、上空から雨あられと降り注ぐ。
「させない! ダークメタモルフォーゼ、グランメタル・ドラゴン!」
ソウリュウの攻撃からアゼルたちを守るべく、リジールは金属の皮膚を持つ竜へ姿を変える。腹の下にアゼルたちを匿い、攻撃から庇った。
「ありがとうございます、リジールさん」
「……驚いたな。魔物に変身する能力があったとは」
「この程度の攻撃、へっちゃらだよ。でも気をつけて、これで終わりなはずはないから」
全ての攻撃を防ぎきったリジールは、嵐の向こう側を睨み付ける。いまだ姿は見えないが、この先に……ソウリュウがいるのだ。
腹の下から出たアゼルたちは、改めてエルザールの路地を進む。その最中、またしても襲ってくる数字の1をそれぞれで叩き落としながら。
「戦技、アイシクル・ノック・ラッシュ!」
「この程度、普通に射るだけで十分だ。ハッ!」
「死角からの攻撃は任せて。あたしが守るから!」
先へ進むにつれ、数字の種類が増える。鎌のように薙ぐ攻撃を仕掛けてくる数字の2、鉄鎚のように振り下ろされる数字の6……。
それらの攻撃を行いながら、ソウリュウは城門の上を漂っていた。嵐の中であれば、敵がどこで何をしているのか常に把握出来るのだ。
「あの小僧と小娘……妙だな。我が時間嵐気流の影響を全く受けていない。何か細工をしているな……ま、いいか。ワシにはズィヴノ様より授かった暗域の加護がある。これがある限り……敗北はない」
嵐をより強めながら、ソウリュウは笑う。とどろく雷鳴と吹き荒れる風が、不気味に共鳴していた。




