223話―鎮守の獣ルスタファ
巨狼――ルスタファの言葉に、アゼルはやっぱりそうかと内心思いながら頷く。威厳に満ちた声と、美しい銀色の体毛。
これらの特徴が、ムルとそっくりだったのだ。
『ふむ……主らが何者か問いたいところだが、ここは危険だ。わらわのねぐらに案内しよう、特別に背に乗ることを許可する』
「ありがとうございます、ルスタファさん」
『うむ。礼儀を心得ている者は好きだ。少し、そなたのことを気に入ったぞ。……そっちの小娘はまだ全然だが』
「あう……」
わりと好感触なアゼルとは違い、闇の気配を嗅ぎ取ったリジールには少し警戒心があるようだ。とはいえ、問答無用で襲われないだけいいだろう。
ルスタファの背中に乗り、アゼルたちは森の中へ進んでいく。先へ向かうにつれ、木々はより奇怪でグロテスクな姿へ変わっていった。
「酷い景色……これも、暗域の力が流れ込んだ影響ね」
『なんだ、知っているのか。南の地で何が起こったのか。とはいえ、全ては知らぬだろう。……この地で何が起きたのか、話してやる』
リジールの呟きに反応し、ルスタファはそう口にする。そして、霊樹の森を含めたファルガシール公国一帯で起きた出来事を話し出す。
『……今から、二十日ほど前のことだ。南の方から、突如邪悪な魔力の波動が放たれた。波動を受けた森は瞬く間に変容し……荒れ果ててしまった』
「さっきから生き物の気配が全くないのは……」
『そうだ。森で生きていた獣はほぼ全て、闇の瘴気に耐えられず死んだ。生き残ったのは、わらわたち鎮守の獣の一族だけ……だった』
アゼルの問いに、ルスタファは含みを持たせた言葉を返す。この時点で既に、アゼルは嫌な予感を覚えていた。
「だった?」
『ああ。本当の問題はここからだったのだよ。森の生き物が死に絶え、悲しみに包まれていたわらわたちを……異形の怪物が襲ってきたのだ』
「異形の、怪物……」
『匂いですぐに分かった。怪物どもは、わらわたちと交流のあった公国の民の成れの果てだと。奴らは強く、一族の者たちは戦士も幼子も……皆、殺された。わらわだけが、生き残ってしまった』
ルスタファは、静かにそう語る。一見、冷静なように見えたがアゼルはすぐ分かった。彼女が胸のうちに抱える感情を。
親交のあった大地の民や森の仲間、霊獣の一族……全てを失った悲しみ、怒り、喪失感。それらが痛いほど伝わってきたのだ。
「……ルスタファさん。信じられないかもしれませんが、ぼくたちは遥か未来からやって来ました。歴史を変えるために」
『なんだと?』
「ぼくには、死者をよみがえらせる力があります。ルスタファさんの一族が亡くなったのは、最近なのでしょう? なら、ぼくの手で生き返らせ……うわっ!」
「きゃあっ!」
『ふざけたことをほざくな! 貴様、わらわをバカにしているのか!? そのような戯れ言、信じられるわけがないだろう!』
アゼルの言葉に激怒したルスタファは、身体を震わせ二人を叩き落とす。牙を剥き出しにし、唸り声を発しながら距離を詰める。
「本当なんです! ぼくたちは本当に未来から来たんです!」
『言葉だけならなんとでも言えるわ。そこまで言うのならば、証明してみせよ。貴様が死者を生き返らせることが出来るということを!』
不愉快そうにしっぽを逆立てながら、ルスタファはそう叫ぶ。もし証明出来なければ、八つ裂きにしてやる。
溢れ出る殺気が、アゼルたちにそう伝えていた。ゆっくりと立ち上がり、アゼルは静かに頷く。
「……そうですね。口先だけでは、到底信じてもらうことは出来ないですよね」
「アゼル。なら、あたしを使って。ルスタファさん、今から証明してあげる。だから、まず……あなたの手であたしを殺して」
「リジールさん、何を!?」
「だって、今から獣の亡骸を探しに行く余裕なんてないでしょう? 使えるモノは有効に使わないと」
今のリジールは、己の命すらもアゼルのための道具だと割りきっているようだ。突拍子もない発言に目を丸くしていたルスタファだったが、すぐに気を取り直す。
『……よいのか、小娘。仮にその少年が嘘をついているとしたら、お前はムダ死になのだぞ』
「そうはならない。ムダなことなんて、何一つもないしアゼルは嘘をついてない。それを証明するために、死ぬんだもの」
『分かった。後悔……するなよ!』
「く……ああっ!」
「リジールさん! ……ごめんなさい、こんな方法しか出来なくて」
ルスタファは前足を振り下ろし、鋭い爪の一撃で容易くリジールを殺してみせる。呻き声を漏らし倒れたリジールに、アゼルは謝罪の言葉を呟く。
『……息も脈もない。小娘は確かに死んだ。アゼルと言ったな、証明してもらおう。お前が本当に、死者をよみがえらせることが出来るのかを』
「ええ。では、いきます。……ターン・ライフ!」
事切れたリジールの身体に左手を当て、アゼルは蘇生の炎を作り出す。紫色の炎はリジールの身体に吸い込まれ、新たな命を与える。
少しして、リジールが息を吹き返す。彼女の周囲に出来ていた血溜まりが消え、傷が見る間に塞がっていく。
『な、なんと……! まさか、本当に死んだ者を生き返らせるなど! こんな御業が出来るのは、聖戦の四王が一人ジェリド公だけのはず……。まさか、お主は!』
「はい。ぼくはジェリドさまの血を受け継ぐ子孫にして……凍骨の炎片を託された、正真正銘の後継者です」
驚愕するルスタファに、アゼルはダメ押しとばかりに左手を見せる。手のひらに凍骨の炎片が現れ、ゆらゆらと揺らめく。
『その炎……。アゼル、わらわの数々の非礼をここで詫びたい。そなたの言葉が本当だったとは……申し訳ないことをした』
「いえ、いいんです。いきなりあんなことを信じられるわけもありませんからね」
「そうそう。過ぎたことだから、気にしないで」
ちょこんとお座りし、項垂れながらルスタファは謝罪する。そんな彼女に、アゼルたちは許しの言葉をかけた。
『……なあ、アゼルよ。非礼をした身ではあるが、頼みを一つ聞いてはくれないか。わらわの』
「一族を生き返らせてほしい、ですよね? 安心してください、もちろん協力しますよ。ひとりぼっちは、つらいですから」
『……! ありがとう、アゼル。本当に……ありがとう』
涙を流しながら、ルスタファはお礼の言葉を述べる。再びアゼルたちを背に乗せ、一族の亡骸を葬った場所へ駆けていく。
その最中、アゼルは未来のことを話して聞かせる。特に、己の子孫であるムルとその娘たちのことが気になるようだ。
『そうか、霊獣の血脈は受け継がれておるのか。喜ばしいことだ。だが……そのムルとやらは、人に化身する力を失っておるようだな』
「え!? 霊獣って人の姿になれるんですか!?」
『なんだ、知らなかったのか? だが……無理もあるまい。おそらく、長い時を経て霊獣の血が薄くなった結果、化身する力を失ったのだろう。今現在、わらわが最後の霊獣だからな……ん、もう着くぞ』
ルスタファの言葉は、アゼルにとって非常に衝撃的なものだった。そんななか、霊獣たちが眠る場所へたどり着いた。
森の奥にある崖の下に空いた大きな亀裂の中に、数十頭の狼の亡骸が横たわっている。どの遺体も激しく損傷しており、酷いものは原型すら留めていない。
「ひどい……痛々しくて見ていられないよ。アゼル、助けてあげよう?」
「そうですね、リジールさん。では行きますよ、離れててください。ターン・ライフ……オーバーフレア!」
アゼルは渦状の蘇生の炎を作り出し、霊獣たちの亡骸を包み込む。怪物によってつけられた傷が癒え、命が吹き込まれる。
しばらくして、よみがえった狼たちが目を覚ましゆっくりと起き上がってきた。
『う、うう……。おかしい、何故意識が戻った? 俺は死んだはずなのに』
『身体が軽い……。傷がどこにもないぞ? 一体何が起きているんだ?』
よみがえった霊獣たちは、何が起こったのか分からず混乱しているようだ。そんな同胞たちを眺め、ルスタファは涙を流す。
『ああ……夢のようだ。また、皆と会えた。黄泉の国ではなく、現世で。こんなにも嬉しい日は……うっうっ』
「よかったね、ルスタファ」
嬉し泣きするルスタファの背を撫でながら、リジールは微笑む。しかし……アゼルたちはまだ知らなかった。
南の方から、蘇生の炎を感知した怪物たちが押し寄せてきていたことを。




